2月4日にアメリカが撃墜した中国の偵察気球の問題が、日本の安全保障体制の議論に影響している。BSフジLIVE「プライムニュース」では、領空の防衛体制に穴があるのではと指摘した小野寺五典元防衛相を迎え、専門家を交えて日本の安全保障を掘り下げた。

中国の気球に対し、武器を使用しての撃墜は可能

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新美有加キャスター:
防衛省は2月14日、「ここ4年間で国内に飛来した気球が中国の無人偵察機であると強く推定される」と発表。翌日に自民党が開いた国防部会と安保調査会の合同会議で、小野寺さんは「今まで中国のものと把握できていなかったなら大きな問題。把握していたのに今まで抗議していなかったなら、さらに大きな問題。我が国の防衛に大きな穴がある心配」と発言。

小野寺五典 自民党安全保障調査会長 元防衛相:
私も防衛大臣の経験があり、自戒を込めて話した。有人航空機や弾道ミサイルは想定してきたが、気球はレーダーで捕捉するのが難しい。飛ぶ高度も、航空機より高いが宇宙の人工衛星より低く、盲点。

反町理キャスター:
防衛相時代に気球飛来の話を政府として把握していたか。仮にそうした情報が入れば、対応のマニュアルはあるものか。

小野寺五典 自民党安全保障調査会長 元防衛相:
今回政府が挙げた3例は、私の在職時ではなかった。仮に気球や無人機、未確認物体が把握され日本に危険を及ぼす可能性があるなら、それなりの対処をし、対外的にも公表して抗議していると思う。

小野寺五典 自民党安全保障調査会長 元防衛相
小野寺五典 自民党安全保障調査会長 元防衛相

反町理キャスター:
杉山さん、航空幕僚長時代に気球の話は。現場はどう対応するものか。

杉山良行 元航空幕僚長:
当時の役職は覚えていないが、観測された話は聞いた覚えがある。対応したかの記憶はないが。経路などにもよるが、脅威になると考えられれば、対領空侵犯措置で対処などの判断になるだろう。

反町理キャスター:
自民党の国防部会と安全保障調査会の合同会議。無人機の領空侵犯に対する武器使用についての議論は。

小野寺五典 自民党安全保障調査会長 元防衛相:
政府からは、対領空侵犯の中で無人機への対処法を明確にした上で、今回武器を使う根拠について報告があった。翌日の会で改めての説明を了承した。

反町理キャスター:
領空とは領土・領海の上空何キロまでか。

小野寺五典 自民党安全保障調査会長 元防衛相:
宇宙まで行けば人工衛星が普通に通っており領空には含まないのだが、確定した議論は国際的にはまだ詰まっていない。ただ普通は飛行機や気球が飛び、かつ人工衛星より下の70〜80キロぐらいの高さでは、という議論はあった。

新美有加キャスター:
無人の気球などに対する武器使用。政府はこれまで「正当防衛または緊急避難の要件に該当する場合にのみ許される」としていたが、領空侵犯する無人の気球やドローンなどについて、「空路を飛行する航空機の安全確保」「地上の国民の生命や財産の保護」のための武器使用を認める方針に。

小野寺五典 元防衛相 自民党安全保障調査会長:
従来、日本への領空侵犯は有人の飛行機を念頭にしており、射撃は命の問題になるため武器使用は厳密にすべきとしていた。今回の議論では、気球や無人機、ドローンという無人の対象について明確にした。

反町理キャスター:
危害が加えられるリスクをどう判断するのか。

小野寺五典 元防衛相 自民党安全保障調査会長:
気球が今飛んでいるのは地上から約20キロ。普通はあまり飛行機は飛ばないが、高度が落ちれば民間の航空機も飛ぶ。また気球にはソーラーパネルなどもついており、市街地に落ちれば人命に影響が出る。そういう考え方で対処要領を決めたと思う。

反町理キャスター:
自衛隊法84条の「領空侵犯に対する措置」。「防衛大臣は、外国の航空機が(中略)わが国の領域の上空に侵入したときは、自衛隊の部隊に対し、これを着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる」。これを根拠に気球やドローンへの武器使用を認めるか。法改正を求める意見もあるが。

小野寺五典 元防衛相 自民党安全保障調査会長:
領空に対処できるのは自衛隊しかなく、自衛隊が警察権の範囲で対応する。海なら海上保安庁が必要に応じ武器使用の対応をするのと同様で、それほど違和感はないと思う。自衛隊法に書いた方がわかりやすいが、国際的なルールのシカゴ条約(国際民間航空条約)では気球も航空機としている。速やかな対処のため解釈変更という判断になった。

新美有加キャスター:
野党からの意見。共産党の志位委員長は、「『推定される』について事実関係を明らかにすべきで、この問題を地域の緊張の激化のきっかけにしてしまうのはよくない」。立憲民主党の泉代表は「一定の撃墜できる要件はあるべき。一方、現実的にできること、費用対効果、今後の国際ルールといった観点は大事」。

