一般企業で「働き方改革」が始まって3年が経ち、2024年の春からは医師の働き方改革もスタートする。病院の中で特に残業が多いのが「救急科」だ。名古屋市中川区にある名古屋掖済会病院のER=救命救急センターを取材すると、働き方改革に向けた救急の現場ならではの課題も見えてきた。

9時間前に出勤⇒夜勤⇒8時間患者対応 多忙を極めるERの医師たち

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午前8時過ぎ、まだ夜勤明けで少人数体制の名古屋掖済会病院のER=救命救急センターに、心肺停止状態の80代の男性が搬送されて来た。

気道の確保、出血箇所の把握、薬の指示。一刻を争う事態に、近くにいた医師らも駆け付ける。その1人に、救急科で医師9年目の小川健一朗医師(36)がいた。

小川健一朗医師:
僕は今夜当直の人です(笑)。色々やることがあって…

夜勤の勤務開始は午後3時からだが、小川医師は別の患者の診療のため9時間前に出勤していた。

3日後、小川医師の姿は、ERではなくICU=集中治療室にあった。

金曜の夜勤の間に出血多量で運ばれてきた患者が入院となったため、様子を見に来ていた。生死をさまようほどの重症で、夜勤明けにそのまま約8時間対応。翌日は休日出勤した上、この日も日中の勤務を終えてから診療に当たった。

小川健一朗医師:
疲れている姿は見せない方がいいかも…。来た時は出血大変で止血できなくて、今日の朝くらいまで48時間くらいは結構大変でした

年間約3万6000人、1日当たり100人近くの患者に対応する掖済会病院のER。多忙を極める医師らの残業は、「100時間を超える月もある」という。

小川健一朗医師:
多い月…これはあまり言わない方がいいかもしれない。どうしても100(時間)は超えてしまうことはあるので。患者さんとの信頼関係で、その先生じゃないとダメってこともありますよね

時間外労働の上限は月平均80時間に…まずは正確な残業時間の把握から

医師の深刻な長時間労働を背景に、医療の現場で1年後から実施される「働き方改革」。法改正で、勤務医の時間外労働の上限が原則年間960時間まで、月平均80時間までとなる。大規模な救命救急機能がある病院は、特例で年間1860時間まで認められるが、10年程度での解消が目標とされている。

長谷川正幸副院長:
年間960時間、月100時間を超える医師も数人います。いま、残業を減らすための取り組みを実際に始めている

現在約200人いる掖済会病院の医師は、年間1860時間は超えていないが、月100時間を超える医師は全体の5%ほどいるという。

1年後に迫った働き方改革に向け、掖済会病院がまず始めたのは「正確な残業時間の把握」だ。ICカードで出退勤を管理するためのシステムを、2023年4月から導入した。

始めた取り組みは、他にもある。

循環器内科の谷村大輔医師:
もうちょっと呼吸回数落としてもいいけど…。酸素濃度上げたりとか…とりあえずこれだけ振れていればいいのではないでしょうか

看護師:
わかりました

人工呼吸器での酸素量の調整など一部の医療行為ができる「特定看護師」と、患者の情報の入力など事務作業を補助する「医師事務」という、医師の仕事の一部を分担できる資格を持ったスタッフの採用を徐々に増やし、医師の負担の軽減を図る予定だ。

谷村大輔医師:
特定看護師が仕事をある程度担ってくださると、私たちも非常に助かりますし、時間を有益に使えるかなと。別の重症患者を診に行ったりとか、そういう余裕も生まれるかなと思いますので、円滑に進むようになるのかなと思います

仕事を分担しながら人材育成は困難 医療現場で時間外労働を減らす最適解は

忙しい合間を縫って食事をするERの医師に、働き方改革について聞いた。

森岡慎也医師:
救急医は呼ばれたら反応しなくてはいけないし、時間ある時に食う。(働き方改革は)昔は全然あり得なかったですけどね。お前医者だろ、お前は患者のこと心配じゃないのかって、正論言われて。「すぐ帰る医者はだめな医者だ」みたいなレッテルがあって、なるべく病院に残っていようと

厚労省によれば、時間外労働が年1860時間を超える医師の割合は救急科が18.1%と、診療科別では最も多い。掖済会病院の中でもERは激務だが、働き方改革を進めるには特有の課題がある。

外傷がひどくICUでの治療が続く重症患者や、症状の診断がつかず各診療科に引き渡せない患者などは、そのままERの医師が担当として受け持つが、勤務時間中はERを離れられないため、残業したり休みの日に病院に来たりして、それぞれの医師が診療に当たっている。

小川健一朗医師:
(容体が)どうなるかわからない状況なので、ある程度自分で管理しないと危ない。同じことをみんなができれば、タスクシェア(仕事の分担)はしやすくなりますよね。そこ(人材)が育つまでなんじゃないですかね、忙しいのは

働き方改革で重要となる「仕事の分担」。そのためには「人材の育成」が必要だ。

医師は、患者を診てこそ育つ。長谷川副院長は、性急で強引な働き方改革は「育成に支障が出る可能性もある」と警鐘を鳴らす。

長谷川正幸副院長:
特定の能力、技術を持った人がうちの病院にも数人いて、この先生じゃないとできないというのがありますので、その方の時間外もかなり多くなっている。同じような医師を養成していくには、時間がかかってくるかなと思います

初めての取り組みに「変えることに抵抗感じる人もいる」

ほかにも一部の医師らがERで初の試みに取り組んでいた。

中島隆秀医師:
当番制にしていて、当番の人がこのグループの患者を全員診て回る

週末、グループ内の当番の医師が、他の医師の入院患者もまとめて診療するという取り組みだ。

通常以上に詳しい引き継ぎと、常に電話で連絡を取れることなどが条件だ。

働く時間を1度に“寄せる”形になるため、残業時間は大きく変わらないが、休日出勤は減った。これまでに診療などでトラブルは起きていないという。

中島隆秀医師:
伝統とか今までのやり方を変えるのは、大きなプロセスを経るので、それに対して大きな抵抗感を感じる人も結構多いです。なかなか変えるのに時間はかかる。そういうのをどんどん工夫してやっていくと、タスクシフトで、仕事の時間が働き方改革できるのかなと思う

小川医師は、葛藤を抱えながらも当番制には参加しないことにした。

小川健一朗医師:
ある程度自分でやりたい人もいるし、任せたほうが楽だと思うし、なかなか線引きが難しくて。医者としての向上したい、経験したい、診られるようになりたいという欲求があると、そこに時間割きたくなってしまう。そこをある意味、無理に時間の制約かけられると、やりたいことをやれなくなるし、学びたいことも学べなくなってしまうというのは正直なところ思ってはいる。(長時間の残業は)僕が良くても、僕の家族はダメですからね。みんなそうなんですよ。医者個人じゃなくて、家族へも負担がいっているっていうのは絶対に忘れてはいけない事情だと思う

医師の働き方改革まで、あと1年。命を救う最前線で、試行錯誤が続いている。

2023年4月7日放送

(東海テレビ)

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