「個の尊重」と「トップの指導力」という2つのバランスは、どの組織でも難しい。国益の確保を何より求められる中国・北京の日本大使館でも、対中戦略を巡って侃々諤々の議論が起こった。

ツイッターで中国人に情報発信

ことの発端は、大使館が始めたツイッターだ。

在中国日本大使館のツイッター
在中国日本大使館のツイッター
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ネットが厳しく制限され、中国では普通に見ることが出来ないツイッターを現地で開設した理由のひとつは、中国人に対する情報発信だ。

当局の規制をかいくぐり、国内では伝えられない情報に触れる中国人が増えたため、彼らに日本の政策や主張を正しく理解してもらうためである。もちろん日本を含む海外に広く発信する狙いもある。

強い指導力で対中外交をけん引する垂大使
強い指導力で対中外交をけん引する垂大使

提案者は垂秀夫大使。これまでほぼ中華圏しか担当したことのない、異例の経歴を持つ「チャイナスクール」の大黒柱だ。今や外交は情報戦、アピール合戦とも言われる中で日本の発信が後手に回っていることにじくじたる思いがある。

しかし、これには様々な慎重論が挙がった。理由のひとつは、ネット世界の不透明性。中国側の反応だけでなく日本国内、特に保守派を過度に刺激しないかという心配だ。「日中両国はちょっとしたことですぐに悪い方向に振れてしまう敏感な関係」(外交筋)というように、ネット世論の広がりは良い結果を招くとは限らない。また、中国との懸案を抱える館員が多忙を極める中、定期的な情報発信と運営、管理を十分に行えないという懸念もあったという。

ビザ発給停止措置に対して「中国のやり方は対等性に欠ける」とツイート
ビザ発給停止措置に対して「中国のやり方は対等性に欠ける」とツイート

果たして結果は「とにかくやってみよう」という垂大使の鶴の一声で実施が決まった。新型コロナを巡り中国が日本人へのビザ発給停止措置を発表した際には、早速「対等な措置ではない」と反論した。実際は、新型コロナの感染急拡大で日本大使館の職員が出勤できず、ビザ窓口を一時閉鎖したことを中国側が「日本がビザの発給を停止した」と誤解したことも影響したという。中国側は1月29日にビザの発給を再開すると発表した。

「ビザ発給する」日本企業に連絡…個別対応に持ち込む中国

情報発信に限らず、政策判断も各種の調整が必要な日本を尻目に、中国は政府、企業、メディアが一枚岩で強い。日本は三権分立に加え、メディアが権力を監視、チェックする機能を持つが、中国メディアは政府の意向を伝える広報機関だ。企業も全て当局の管轄下にあるので、純粋な民間企業はほぼ存在しない。

習近平指導部は絶大な権力を握る
習近平指導部は絶大な権力を握る

その中国が得意とするのが1対1の関係構築、連携を分断することだ。国レベルではアフリカや島嶼国などとの個別会談を重ねて2国間関係の輪を広げている。かねてから警戒すべき動きのひとつだ。日本を含む海外メディアは全ての報道にチェックが入り、中国の敏感な部分に触れる取材は事実上の監視下に置かれ、問題ありとなれば個別に当局に呼び出される。

北京中心部の高層ビル 日本企業も軒を連ねる
北京中心部の高層ビル 日本企業も軒を連ねる

日本企業に対してもアメとムチを使い分けてコントロールしている。関係者によると、ビザ停止措置を発表した後、北京に駐在する日本企業に対しては個別にビザを発給するとの連絡がすぐに入ったという。利益の確保が必須の日本企業もこれに応じない手はない。中国経済の回復に欠かせない日本企業の投資などを踏まえ、表では強気の姿勢を示しながら裏で手を結んでいるのが実態だ。結局日本企業同士の連携、また政府(大使館)と企業の連携にも水を差すことになり、中国が主導権を握る環境が整っていく。中国の強かな一面である。

中国の強い“一枚岩”

繰り返しになるが、政治でも経済でも、中国は国益を何より優先し、強い一枚岩で対応する国だ。メンツを維持しつつ、世界が首をかしげるような対応を時に行い、決定に至る経緯も、理由の説明もない。その巨大な権力をチェックする機能もない。

3月の全人代=全国人民代表大会で政府の陣容が決まる
3月の全人代=全国人民代表大会で政府の陣容が決まる

中国人は自国が他国と比べて異質であることを認識しつつ、その多くは現状を受け入れる寛容さとあきらめを併せ持っているように見える。もとより政治には参画できないし、政府を信用しない、自分で何とかするしかないという割り切りも見える。日本ではおよそ考えられないが、それが中国の現実だ。

警察による管理も中国では日常
警察による管理も中国では日常

中国には「秋後算帳」ということわざがある。「秋の収穫が終わった後に清算する」、転じて「物事が落ち着くのを待ってから報復する」といった意味だ。

2022年末、ゼロコロナ政策に反対するデモに参加した人たちは、民意を示すことの意義を実感したかもしれない。日本や欧米も、民衆が声を挙げたことを好意的に報じたが、中国にいる者からすると逆の感覚もある。厳しい管理体制を敷く中国当局にとって、そのメンツを潰すようなデモは二度と起こさないだろうし、起こしてはならないからだ。ゼロコロナ終焉に喜びを隠さない中国人に一定の安堵を覚える一方、デモに参加した人が拘束されたという情報に触れ、恐ろしさを禁じ得ない。

日常を取り戻した北京の街
日常を取り戻した北京の街

中国の「一枚岩」にそんな意味も含まれているのかと思うと、この国で自由や権利を主張している人たちの勇気は賞賛を超える命がけの行為である。冒頭の、「個の尊重」と「トップの指導力」は二者択一ではないが、中国の正しさはトップ、共産党=国家そのものにしかない。

そんな中国を相手にする日本大使館は一枚岩で対応しているが、現場からは「官邸、外務省、大使館の間に微妙な温度差がある」との本音も聞こえてくる。日本の安全と利益を守り、安定した日中関係を築くには、「チームジャパン」の結束も重要である。

(FNN北京支局長 山崎文博)

山崎文博
山崎文博

FNN北京支局長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より二度目の北京支局。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。