小野寺五典 元防衛相 自民党安全保障調査会長:
相手が認めなければ、絶対にあの国から来たと考えても「断定」は使えないため、「強く推定」になったと感じている。また、人様の上空に落ちたら危なそうなものを持ってきて「危ないから取り払いますね」という行為について、相手が怒るからやめましょうというのは、普通ない。放置する方がよっぽど危ない。

“気球には気球で” 費用対効果を考えた対処が必要

新美有加キャスター:
技術的な面で気球などを撃ち落とせるか。航空自衛隊トップの井筒航空幕僚長は、「航空自衛隊の戦闘機から空対空ミサイルを発射するなどの手段で可能と考えている」。

杉山良行 元航空幕僚長:
戦闘機の実用上昇限度など、根拠がちゃんとあっての話と思う。

反町理キャスター:
アメリカでは、F-22が1万8000メートルから2万メートルの高さにある気球を撃墜したという話。航空自衛隊のF-15が2万メートルまで上昇するのは難しいのでは。仮に1万6000メートルとして、4000メートル上空の気球をミサイルで落とせるのか。

杉山良行 元航空幕僚長
杉山良行 元航空幕僚長

杉山良行 元航空幕僚長:
2万メートルまでは上昇できないと思う。だが実際にレーダーが捉える可能性はあり、技術的に可能と思う。今後の技術的な進展でさらに高高度の気球が出てきて、できなくなる可能性もある。限界を示すのは手の内を見せることになり、つまびらかにはできない。だが限界を政治に対して示すことは、航空自衛隊にとって大事なこと。

小野寺五典 元防衛相 自民党安全保障調査会長:
例えば、航空自衛隊の航空機でミサイル対処することもあると思うが、費用対効果を考えるとマイナス。無人機に対しては無人機、気球に対しては気球というのもひとつの考え。見合った対処をすること。

新美有加キャスター:
偵察気球について、米ブリンケン国務長官は「中国の偵察気球に関する情報を数十カ国と共有した」「標的はアメリカだけではない」。中国の目的は?

山口信治 防衛研究所中国研究室主任研究員:
中国は最近「近宇宙」という言葉を使うが、上空20〜100キロぐらいの範囲をかなり重視して情報収集能力を高めている。気球はコストも安く、滞空時間も長く、衛星よりも地表近くで情報をとれるため非常に重視している。

反町理キャスター:
自爆装置もついていたという報道もあるが、なぜ自爆しなかったのか。

山口信治 防衛研究所中国研究室主任研究員:
わからない部分があるが、恐らく撃墜されること自体がかなり予想外だった。中国当局としては、民間の気象用の気球だとして一応謝り、アメリカも流してくれると期待したのでは。

気球問題の過熱・アメリカの怒りは、中国にとって想定外だった

新美有加キャスター:
気球をめぐり緊張感が高まった米中は、双方の外交トップが会談。米国務省によれば、ブリンケン国務長官は中国の王毅共産党政治局委員に「アメリカの主権と国際法に対する容認できない侵害だ。このような無責任な行為は二度と起きてはならない」と伝えた。中国外交部は、王毅氏がブリンケン氏に「アメリカ側が誠意を示し、武力の乱用によって両国の関係に生じた損害を直視し対処すべき」と要求したとする。

小野寺五典 元防衛相 自民党安全保障調査会長:
ブリンケン氏はかなり強く抗議した。当初、アメリカは大きく発表したが中国側からは数行の発表しかなく、その後追加で発表した。アメリカ含め国際世論にここまで影響が出ることを中国は想定していなかった。

山口信治 防衛研究所中国研究室主任研究員
山口信治 防衛研究所中国研究室主任研究員

山口信治 防衛研究所中国研究室主任研究員:
中国にとってはかなり予想外。中国としては、アメリカは気球でなくとも中国よりもはるかに優秀な偵察能力を持っている、中国がやるのがなぜ悪い、という感覚が恐らくある。また恐らくこれは軍のプログラムで、外交的な発想に基づいていない。中国では外交部にはあまり力がなく、軍は非常に力が強い。そして軍は政府でなく習近平だけに従う。

反町理キャスター:
外交部がここまで反論している点、待てという指示が習近平主席から国防部に下りている雰囲気を全く感じない。

山口信治 防衛研究所中国研究室主任研究員:
そこまで重要だと思っていないのでは。

反町理キャスター:
バイデン大統領は「撃墜に関してアメリカから謝罪をしない、習主席との協議で気球問題の真相を解明したい」と発言。アメリカの対中姿勢は。

小野寺五典 元防衛相 自民党安全保障調査会長:
王毅氏がブリンケン長官と話しても、問題は深刻だと習近平主席に伝わりづらいのが今の中国の政治体制だと思う。直接怒りを伝えるため、こういうスタンスをとったのでは。

山口信治 防衛研究所中国研究室主任研究員:
妥協できるラインが見えていない状態で中国が首脳会談を受けることは、恐らくない。中国が非常に怒っていることは筋違いだが間違いなく、今は関係改善の道筋は見えない。

(BSフジLIVE「プライムニュース」2月20日放送)