19日に開幕する広島G7サミットの議題の1つは「ジェンダー」。

それに先立ち、性的マイノリティ―である「LGBTQ+」の人たちの理解を増進するための議員立法が18日、国会に提出された。

一部からは、法律を悪用して、トランスジェンダーを装った男性が女湯や女性トイレに入る懸念が出ているが、こうした主張を当事者はどう感じているのか。

出生時に「男性」という性別を割り当てられたが、性自認は「女性」である、トランスジェンダー女性の時枝穂さんに話を聞いた。

高校卒業が転機

ーーいつ頃、自分の中の違和感に気付いた?

自分がトランスジェンダーと自覚した時期については、はっきりとしたものはなくて、最初はなんとなく曖昧な感覚でした。

体育の授業とかで男性のグループに分けられることに違和感を抱くというか、男子として扱われることにちょっとモヤモヤする気持ちが中学ぐらいにはありました。

トランスジェンダー女性の時枝穂さん
トランスジェンダー女性の時枝穂さん
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ーー明確に自覚した時期は?

象徴的な出来事や事件があったわけではなくて、高校までは男性用の制服を着ることは仕方がないと思っていたので、高校を卒業して、「明日からもう制服は着なくていい」となったタイミングで、「自分らしい服を着ていいんだ」と思い、そこから少しずつ自分らしい振る舞いができるようになりました。

高校時代は男性のふりをしなきゃいけない、男性の振る舞いをしなきゃいけない、いわゆる「男性らしい言動」をしなければいけないという思いでした。

当時は同性愛への理解もなくて、クラスの中ではオカマとかホモとか揶揄する言動もあり、自分も会話に参加しないと逆に変な目で見られるという“防衛本能”で一緒に言っていました。

しかし隠していたつもりでも隠しきれない部分もあって、気付いている人もいたと思います。

苦悩した履歴書の“性別欄”

2015年には渋谷区、世田谷区でパートナーシップ制度ができるなど、LGBTQに関する理解はある程度広がってきたと話す時枝さん。

しかし、トランスジェンダーとして特に苦しかったのは就職活動の時だったと振り返る。

ーー年を重ねて、暮らしやすくなった?

もちろん理解はちょっとずつ広まってきたと思います。

2015年に渋谷区、世田谷区でパートナーシップ制度ができて、5~6年でLGBTQに関する理解はある程度広がったと思いますが、社会の空気はそんなに大きくは変わっていない実感です。

苦悩した履歴書の性別欄
苦悩した履歴書の性別欄

むしろ自分が(何とか社会に)溶け込んできたと感じます。
自分は男女どちらでもない、どっちなんだろうという時期が長かったのですが、性別は「男と女しかいない」という分断された社会で、私は“トランスジェンダー女性”として、かつ、フェミニンな女性らしさに偏ることで、生きやすさを獲得しました。

ーーここに至るまでいろいろな変遷があった?

トランスジェンダーは一言で表すのがすごく難しくて、出生時に割り当てられた性別と自分が感じている性別が違うので、違和感を持ってる人全部をトランスジェンダーとすると、ものすごく意味が広いんです。

その中でも、身体の違和感がものすごく強くて手術して戸籍を変える人もいるし、手術ができない人や、手術しても(何らかの事情で)戸籍までは変えない人もいます。

曖昧さを許さないリクルートスーツ
曖昧さを許さないリクルートスーツ

ーー就職で困ったことは?

就職するのは当然のことだと思っていましたが、リクルートスーツを見た時にどっちを着たらいいのかがわからなかったし、男性用のネクタイを締めて就職活動をするイメージが全くわきませんでした。

リクルートスーツは曖昧さを許さないというか、はっきりと男女が分かれます。
そこで、就職活動は諦めて、しばらくは非正規雇用の不安定な仕事がずっと続きました。

エントリーシートや履歴書の性別欄も、最近は比較的自由に書けるように変わりましたが、昔は「男」か「女」のどちらかに丸付けするのが苦痛でした。なんで性別欄があるんだろうと思っていました。

多分、多くのトランスジェンダーの方は本当に自分のやりたい仕事には就けなくて、生活のために仕方なくこの仕事をやっている人が大半だと思います。私自身もその1人でした。

