投資による不労所得でリタイアする「FIRE」は魅力的だが、思わぬリスクも潜んでいる。今回は成功と失敗のどちらも経験したケースを紹介したい。
東京都在住の30代男性「カイト」さんは、株を題材としたドラマを見たことで投資に興味を持ち、10年ほど前から本格的な資産運用を開始。さまざまな金融商品に投資してきた。
日々の節約と副業のお金で投資に成功
社会人時代の最高年収は600~700万円だったが、節約を徹底。住んでいる賃貸物件の家賃は払いつつ、年間で200~300万円は投資に回したという。
この記事の画像(7枚)さらに、副業として挑戦したYouTubeの動画投稿にも成功。不定期ではあるが月に数十万円の収益が出ることもあり、このお金も投資につぎ込んだ。
2020年のコロナショックなど、株式市場が暴落したタイミングで米国株に投資できたこともあり、資産は順調に増えていったという。
こうしたチャンスをものにした結果、2015年は1200万円ほどだった資産が、2021年12月には7500万円にまで増えたという。こうした状況を見て、カイトさんは退職を決意。同月に会社を辞めて、以前から憧れていたFIREに突入する。
資産が1年で2000万円近く減少
しかし、ここから想定外の事態が待っていた。2022年はロシアのウクライナ侵攻、アメリカのインフレ、原油価格の高騰といった出来事が立て続けに発生。株価は世界的に低迷した。
カイトさんの保有資産も影響を受けてしまい、FIRE開始から約1年で総資産は5600万円に。実に2000万円近く減少したという。さらに、YouTubeの再生回数も落ちてしまった。
こうした状況を受けて、カイトさんは“FIREの卒業”を決断。就職活動をして、2023年1月から前職と別の会社で働いている。株価は少し盛り返し、2023年1月末での総資産は約6000万円になったという。
自由な生活に憧れて退職を決意したが…
投資の酸いも甘いも経験したカイトさんだが、FIREはどのようなものだったのだろうか。激動となった約1年間の裏側を聞いた。
――2021年12月に退職したのはどうして?
もともとは資産を1億円にできたら、FIREしようと考えていました。年間で3~4%の利回りがあれば生活できると思ったためです。2022年も上昇相場が続くと思っていたこと、自由な生活に憧れていたことから、思い切って退職した形になります。
――実際の投資はどのように行っていた?
給料が振り込まれたら、生活に必要なお金を残して投資していました。基本的な考えは「価格が下がったところで買い、できるだけ売らない」。昔は日本株を購入していましたが、2016年ごろからは米国株の関連商品を購入しています。ただ、レバレッジをかけた商品や仮想通貨も含まれていました。
※レバレッジ=自己資金を担保に多額の運用をする方法。ハイリターン、ハイリスク。
――FIRE生活で1日の過ごし方は変わった?
会社員の時は午前7時40分には家を出て、午前9時~午後7時ごろまで仕事。帰宅して夕食などを終えて、毎日午後10時過ぎから2時間程度、副業をしていました。通勤などのストレスはありましたね。
FIRE生活は有意義なものでした。起床は午前10時ごろで、あとは自由時間。動画制作をしつつ、趣味のゲームや漫画、サッカー観戦などを楽しみました。時間に余裕があるので、自炊も増えましたね。
「このままでは耐えられない」と思った
――そうした中、FIREを卒業した経緯を教えて。
定期的な収入を得るのが難しくなったためです。私の保有資産の多くは(保有での)配当はそこまで期待できないものでした。売却して、高配当の金融商品に切り替えようと思っていたのですが、市場の下落で売るに売れない状況となってしまいました。
現金は少しは保有していましたが、もって2年ほど。副業の調子も落ち込んでいましたし、2年後に株価が復活している保証もありません。このままでは耐えられないと思いました。
――資産の急減は想定外だった?減少の要因は?
そうですね。特にロシアのウクライナ侵攻は想定外でした。資産減少の要因は、レバレッジや仮想通貨などリスクの高い資産を保有していたこと、アメリカのナスダック指数(ハイテク銘柄の構成比率が多い)に連動するETFの保有割合が多いことが影響したと思います。退職した当時は株価の上昇は続くと思っていました。資産を安定したもの、定期的な配当が期待できるものに変えていたら…と思います。
――再就職での苦労、悩みなどはあった?
以前の会社は新卒で入社できましたが、30代になると業務経験が求められます。私は特別なスキルはないので厳しかったですね。面接も20~30社は受けました。そのため、再就職が決まった時はうれしかったですね。久しぶりの仕事は疲れましたが、精神的にも安心できると思いました。
FIREしたことを後悔はしていません
――FIRE関連の経験を振り返って思うことは?
定期的な収入源を失うと、人間は不安に陥りやすくなると思いました。高配当株や債券など、配当を期待できる金融商品にリバランスしてから、退職するべきだったと思います。ただ、FIREしたことを後悔はしていません。若いうちに経験ができて良かったと思います。
――FIREを目指したい人に伝えたいことは?
金融商品は暴落することもあるので、耐えられる準備をしておくことですね。余裕がないと精神的にもつらくなります。もしもの生活費を多めに用意しておく、安定的な配当が期待できる金融商品に変えておくといった、事前の準備が大切だと思います。
また、FIREすると他人との接点が少なくなります。何もしない生活も長く続くと、良くないかもしれないので、投資以外の目標を持ってみること。自由な時間を使って、多少の責任感があることに挑戦してみてもいいかもしれませんね。
カイトさんは将来的なFIREを目指していて、資産形成に向けて今後も努力するという。
FIREは魅力的だが、金融商品の価格は世界情勢にも左右されるところがあった。下落時に耐えられるのか、今の仕事を退職してもいいのか、十分に考えてから決断するのがいいかもしれない。