パン屋はブラック企業?睡眠時間を削って早朝から仕込み、開店時には何種類もの焼き立てパンを並べ、売れ残ったら捨てる…。そこに疑問を感じ、これまでの常識を覆すような働き方を実践しているパン屋が広島にある。

ほとんどのパン屋はブラック企業

焼き上がったばかりのアツアツのパン。フランス語で「田舎」を意味するカンパーニュは、自家製ルヴァン種による酸味とライ麦の風味が広がる自慢のパンだ。

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広島市南区でパンを製造する「ブーランジェリー・ドリアン」。アンティークな雰囲気の店内に、焼き立てのパンの香りが漂う。しかし、この店はただのベーカリーではない。販売方法はインターネット販売のみ。全国から注文が舞い込み、人気を集めている。

広島市南区の「ブーランジェリー・ドリアン」
広島市南区の「ブーランジェリー・ドリアン」

午前5時、キッチンでパン生地を仕込んでいるのは店主の田村陽至さん。祖父の代から続くベーカリーの3代目だ。

ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん:
この古い機械は40年ぐらい使っていると思います。うちの父親が買った。まあ、よく働いてくれています

長年、パン作りを手伝ってきた機械に手を置き、いとおしそうに見つめる田村さん。実家のベーカリーを父から引き継いだものの、これまでのやり方には疑問を感じていたという。

ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん:
スタッフもみんな、頑張って寝ずに働いて、レジの子もいっぱいいて…。ものすごくはやっている店に見えるけど、その月は赤字なんですよね

田村さんの祖父の代から受け継がれているパン屋
田村さんの祖父の代から受け継がれているパン屋

先代の時は、客がいつ来てもパンを買えるよう一日に何度もパンを焼き、手間のかかるサンドイッチなど日持ちがしないものも含めて数十種類をそろえていた。

先代の時には数十種類のパンが並んでいた
先代の時には数十種類のパンが並んでいた

それは、よくあるパン屋の光景。しかし、働く様子を近くで見てきた田村さんはこう話す。

ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん
ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん

ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん:
ほとんどのパン屋はブラック企業なんですよ。寝ないのが当たり前なんですよね。でも、やっぱりそれだと続かないですよ。みんな続かないし、パン屋で働くことがプラスにならない

薄利多売から“捨てない受注生産”へ

パン屋の働き方そのものを変えなくてはいけない。そう思ったきっかけは、ヨーロッパでのパン修行だった。

ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん:
日本と比べて3分の1くらいしか働いていないのに、日本人より給料が2倍、3倍あるっていうのを見て、おかしいなって思いました

コロナ禍の影響もあって、3年前の2020年から店舗での販売をやめた。パンを作るのは1週間のうち4日だけ。

パンを作るのは週に4日だけ
パンを作るのは週に4日だけ

国産の小麦粉や塩などシンプルな材料だけを使い、作る手間を省くため数種類のパンしか作らない。さらに、“受注したパンだけ生産する”というカタチに行きついた。

(Q:それでも利益が出る秘訣は?)
ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん:
それでもというか、それだから利益が出るんですよ。普通に常識で考えて、パンを10個焼いて2個捨ててたらもうけはほとんどないんですよね。でも、それをみんな毎日毎日やって…。薄利多売でやって…。捨てなきゃいけないパンの分まで余分に働くし

作ったものは余らせない。そして捨てない。“無駄を出さないこと”がもうかる秘訣だという。

商品はカンパーニュ、ブロン、ブリオッシュなど数種類のみ
商品はカンパーニュ、ブロン、ブリオッシュなど数種類のみ

“薪窯”で焼くと売り上げが2~3割増

もう一つ、売り上げを伸ばす秘訣がある。それは、店の外に大量に積み上げられた薪(まき)。

店の外に積まれた大量の薪(まき)
店の外に積まれた大量の薪(まき)

