中国で7月1日、「改正反スパイ法」が施行された。反スパイ法は2014年に施行されてから今回が初改正となる。

改正法ではスパイ行為の適用範囲について、新たに「国家の安全と利益に関わる文書やデータ資料、物品を違法に盗みとる行為」や「政府機関などへのサイバー攻撃」を対象にあげているが「国家の安全と利益に関わるデータ」について具体的に何を指すのか明示がなく、公安当局によって恣意的に運用される可能性が指摘されている。

中国に拠点があるいくつかの日系企業は「社員全員で注意喚起の勉強会を行った」「今までも気を付けて行動してきたが、より一層気を引き締めるようにする」「これまではお酒の席で、付き合いのある中国人と冗談を交えながら共産党や政治の話をしてきたが今後は一切しないようにする」などと語った。

6月下旬に日本に帰国した日系企業の男性は「北京の空港に着いて飛行機に乗るまで非常に緊張した。出発する飛行機の扉が閉まるまで安心することができなかった」と話す。

「外国企業に対する開放性が間違った方向に…」

世界最大級の商工会議所とされる、上海のアメリカ商工会議所のトップであるシャーン・スタイン会長は、「改正反スパイ法」に強い懸念を示している。

上海のアメリカ商工会議所 シャーン・スタイン会長(6月29日)
上海のアメリカ商工会議所 シャーン・スタイン会長(6月29日)
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――最近の中国社会に変化を感じる?

今から10年前に見られた、外国企業に対する開放的で歓迎するような雰囲気は少なくなっていると思う。以前は、中国政府の高官や中国の学者といったような幅広い人々と、今中国で何が起きているのか、どこでどのような政策決定がされているのか、あるいは外資系企業は中国の何に焦点を当てるべきなのかといった事を理解するために興味深い話をする事ができた。
しかし、ここ数年で私が目にしているのは、政府高官や学者が以前のようなオープンな会話をする事に消極的になっているということだ。

――ビジネス界にあたえる影響は?

中国で外国人が行うビジネスにとって現実的な問題を引き起こしている。本来、スパイを取り締まる法律は軍事機密や国家機密を入手しようとする人間を罰するものだが、中国の「反スパイ法」は全く違う。
さらに、中国の法律は他の外国のように細部まで規定されているわけでなく、当局は法律を執行する際に自分たちで必要な解釈をする事ができる。これは外国企業にとってはリスクになる。
ここ数カ月の間、世界的に有名なグローバル企業の幹部と十数回にわたり最高経営責任者が中国に来ても安全かどうかについて話し合いをしているが、その中には非常に慎重で、幹部が中国を訪問することを安全でないと判断している企業もある。これは、中国の外国企業に対する開放性が間違った方向に進んでいると言える。

「反スパイ法」強化は共産党組織の“忖度”

中国は、数年にわたるゼロコロナ政策によって経済が落ち込み、この傷んだ経済の立て直しが急務となっている。

天津で行われた国際会議で演説する李強首相(6月27日)
天津で行われた国際会議で演説する李強首相(6月27日)

天津で開かれていた世界経済フォーラムが主催する国際会議の開幕式で講演を行った、共産党ナンバー2の李強首相は「高い水準の対外開放を進めるなど、より多くの有効な措置を打ち出していく」と述べ、市場開放を進める姿勢を強調し、外資系企業の投資を呼び込もうとアピールした。

マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツ氏と習近平国家主席の会談 6月16日
マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツ氏と習近平国家主席の会談 6月16日

また、習近平国家主席はアメリカのマイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツ氏と北京で会談し、「中米関係の礎は民間にあり、アメリカ国民に期待している」と述べ、さらに「科学技術革新のための協力を行いたい」と話した。習主席自らがゲイツ氏と会談した背景には、アメリカとのビジネスを活発にしたいという本音が伺える。

では、その一方で、中国はなぜ外国人を委縮させる「改正反スパイ法」を同じタイミングで施行するのか。そこには共産党組織の“忖度”が存在すると、北海道大学の城山英巳教授は指摘する。

北海道大学 城山英巳教授
北海道大学 城山英巳教授

――「改正反スパイ法」が施行される背景と影響は?

2022年の共産党大会で、習主席が「国家の安全」というものを極めて重視する姿勢を示したことが関係あると思う。
習主席は「国家安全」に対する異常なまでのこだわりがある。その習主席に忠誠を誓う国家安全部が忖度して、それに見合う措置を講じたのが今回の「改正反スパイ法」に繋がっている。そして、今度はこの法律に対する成果が求められることから、今後も日本人や外国人が拘束されるというのは続くと予想される。

――海外から投資を呼び込もうとしている中で「反スパイ法」の強化は矛盾を感じるが?

習主席は党大会で「国家安全」を強調する一方で「対外開放」も言っている。バラバラの指示が党大会で示されたわけだが、官僚は自分たちが受けた指示ということで国家安全部は「改正反スパイ法」を作った。そして商務部は、海外からの投資の呼び込みを一生懸命やることになった。これは国際社会から見れば「中国は何を考えているのか分からない」となるが、共産党の体制的に言うと、それぞれの官僚機構が習主席に自分たちの成果をアピールしているような状況で、決して矛盾しているわけではない。

日本人“狙い撃ち”の可能性

一方、中国外務省は6月28日、「全ての国が国内法で国家の安全を守る権利がある」とその正当性を主張した。その上で「法や規則に守り従えば、何も心配することはない」と述べている。

外務省の定例会見で質問に答える毛寧報道官 6月28日
外務省の定例会見で質問に答える毛寧報道官 6月28日

日中外交筋の関係者は「欧米などには自国のスパイ行為に対する法律があるので、仮にこれらの国の人間を中国が逮捕した場合、その国に滞在する中国人が報復措置を受ける可能性があるが、日本の場合は反スパイ法に対抗する法律がない。このため、日本人が“狙い撃ち”される可能性がある」と強い危機感を示す。

さらに、「この改正反スパイ法が7月に施行されることが決まってから、中国国内ではかなり自粛ムードが広がった。これは中国に住む外国人だけでなく、中国人の意識にも影響が出ている。これまで一緒に食事をしてきた中国人が食事の誘いを断るようになってきた。中国人と外国人の間に分断が起きている。そういう意味では当局側の目的は既に成功していると言える」と、この法律の影響が中国人にも及んでいると指摘する。

反スパイ法を巡っては、2014年以降日本人の拘束が相次ぎ、これまでに少なくとも17人が拘束されている。最近では2023年3月に北京で製薬大手・アステラス製薬の現地法人に勤める50代の日本人幹部が拘束されたが、どのような行為がスパイ行為にあたったのか、具体的な内容は今も一切明らかにされていない。

(FNN北京支局 河村忠徳)

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁と主に社会部担当の記者を経験。
また報道番組や情報制作局でディレクター業務も担当し、日本全国だけでなくアジア地域でも取材を行う。