富山・南砺市(なんとし)の山あいで、コメ農家に弟子入りした2人の女性。コメ作りを学ぶ2人は、なぜ限界集落の農業に注目したのか。弟子入りの2年間に密着した。
限界集落で有機栽培「田畑を守りたい」

南砺市福光の山あい、小院瀬見(こいんぜみ)は、4世帯だけが暮らす限界集落。限界集落とは、過疎化や高齢化が進み、社会的共同生活の維持が困難、限界になりつつある集落のことだ。
小院瀬見の田んぼを管理するのは、近くに住む農家の渡辺吉一さん(67)。8年前から、田んぼの担い手がいなくなったこの地域でコメを作っている。

渡辺吉一さん:
どんどん山間地域は空き家が増え、高齢者ばかりになり、田畑が守っていけなくなる。田んぼの生き物が元気に育つような地域になって、耕作放棄地がないように守っていきたいというのが自分の思い
渡辺さんのコメ作りは、農薬や化学肥料を一切使わない有機栽培だ。落ち葉などを腐葉土にして、この地にある自然の力だけでイネを育てている。

「農ある暮らし」広めたい…2人の女性が弟子入り
2021年5月、渡辺さんにコメづくりを教わりたいと、2人の女性が弟子入りした。2人に農業の経験は全くないが、渡辺さんはいきなり田植えを任せた。
大阪出身の松本千尋さん(41)は、阪神淡路大震災で被災し、中学3年生のとき、家族で南砺市利賀村に移った。出産を機に自然や食への関心が高まり、農業をなりわいとすることを目指して渡辺さんに弟子入りした。

松本千尋さん:
こういう田んぼに子どもを連れてくると花とか食べたりするが、ここだと農薬を使ってないので、そんなに目くじらたてることない。できれば2年後には、自然栽培の農業法人をつくりたい
一方、熊本出身の國本紗季さん(32)は、南砺市利賀村を拠点に活動する劇団SCOTの元俳優で、コメづくりを学ぶのは、自身の生き方を追求するためだという。

國本紗季さん:
演劇で人間を扱って、人間とか人間社会について考えるじゃないですか。そうじゃないこと、人間以外のものを考えることで人間について考えたいなと
松本さんは、国が定める農業研修の補助金を活用して生計を立てていて、國本さんは、劇団員時代の貯金を切り崩しながらの弟子入り生活をしている。2人には、コメ作りをしながら「農が当たり前にある生活を多くの人に広めたい」という共通の思いがあった。
農家への弟子入りはハプニングの連続!
2021年10月、弟子入り1年目の秋。2人は、師匠の渡辺さんに指導役を頼んで、稲刈り体験会を開いた。SNSでの呼びかけで集まったのは、20代の若者や家族連れ。この体験会を機に、ここを初めて訪れたという人ばかりだ。
効率が悪いと言われる山あいでのコメづくりだが、農作業を体験したいという人はたくさんいることがわかった。

弟子入り2年目の2022年6月、2人は「ハニー&コットン」という屋号で、1年を通したコメ作りの体験会を開催していた。
さらに、2人は近くの山で養蜂も始めた。小院瀬見の自然を生かしたこだわりのハチミツは、今後の貴重な収入源となるはずだったが…。

取材をした1カ月後の2022年9月、ハチ箱が無残な姿に…。野生のクマの仕業か、大事に育てたハチは1匹もいなくなってしまった。

さらに、悲劇は田んぼでも。
2022年10月、2人が管理を任されたコシヒカリの田んぼは、稲穂がたわわに実っているころだが…。
國本紗季さん:
黄色く、しゃんしゃんと見えているのが(イネ)

一面に植えたはずのイネは、雑草の生育に負け、見る影もなかった。
國本紗季さん:
管理ができるように、来年はがんばりたい
自然の厳しさ体験し…「これからもみんなでやっていく」
農ある暮らしに憧れ、弟子入り2年目となった2022年11月。さまざまな困難があったが、2人は、恵みに感謝する収穫祭を開くことができた。

これまでの体験会の参加者や小院瀬見の農作物のファンなど、多くの人たちが集まり、2人にとって厳しくも温かくもある「農ある暮らし」を体現してくれているかのようだ。

松本千尋さん:
来年からは、ハニー&コットンを一般社団法人化して、わたしと國本と2人で共同代表になりまして、小院瀬見を中心にコメづくりと、いろんな体験事業をやっていきたい
収穫祭の最後には、来年の豊作を祈って、田んぼに落ち葉をまく。ここで暮らす感謝の気持ちを込めて…。
松本千尋さん:
本当にやるのか、やれるのか、と自問しながらやってきた。
ーーーこれからも続ける?
松本千尋さん:
もちろん、わたしだけではなく、みんなでやろうと思っている

松本さんと國本さんは、弟子入りした渡辺さんのお米が南砺市の学校給食で出されていることに目をつけ、2023年は、給食で食べるコメを親子で作る、食育の体験活動にも取り組みたいという。
(富山テレビ)