「1人じゃない、仲間がたくさんいる」

就職活動を諦め、不安定な働き方を余儀なくされた時枝さんは、20代の頃を「暗黒時代」と振り返る。

しかし、30代になってからは、LGBTQのパレードに参加することで、自分には多くの仲間がいることに気付き、現在は、自治体の同性パートナーシップ制度の普及や同性婚の法制化に向けた活動を行っている。

ーー今は様々な団体を立ち上げて活動されているんですね。

会社で仕事する時に、「女性として扱って欲しい」と言うと会社に迷惑をかけてしまうと思い、もどかしい気持ちを抱えながら、男性社会の中でしか生きられない存在なんだということを受け入れながら仕事をしていました。

誰にも言えず、孤独な悲しい気持ちに全部蓋をして仮面を着けて暮らしてたある時、信頼できる方に自分の性別のことを全部話したら理解してもらえて、やっと自分自身が認められたと感じました。

それがきっかけで少しずつ自信が持てるようになり、東京レインボープライドというLGBTQのイベントで自分と同じように悩みを抱えている仲間がたくさんいることを知りました。

1人じゃない、仲間がたくさんいるんと思って、そこで頑張ろうと思いました。

20代は誰にも悩みを言えない暗黒時代でしたが、30歳を過ぎたころにようやく転機がありました。

トランスジェンダーはLGBTQの中でも1%未満

そして時枝さんらの活動の成果もあり、G7を前に「LGBT理解増進法案」が国会に提出された。

ーートランスジェンダー女性に対するバッシングについては?

トランスジェンダー女性は、そうなろうと決めてきたわけではなく、性自認は自分では変えられないもので、葛藤がある中、社会の中で周囲と折り合いをつけながら生きている人なんです。

当事者の多くは、普通に仕事して、普通に公共機関のサービスを受けて、困った時に相談できる窓口が欲しいだけなのに、なぜそういった人たちがバッシングを受けなければいけないのだろうと思います。

東京レインボープライド2023
東京レインボープライド2023

トランスジェンダーを装って、女子トイレや女子風呂に入って、たとえば盗撮などをする行為は犯罪なので、(もちろん)そういうことはあってはいけないわけです。

この法案が成立するタイミングに限って、トイレやお風呂の議論ばかりがもちあがって、トランスジェンダーの女性が女性専用のスペースに侵入してくるとか、犯罪を起こすとか、まるで悪いことをする人たちと括られるのがすごく悲しいです。

しかも、トランスジェンダーはLGBTQの中でも1%に満たない少ない割合なんです。

そういう人を差別したり、陥れたりしてまで法案に反対したいのか、という悲しい気持ちです。

「よくわからない存在」だから排除

自民党内から様々な懸念が示された「LGBT理解増進法案」。

時枝さんは、「差別をなくすためには、自らの偏見について自覚することが大事」と訴える。

ーーなぜ反対意見があると思う?

女性専用の安心したスペースが脅かされるといった不安や恐怖は、トランスジェンダー女性に対する実態のないイメージだけで語られているからだと思います。

国会議員の方々は、LGBTQの当事者と実際に会ったことがないとか、身近に感じたことがない人がほとんどだと思います。

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そういう人たちだけで議論しているので、当事者が置き去りにされ、バッシングというよりは、「よくわからない自分と違った存在」だということで、排除が生まれてしまうんじゃないかなと感じます。

私の中にも偏見や差別はあります。同じLGBTQの中でも、私はゲイやレズビアンの人を100%理解しているわけではありません。

みんな何かしらの固定観念を持っているんだということを受け入れた上で、差別や排除をしてはいけないということをルールで決めていく。

ルールを作って、間違った対応や言動があった際は、きちんと謝罪し、お互いを尊重した関係づくりが必要だと思います。

ーー理解を広めるのが大事?

