プロマラソンランナー大迫傑(31)は今年2月、アフリカ・ケニア共和国にいた。

赤い地面がむき出しの大地で、来たるビッグレース『東京マラソン2023』に向けたトレーニングを積んでいた。

「世界のトップレベルを目指していく選手として、背中を見せて引っ張っていくようなことができれば、僕自身もそうですけど、日本陸上界が強くなっていくんじゃないかなと思います」

早稲田大学時代、数々の記録を打ち立てた大迫
早稲田大学時代、数々の記録を打ち立てた大迫
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大学時代から駅伝で多くの記録を打ち立て、長距離ランナーとして名が知られる存在となった大迫は、社会人になるとマラソンで日本記録を2度更新し、報奨金として計2億円を獲得。トップ選手として日本陸上界を牽引し続けた。

そして、現役ラストレースとして臨んだ2021年の東京オリンピックでは、日本人として2大会ぶりに6位入賞を果たし、30歳での現役引退に花を添えた。

しかしわずか半年後の昨年2月、大迫はなんと現役復帰を電撃表明。なぜ男は、再び走ることを選んだのか。

その決断に至った大迫傑の心の動きを、ケニアで取材した。

3月5日(日)に東京マラソンを走る大迫のマラソンランナーとしての第2章と、男女ダブル日本新記録が期待される今大会の注目点を紹介する。

「自由に」そして固定観念を壊す

去年、現役復帰を果たした大迫傑。その決意を後押しした一番の理由は、ある選手の活躍だった。

「決め手となったのがゲーレン・ラップ選手ですね。僕よりも全然年上ですけど、(東京五輪から)2か月の短い間で入賞して、僕自身もう一回こういった場で、見てくれる人たちがワクワクしてくれる様な場所に立ちたいなと思いました」

大迫よりも5歳年上の36歳のゲーレン・ラップ(米国)は、東京オリンピックで大迫から遅れること1分、8位でのゴールだったが、それからおよそ2カ月後のシカゴマラソンに出場すると、2位に入る快走を見せ、世界を驚かせた。

その活躍に「見てくれる人たちがワクワクしてくれる様な場所に立ちたい」という思いが湧き、大迫傑の第2章が始まったのだという。

大迫の第2章は「自由に」

自らに掲げるテーマを色紙に書いてもらうと、そこには「自由に」という言葉があった。

大迫はこの言葉の向こう側に、どんな生き方を見出しているのだろうか。

「(従来の)『このやり方をやったら速くなる』みたいな部分にこだわらず、より自由になったというところが分かりやすいかなと思いますね」

この“自由”の意味するもの。それは世界中のどこであれ自分の走りやすい環境で合宿を行い、コーチは帯同せず練習メニューも自分で決めるという事。それはトレーニング以外でも同じだ。

大迫がケニアでレストランを訪れると、ハンバーガーを注文。大迫の体格を見た店員から、「凄く大きいですよ」と心配されても、「大丈夫、問題ないよ」と即答。

マラソンに支障をきたさない範囲で、食べたいものを自由に食べ、自由に生活する。

「これからは“終わり”を設けずに、自分のまず目の前のゴールに対して真剣になってみて、そこから見えたものに対して、自分に正直に競技に対して考えてやっていこうと思います」

その“自由”な生き方は、出場する大会でも見られた。

2023年元日、大迫は実業団チームしか参加できないニューイヤー駅伝に出場。

一人のプロランナーとして実業団チームを持つ企業と契約し、大会では3区で11人抜きの快走を見せ、観衆を沸かせた。

「固定観念を壊したい」

そんな異例の挑戦が、大きな話題を呼んだ。

「刺激となる小さな米粒になれたら」

競技以外の活動で大迫が今、力を注いでいるのが、子供たちに陸上の魅力を伝える試み、『Sugar Elite Kids プロジェクト』だ。

『Sugar Elite Kids プロジェクト』での大迫
『Sugar Elite Kids プロジェクト』での大迫

全国各地に大迫自身が自由に出向き、走るスキルや楽しさ、目標を達成するための考え方を伝えるなど、直接ふれあいながら、子供たちの未来作りを手助けしている。

「僕自身は僕のことを目指してもらう必要はないと思っていて、一つの刺激の小さい要素になればいいなと思いますね。刺激の小さな米粒にでもなればいいなと思います」

日本陸上競技連盟副会長・瀬古利彦さんも彼の活動を高く評価する。

「大迫選手は若い子供たちの憧れなんですね。『大迫選手みたいにかっこよく走りたい。かっこよくゴールしたい』というね。子供たちが『陸上やりたい。マラソンやりたい』っていう道筋をつけてほしいですね」

己のため、そして陸上界の未来のために、自由に考え、体現する。

これが、最強ランナー大迫傑の、第2章だ。

今週末に迫った東京マラソン。大迫は一体、どんな走りを見せるのだろうか?

「言葉で言える選手なんていっぱいいるし、それってなんか薄っぺらいじゃないですか。思っていることは体現していく。特に第2章というのは常に「自由に」っていうところがコンセプトになってますし、自由に走りたいと思います」

男女ダブル日本新記録への期待

そう話した大迫が走る東京マラソンは、2017年大会から起伏の少ないコースに様変わりし、文字通り“超高速レース”が特徴だ。

2018年大会・2020年大会と男子日本記録が2度誕生し、前回大会では男女ともに国内最高記録が生まれている。

さらに今年の大会は、男女ともに日本記録更新が期待できるトップ選手がエントリー。男女ダブル日本新記録の達成なるかと注目を集めている。

現在の男子日本記録は鈴木健吾が記録した2:04:56(2021年びわ湖毎日マラソン)だ。

左:設楽悠太、右:土方英和
左:設楽悠太、右:土方英和

大迫傑の自己ベスト2:05:29を筆頭に、日本歴代3位の設楽悠太(自己ベスト2:06:11)、日本歴代5位の土方英和(自己ベスト2:06:26)がエントリー。

さらに日本歴代6位・細谷恭平(自己ベスト2:06:35)、日本歴代7位タイ・髙久龍(自己ベスト2:06:45)、日本歴代9位・井上大仁(自己ベスト2:06:47)と、歴代トップ10に名を連ねる6人による激しいレースが期待されている。

左:一山麻緒、右:松田瑞生
左:一山麻緒、右:松田瑞生

そして女子では、マラソン女子国内最高記録を持つ一山麻緒(自己ベスト2:20:29)が2大会連続のエントリー。東京五輪では日本人女子4大会ぶりとなる8位入賞を果たしたエースが、今年も東京を駆け抜ける。

もう一人の注目選手は日本歴代6位のタイムを持つ松田瑞生(自己ベスト2:20:52)。東京五輪女子マラソン代表争いで4番手となり、夢舞台で走ることができず涙した松田が、代表争いのライバルだった一山とは、前回のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)以降初の直接対決となる。

彼女たちの目標となる女子日本記録は、野口みずきが2005年にベルリンマラソンで達成した2:19:12だ。

史上初の男女ダブル日本新達成はなるか。東京マラソンは3月5日9時10分にスタートを迎える。

東京マラソン2023
男女ダブル日本新記録へ
3月5日(日)あさ9時 生中継!
https://www.fujitv.co.jp/sports/tokyomarathon/index.html