アメリカ軍に撃墜してもらったカナダ

不審な気球などの飛行物体が日本の領空を侵犯した場合自衛隊機が撃墜できるかどうか国会で議論が盛んだが、法律で認められても現実に打ち落とせるかどうかは別問題のようだ。

実は今月11日に未確認の飛行物体がカナダ北西部のユーコン準州の上空に侵入した際に、カナダは米国に対応を任せて5000キロ余り離れた米バージニア州ラングレイ空軍基地から飛来した最新鋭戦闘機F-22機が空対空ミサイルAIMー9Xで撃墜した。

カナダ・トルドー首相
カナダ・トルドー首相
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本来ならば領空を侵犯されたカナダが対応すべきところを米国に任せたことについて、カナダのアニタ・アナンド国防相は「問題の飛行物体については米国が当初より追尾して警戒していたので処理を任せました」と語ったが、カナダにはそれとは別に気球撃墜には関わりたくない理由もあったようだ。

カナダのアニタ・アナンド国防相(右)
カナダのアニタ・アナンド国防相(右)

気球撃墜に関するカナダのトラウマ

「カナダはなぜ25年前に精鋭のジェット機から1000発も発射して観測気球を撃ち落とせなかったのか?」

カナダで発行されているニュースサイト「ザ・ユーラシアン・タイムズ」2月15日の記事は、今回気球の撃墜を米国に委ねたことについてこんな皮肉を込めた見出しで伝えた。

それは1998年8月のことだった。カナダはオゾン層の観測をするために25階建ての建物に匹敵する巨大な気球を飛ばした。気球には観測終了後落下させる装置がついていたが作動せず、高高度を東へ飛び続けて大西洋上空の航空機の障害になる恐れが出てきたため当時のカナダ空軍の最新鋭戦闘機F-18を発進させ撃墜を試みた。

カナダ東海上のニューファンランド島付近で気球を発見したF-18は、機銃で撃墜を試みたが約1000発余りを命中させても気球に大きな変化はなく飛び続けた。気球を膨張させていたのはヘリウムガスで引火性がないため機銃弾が気球の外皮に一箇所数センチの穴をいくつ空けてもガスが少しずつ漏れて行くだけで爆発するようなことにはならなかった。

そこで、F-18の空対空ミサイルで攻撃することも考えられたが、もしミサイルが命中しないと地上や海上に被害を及ぼす危険が想定されたためカナダ政府は気球の撃墜を断念したのだった。

この時気球はF-18機の上昇限度の2万メートルよりも上空でほぼ停止状態で浮遊しており、超高速で飛行するジェット戦闘機で追撃するのは極めて難しいということも経験した。

気球を撃墜した「第五世代戦闘機」

今回中国の気球を撃墜した米空軍のF-22機は「第五世代戦闘機」と呼ばれる。高高度の飛行性能やレーダーの性能がF-18 機より優れ、気球を撃墜したミサイルもレーザー照準の最新鋭のものだったとされる。詳しくは報道されていないのでわからないが、12日に米ミシガン州のヒューロン湖上空で未確認物体を撃墜したのはF-22機より1世代前のF-16戦闘機で、空対空ミサイルを発射したが1発目は的を外していたことが分かった。

「第五世代戦闘機」アメリカ空軍F-22ラプター(資料)
「第五世代戦闘機」アメリカ空軍F-22ラプター(資料)

日本のF-35戦闘機は撃墜できるのか

つまり、高高度を飛行する気球を撃墜するには最新鋭の戦闘機とレーザー照準の空対空ミサイルが必要だということになる。日本の航空自衛隊のF-35戦闘機も「第五世代戦闘機」だが、対気球撃墜作戦のためには運用面での備えが必要だろう。

航空自衛隊 F-35AライトニングII(資料)
航空自衛隊 F-35AライトニングII(資料)

気球撃墜の可否や自衛隊法の解釈を議論するのも良いが、それに伴う武力の検証も必要だろう。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。