もちろん理解を広げることも大事ですが、法案というのは、LGBTQを理由に学校や職場で差別を受けた、仕事を失った、入居を拒否されたなどの問題に直面している人たちを「救う」ための法律であるはずなのに、なぜか「理解しましょうね」と言ってるだけ。

つまり、差別があってもそれを救う法律ではないと感じます。

今回の修正案は、かなり骨抜きになってしまい、結局自民党が最初に出した法案に近い形になってしまいました。

性別は本来多様なはずなのに、社会が「男女しかない」と作ってしまったことが複雑にしていて、人によっては、「社会が混乱する」「同性愛者が増えたら日本が滅びる」「種の保存に反する」などの差別的発言が出てしまっています。

こうした発言の背景には、さまざまな要因がありますが、根が深い問題だと感じています。

「自分たちが正常で、LGBTQの人たちは異常だ」と、マイノリティーの人たちを追いやることで自分たちの正常性を出すことは非常に悲しいです。

分断ではなく“連帯して生きやすい社会”を

理解増進法案を起爆剤に、LGBTQや同性婚についての議論をさらに加速させてほしいと訴える時枝さん。

差別的な発言をする政治家を批判して分断に向かうのではなく、連帯してLGBTQの人たちが生きやすい社会を作っていくことが自分の使命だと話す。

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ーーG7議長国を機に変わってほしい点は?

今回の広島G7サミットをきっかけに、法案が一歩でも動いた点は「前進した」と言えると思いますが、主要先進国の中で日本はまだまだ“人権後進国”であることは改めて認識させられました。

他の6カ国から「LGBTQの権利保障を早く作れ」と言われたことが、「内政干渉だ」と言う人もいます。日本は先進国なので、ジェンダー平等や法律などの分野で世界標準に合わせなくちゃいけないという感覚を持つべきだと思うのに、一部の政治家にはそういった考えがないんだなと思います。

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骨抜きになった理解増進法案にすら反対する人がいるわけです。そこまでして私たちは偏見や差別に晒されながら生きていかないといけないのかなと思うと、今、苦しんでいる、特に若い世代の子たちにどう説明したらいいのかわかりません。

ーー法整備が進まない背景にあるものは?

「性的指向」「性自認」は外からは見え辛く、たとえば「私はトランスジェンダーです」「私はレズビアンです」とカミングアウトしないと相手にはわかりません。

可視化しにくいことを議論している点が難しいのだと思いますが、起きている差別は見えます。どういった困りごとがあるのかは少しずつ可視化されています。

今回の理解増進法案を、LGBTQや同性婚についての議論をさらに加速させていく起爆剤にできたらいいと思います。

国民のムーブメントで国を変える

今後の活動について時枝さんは、世界標準の法律を目指して「アクションを起こせば世の中は変わる」ということを見せていきたいと語った。

ーー「理解増進」よりも「差別禁止」が必要?

理解増進法だと今、困っている当事者は救えません。

LGBTQであることを理由に、いじめや差別を受けてる人、命を落とす人たちが悪いのではなくて、社会の側に課題があります。

「理解しましょう」ではマジョリティー側に訴えているだけで当事者には響いてきません。

ソフト、ハードの両面で差別禁止法が第一歩だと思います。

北欧やアメリカなど先進的な国では“オールジェンダートイレ”が一般的になりつつあり、日本も世界標準にあわせて少しずつそういった空間作りになってきています。

ただ、男性と女性が同じ空間で、トイレを利用することに不安を感じる女性の気持ちもわかります。そのためには、女性だけの専用スペースも必要だと思います。

一方で、トランスジェンダーの人たちも含めて、誰もが安心して利用できるトイレ空間を作りましょうと、なぜ前向きな議論にならないのかということです。

他者の人権も考えられる社会になってほしいと思います。

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修正案について、「法案の中身は変わっていない」と言う国会議員もいますが、法案の文言はとても重要で、その文言を基準に全国に波及する可能性があります。

「性自認」から「性同一性」に修正された背景には、性同一性障害という言葉が影響していると考えます。

2003年に「性同一性障害特例法」ができた当時は、WHOで「性同一性障害」は精神疾患というくくりに入っていましたが、現在は、同性愛もそうですが、性同一性障害は「精神疾患ではない」という分類になっており、日本は考えが遅れていると感じます。

ーー今後の活動は?
同性婚に関しては全国で裁判をやっていますが、国民がムーブメントを作らないと国は変わらないと感じています。

一日も早く岸田政権にはLGBTQの権利保障、理解増進法だけでなく、同性婚や、性別変更の要件を見直すなど、マイノリティーもマジョリティーの人も生きやすい、世界標準の法律を作ってほしいと感じます。

生きやすい社会にするためには政治を変えていく必要があります。自分たちが声を挙げて、アクションを起こせば世の中は変わるということを見せていきたいです。