性犯罪の実態に合わせて、刑法の規定を大幅に見直す試案が2022年10月に示された。性犯罪の成立要件の明確化や、性交同意年齢の引き上げ、新たな罪の新設などが盛り込まれた今回の試案の中身を見ていきたい。
見直し議論の背景に“怒りの声”
まず初めに、今回の見直しの議論の背景には、被害者の“怒り”の声の高まりがある。
きっかけになったのは、2019年3月に相次いだ4件の性暴力事件をめぐる裁判での無罪判決だ。このうち、愛知県で父親が当時19歳の実の娘に性的暴行をした罪に問われた裁判では、一審の名古屋地裁岡崎支部が娘の同意がなかったことは認めた一方、著しく抵抗できない「抗拒不能」の状態だったとは言い切れないと判断し、無罪を言い渡した。

この裁判は二審で逆転有罪となったが、一審での無罪判決が相次いだことを受けて性犯罪の被害者らが実名で声を上げ、「フラワーデモ」の抗議活動へとつながった。こうした流れの中で、刑法の性犯罪規定見直し議論が加速した。
刑法改正 ポイントは性犯罪の“成立要件”
2022年10月、性犯罪をめぐる刑法の規定見直しに向け法改正の土台となる試案が示された。今回の試案の大きなポイントの一つが、性犯罪の成立要件の見直しだ。
現在の刑法で規定される強制性交や準強制性交などの罪では、「相手の同意がないこと」に加えて、加害者側が「暴行または脅迫」を用いて行為に及んだことや、被害者側が「心神喪失・抗拒不能」、つまり抵抗が著しく困難な状態であることを成立要件としている。
現行の成立要件は抽象的であることから柔軟な解釈が可能とされる一方で、「抵抗が著しく困難な状態」について明確な判断基準がなく、裁判官によって供述や証拠の評価が変わり、判断にばらつきが出ると指摘されてきた。

これにより、前述した2019年の一審無罪判決のように、被害者が望まない性行為であっても、無罪とされるケースがあった。性犯罪被害者を担当する弁護士からは「強盗に近いレベルの抑圧がある、というのが現行法の成立要件の解釈になっている」との声も聞かれる。
このような現状を受けて、試案では成立要件として、現在の「暴行・脅迫」に加えて、
▼心身に障害を生じさせること
▼アルコール又は薬物を摂取させること
▼睡眠その他の意識が明瞭でない状態にすること
▼拒絶するいとまを与えないこと
▼予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、又は驚愕させること
▼虐待に起因する心理的反応を生じさせること
▼経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること
の合わせて8項目を例示した。これらの行為によって相手を「拒絶困難」にさせ、性交をすることを処罰対象としている。
また、加害者がこのような行為をしていなくても、相手が「心身に障害があること」や「アルコール又は薬物の影響があること」、「虐待に起因する心理的反応があること」などの理由で「拒絶困難」であることに乗じて行為に及んだ場合も処罰するとしている。
「拒絶困難」を明確化 不同意罪は見送り
試案では、この「拒絶困難」な状態について、「被害者が拒絶の意思を“形成”し、“表明”し又は“実現”することが困難な状態」と示した。被害者が拒絶の意思を持つこと、または意思を示すこと、またはそれを実現することが難しい状態という意味である。この枠組みに当てはまれば犯罪が成立することになる。
被害者の心情を要素として明確に示すことで、「虐待を受けていたことから拒絶する気持ちすら起きなかった」といったケースのほか、不意を突かれて状況が把握できなかった場合や、恐怖により体が動かなくなった状況などでも、犯罪と認められやすくなる可能性がある。実質的に処罰対象が拡大することも見込まれる。

一方で、性暴力の当事者団体などが強く導入を求めていた、被害者の意思に反する性行為を一律に処罰する「不同意性交罪」の導入は見送られた。
部会の議論の中では「意思に反する」という要件だけで処罰対象とする案も検討された。しかし、立証することが難しい被害者の”胸の内”のみを要件とすることに慎重な意見が強く、採用されなかった。性行為の際は、同意していたが、後から不同意だったと覆すケースなどが想定され、えん罪のリスクも指摘された。
性交同意年齢の引き上げ 公訴時効の見直しも
性交同意年齢とは、性行為への同意を自分で判断できるとみなす年齢のことで、現在の刑法では13歳と定められている。これにより13歳未満への性行為は同意の有無に関わらず処罰の対象となるが、海外では14歳から16歳とされている国が多く、引き上げを求める声が上がっていた。
試案では、性交同意年齢を現在の13歳から16歳に引き上げるとしている。ただ、同年代同士の性行為なども処罰されかねないことから、13歳から15歳については、相手との間に5歳以上の年齢差がある場合に適用するとしている。

また、被害者が被害を訴えるまでに時間がかかる性犯罪の特徴を踏まえ、公訴時効も見直される見通しだ。
強制性交罪、準強制性交罪については10年から15年に、強制わいせつ罪・準強制わいせつ罪については7年から12年に、それぞれ時効を5年延長する案が盛り込まれた。さらに、犯罪行為が終わった時に被害者が18歳未満だった場合には、被害者が18歳になる日までの年数を時効に加え、時効を遅らせる。「被害を受けたことをすぐには認識できなかった」ケースなどを考慮した。
性犯罪の傾向を踏まえた新たな罪の新設も
試案には、性犯罪の傾向を踏まえた新たな罪の新設も盛り込まれた。ひとつは、子どもの性被害を未然に防ぐ「グルーミング罪」だ。
グルーミングとは、わいせつ目的で子どもに近づき、手なずけることを意味する。近年では、子どもが、SNSで知り合った大人から、性被害を受けるケースが増えていることから、犯罪を未然に防ぐ対策の必要性が指摘されていた。

16歳未満に対して、わいせつ目的でだます、脅す、金銭を渡す約束をするなどして会うことを要求した場合や、実際に会った場合、罪に問うことが可能になる。また、性的な映像を送るように求めることも処罰の対象とした。
この他に、盗撮を防ぐため、わいせつな画像を撮影したり、不特定多数に提供したりする行為を対象とする「撮影罪」の新設も盛り込まれた。
海外の法制度は?被害者が声を上げやすい社会に
性犯罪の規定について世界に目を向けてみると、スウェーデンでは2018年の法改正で、相手からの積極的な同意がない性交は「レイプ罪」と規定した。この規定は「Yes means Yes」法とも呼ばれ、「Yes」という積極的な同意がなければ「No」だと解釈され違法となる。
世界でも先進的な規定だ。またドイツやイギリス、韓国、台湾などでも近年、被害者の声を反映した法改正が進められている。

日本では2017年に性犯罪に関する刑法が改正された。改正は1907年の制定以来初めてのことだった。この改正で「強姦罪」が「強制性交等罪」に名称変更され、被害者の性別を問わないことなどが定められたが、なおも「実態を踏まえていない」という声が大きいのが現実だ。
性暴力は誰にとっても「無関係なこと」ではない
2020年に内閣府が行った調査によると、女性の約14人に1人が、男性も含めると約24人に1人が、無理やり性交などの行為をされた経験があり、そのうち女性では6割、男性では7割が「誰にも相談できなかった」と回答している。
被害者が声を上げやすい社会の実現は急務であり、そのためには社会の基盤である「法」も見直されていく必要がある。えん罪を防ぎながら、被害者を救うための見直し議論は今後も続けられる。次回の法制審部会は来年1月17日に開催される予定だ。
(フジテレビ報道局社会部・司法担当 空閑悠)