そして店内の中央に位置する大きな石窯に、おいしさの追及だけではない田村さんの戦略があった。

ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん:
石窯で焼いたパンは売りやすいです。ある程度、頭の中にある情報で食べるじゃないですか。「薪の石窯で焼いています」って言うと売り上げが2~3割り増しになるので、メリットのほうが多いです。一気に焼けますしね。いいところだらけです。“薪窯”さまさまです

石窯の中でゆらゆらと燃え上がる炎。こうして100個ものパンを一気に焼き上げる。

(Q:焼き上がったパンの出来はどう?)
ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん:
いやー、今日のパンもいいパンですね。と、ほめてあげるのが大事なのでほめてあげます

ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん
ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん

田村さんは冗談めいた口調でそう言って、大きな笑顔を見せた。

パン学校で働き方を広めたい

材料も作り方もシンプルな田村さんのパンは、正しく保存すれば3週間も日持ちがする優れもの。注文から配達までに時間のかかるインターネット販売でも、味に問題はない。商品を気に入って定期購入する固定客が安定した収入をもたらしてくれる。

受注したパンを段ボール箱に詰めて発送
受注したパンを段ボール箱に詰めて発送

田村さんのパン作りや働き方を学ぼうと、店にはこれまでに20人の研修生が訪れた。一緒に働く塚原秀昭さんも、もとは研修生として学んでいた1人。

従業員・塚原秀昭さん:
前に働いていたところは12時間労働がベースでしたが、今は週3日休んで、さらに1日8時間労働くらいに収まっているので自由な時間が多いです

働き方も、味も”おいしい”パン屋さん。無理のない働き方を広めようと、田村さんは新たな挑戦を始めた。オンラインのパン学校だ。

ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん:
オンラインなら全国の人に“きっかけ”を広げられるじゃないですか。小さなパン学校ですが、製パンのことより働き方や生き方に関連するような話を重視しています。パンについて教えるのは、ほんの少しだけ

生徒は10人ほど。この春で2期目を迎えた。

オンラインで学べる「ドリアンのパン学校」
オンラインで学べる「ドリアンのパン学校」

生徒の1人、糸井哲さんはもともと常連客だった。看護師として働き、育休中にオンラインのパン学校を受講している。

パン学校の生徒・糸井哲さん:
自営業というか店舗を持って人が集まる場所を自分で作りたいなっていう思いは昔からあったんですけど、今回、パン学校の募集があって、田村さんの働き方と僕たちが思っている未来が一致しました

オンラインでパン学校を受講する生徒・糸井哲さん

パン学校で、おぼろげだった将来の形をはっきりと思い描けるようになってきた。

パン学校の生徒・糸井哲さん:
人それぞれの「ちょうどいい」とか「ピッタリ」があるっていうことを学ばさせてもらっています

時間と心にゆとりのある暮らし方を知った糸井さん。自分なりのピッタリを探している。

街で働いて山で暮らす“ゆとり生活”

田村さん自身も、働き方を変えたことで家族との時間が増えた。自然の中で子育てをするため、岡山県の蒜山高原に借りた古民家で家族と過ごし、広島と行き来する生活を送っている。

岡山県の蒜山高原で暮らす田村さん一家
岡山県の蒜山高原で暮らす田村さん一家

ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん:
わが家の初の収穫物、ジャガイモを家族で収穫しました。これでポテトチップスをいっぱい作れるねって

初めての収穫物はジャガイモ
初めての収穫物はジャガイモ

5月には田植えをして米作りにも挑戦中。

ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん:
パンとお米の両輪でやっていけるようになれば、自分の中の“街と山とのバランス”もいいかなと。働き方にもつながるんですけど、街と山の両方に足をつけているとゆったり過ごせる。心身ともにもっと健康で明るくなれるような気がします

ブーランジェリー ドリアン・田村陽至さん:
それを自分が実践して、なおかつその実践の成果をパン学校などで広めていければ…いい酒が飲めるかなと思います

無理をしない。無駄にしない。田村さんがたどり着いた“おいしい”働き方は、パン屋の枠を超えて、幸せに生きるヒントになるかもしれない。

(テレビ新広島)

テレビ新広島
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