広島で主要7カ国首脳会議(G7サミット)が開幕した5月19日、中東サウジアラビアのジッダではアラブ連盟首脳会議が開かれた。主催国であるサウジがこの場に招待した「大物ゲスト」の一人が、広島サミットにも参加したウクライナのゼレンスキー大統領、そしてもう一人がシリアのアサド大統領だった。

あいさつするシリアのアサド大統領とサウジのムハンマド皇太子(5月19日)
あいさつするシリアのアサド大統領とサウジのムハンマド皇太子(5月19日)
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シリアがアラブ連盟に復帰

シリアは2011年の内戦開始以来、アラブ連盟から参加資格停止処分を受けていた。アサド政権が反体制派を暴力的に弾圧したというのが主な理由だ。しかし12年の時を経て、ロシアおよびイランから強力な支援を得たアサド政権の優位は揺るぎないものとなり、反体制派は弱体化した。   

アラブ連盟首脳会議で演説したアサド大統領(5月19日)
アラブ連盟首脳会議で演説したアサド大統領(5月19日)

内戦当初は反体制派を支援していたサウジなどアラブ諸国は、ここ数年、アサド政権を孤立させておくことのメリットよりもデメリットの方が大きいという認識に傾きつつあった。内戦の政治的解決や難民の帰還、シリアで製造され中東諸国に密輸されている覚醒剤の一種カプタゴンの取り締まり等、山積する諸問題の解決には、アサド政権と関係修復し、影響力を行使していく方が現実的だという判断だ。  

アラブ連盟へのシリア復帰を後押しした要素のひとつは、2023年2月にシリアとトルコにまたがる地域で発生した大地震だ。弔意を示したり支援を表明したりする「震災外交」が俄かに活気付いた。4月18日にはサウジのファイサル・ビン・ファルハーン外相がシリアの首都ダマスカスを訪問してアサド大統領と会談、5月7日のアラブ連盟外相会合でシリアの復帰が決定された。

アラブ連盟の各国首脳らと写真撮影に臨んだアサド大統領(5月19日)
アラブ連盟の各国首脳らと写真撮影に臨んだアサド大統領(5月19日)

シリア復帰についてはアラブ諸国内に異論もある。アラブ連盟のアブルゲイト事務総長は「シリアの復権はアラブ諸国とシリアの関係正常化を意味するものではない」と釘をさし、カタールは共同声明には参加しないと表明した。それでもシリア復帰が実現し、アサド大統領がサウジで「歓迎」を受けたことは、アラブ諸国をまとめる力を持つサウジ、アラブのリーダーとしてのサウジ像を世界にアピールする効果があった。 

握手しながら談笑するムハンマド皇太子とアサド大統領(5月19日)
握手しながら談笑するムハンマド皇太子とアサド大統領(5月19日)

“ゼレンスキー大統領招待”の真意は

サウジがこの場にゼレンスキー大統領も招き演説させたことは、アサド歓迎ムードを台無しにする、一見すると「ありえない」設定だった。今まさにウクライナに軍事侵攻しているロシアによって窮地を救われたのが、アサド政権だからだ。

ムハンマド皇太子とゼレンスキー大統領(5月19日)
ムハンマド皇太子とゼレンスキー大統領(5月19日)

サウジをはじめとするアラブ諸国は、ロシアのウクライナ侵攻について概ね「中立」の立場をとっており、もっぱらウクライナ支持を表明している国はないばかりか、ロシアとの関係を強化している国が目立つ。その一方でサウジは2022年、ロシア・ウクライナ間の捕虜交換の仲介を行い、ロシアに拘束されていた米国人2人と英国人5人の解放を実現させたり、2023年2月にはサウジ外相が過去30年で初めてウクライナを訪問し、4億ドルの支援を約束したりするなど、「中立」であることの証明に腐心してきた。

首脳会議でウクライナへの支援を呼びかけたゼレンスキー大統領(5月19日)
首脳会議でウクライナへの支援を呼びかけたゼレンスキー大統領(5月19日)

アラブ・サミットでゼレンスキー氏は、「残念ながらあなた方の中に、檻や不法占領に目をつむる人たちがいる」と、名指しを避けつつもアラブ諸国を批判する演説をした。ロシアから支援を受けただけでなく、反体制派住民を化学兵器などで虐殺した疑いも持たれているアサド氏は、ゼレンスキー氏の演説の通訳を聞くためのイヤホンを外し、憮然とした表情を見せた。

サウジのファイサル・ビン・ファルハーン外相はその後の記者会見で、サウジがゼレンスキー氏を招待したのは、「すべての当事者」の意見を聞くためだと述べた。

ムハンマド皇太子との会談(5月19日)
ムハンマド皇太子との会談(5月19日)

アラブ・サミット後に発表されたジッダ宣言の中には、シリアの課題解決に向けた具体策も、ロシアのウクライナ侵攻についての言及もなかった。しかしアサドとゼレンスキーの両氏を同席させたことにより、サウジは、単にアラブ地域のリーダーであるだけでなく、他のどの国とも異なる独自の力を持つ「世界的な存在」として自らをアピールすることに、一定程度成功したように見える。

【執筆:麗澤大学客員教授 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。