来年5月に被爆地ヒロシマで開催されるG7サミット(=主要7カ国首脳会議)まで5ヵ月を切った。日本でG7サミットが開催されるのは、2016年の伊勢志摩サミット以来6年ぶりとなる。岸田首相は、FNNのインタビューで「被爆地でサミットが行われる重みを強く感じている」と強調したが、岸田政権にとっても命運をかけたイベントとなる。

「広島ほど平和へのコミットメントを示すのにふさわしい場所はない。核兵器の惨禍を人類が二度と起こさないとの誓いを世界に示す」

岸田首相は、ロシアによるウクライナ侵攻で、核をめぐる世界情勢が緊迫度を増す中、被爆地ヒロシマをサミット開催地に選んだ理由をこう説明した。

「核兵器のない世界」をライフワークに掲げ、外相時代にはアメリカのオバマ元大統領の広島訪問にも尽力した岸田首相。G7広島サミットは、核廃絶に向けた一歩となるだのろうか。

国際賢人会議でも各国の立場の違い浮き彫りに

G7広島サミットへの機運醸成を図ろうと岸田首相が提唱した「『核兵器のない世界』に向けた国際賢人会議」の初会合が、12月、広島で2日間にわたり開催された。核兵器廃絶への具体的な道筋について国内外の有識者が議論するもので、開会式には、アメリカのオバマ元大統領や国連のグテーレス事務総長がビデオメッセージを寄せた。

「国際賢人会議」にメッセージを寄せるオバマ元大統領
「国際賢人会議」にメッセージを寄せるオバマ元大統領
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「私は広島訪問を忘れることはない。広島訪問で私は世界中に広がる核兵器の脅威を減らそうと思いを強くした。私たちは子供たちのために核兵器のない世界を追求する責務がある」(アメリカ・オバマ元大統領)

「広島は核兵器の悲劇と平和への希望の象徴だ。この思いを具現化するのは勇気ある被爆者以外にいない。核の脅威を終わらせるという被爆者の訴えに耳を傾けなければならない」(国連・グテーレス事務総長)

初会合には、アメリカやロシア、中国などの核兵器保有国と、ドイツやニュージーランドなどの非保有国の双方から計13人の委員が出席した。これまでの「賢人会議」に、政治指導者も加えてレベルアップを図った。当初はオバマ氏などの来日も期待されたが、ビデオメッセージを寄せるにとどまった。

一方で、ウクライナに対して核威嚇を行うロシアや、軍拡を進める中国からの有識者も参加した。冒頭、日本やドイツなどがロシアによる核威嚇を非難したのに対し、ロシアのフロプコフ委員は「間違った発言だ」と反発するなど、各国の立場の違いが浮き彫りとなる場面もあった。

被爆者の声に参加者は

参加者は、原爆慰霊碑に献花したほか、原爆資料館を視察した。そして、8歳の時に被爆した八幡照子さん(85歳)が英語で語る被爆体験に、委員は真剣に耳を傾けた。

原爆慰霊碑に献花した国際賢人会議の参加者ら
原爆慰霊碑に献花した国際賢人会議の参加者ら
国際賢人会議の参加者らは、原爆資料館も視察した
国際賢人会議の参加者らは、原爆資料館も視察した

「核兵器を使う国があれば、人類は破滅に向かうのに、なぜ世界に1万何千発もあるのか」「(被爆体験を)有識者の方の議論の中にぜひ生かしていただき、核廃絶のための目標にしていただきたい」(被爆者・八幡照子さん)

また、意見交換では、他の被爆者から、「現実的な課題は、全核保有国が核抑止政策の克服を追求することだ」「議論を今後の行動につなげて欲しい」などといった声があがった。委員からは「心を動かされた」との声が上がった。

被爆体験を語る八幡照子さん
被爆体験を語る八幡照子さん

「今回、英語で被爆証言を初めて聞き、胸に突き刺さった。広島で開催した意義は議論に反映されると思う」(ローズ・ゴッテメラー元アメリカ国務次官)

「被爆者の話ほど心を動かされるものはない。被爆者の声を他の地域や国にどうしたら届けられるのかについても検討している」(アンゲラ・ケイン元国連事務次長)

かつて核軍縮交渉の最前線に立っていたゴッテメラー氏やケイン氏に、被爆者の思いは届いたようだ。

ローズ・ゴッテメラー元アメリカ国務次官
ローズ・ゴッテメラー元アメリカ国務次官

高まる核使用リスク

今年は、NPT(=核拡散防止条約)再検討会議が開かれるなど、核軍縮を進める上で、重要な一年だった。しかし、ロシアによる核威嚇や、中国の核戦力強化、北朝鮮の核・ミサイル開発など、核使用のリスクは高まっている。NPT再検討会議では、ロシアの反対により合意文書は採択されず、2015年に続いて決裂に終わる結果となった。

また、核兵器禁止条約の第一回締約国会議に核保有国の参加はなく、核保有国と非保有国の分断は深刻化し、ロシアによるウクライナ侵攻でヨーロッパでは核抑止論を唱える声が高まるなど、核をめぐる国際情勢は複雑化している。

初会合の後、白石隆座長は、「核兵器のない世界」に近づけるための議論をさらに深める必要があるとの考えを示した。

「政治的な意思の重要性ということが確認されると同時に、核リスクの低減ということで、やはり対話をもっと意識的に重視すべきだろう」「抑止力の概念をもっと広くとらえて、核抑止以外の要素についても考えた方がいいのではないか」(白石隆座長)

次回は、来年のG7広島サミットの前にオンライン参加も含めて開催する予定で、2026年の第11回NPT再検討会議に向けて提言をまとめる予定だ。

国際賢人会議の後、記者会見に臨む岸田首相
国際賢人会議の後、記者会見に臨む岸田首相

核兵器保有国と非保有国の「橋渡し役」を担うと繰り返してきた岸田首相は、賢人会議の閉会後、「唯一の戦争被爆国である日本として、核保有国と核兵器禁止条約の距離を縮める努力をしていく」と強調した。

また、G7広島サミットに向けて、「核兵器のない世界に向けた力強いメッセージを発信できるよう議論を深めていきたい」と意気込みを語った。

被爆者の声を指導者に届ける最後の機会か

2016年のオバマ元大統領の広島訪問は、当時、歴史的な出来事として受け止められ、被爆者を含む誰もが核軍縮の進展に期待を寄せた。しかし、オバマ元大統領が今回の会議に寄せたメッセージでも述べているように、核軍縮について近年「もどかしい逆行」がある。

オバマ大統領(当時)と被爆者の坪井直さん(2016年5月27日)
オバマ大統領(当時)と被爆者の坪井直さん(2016年5月27日)

オバマ元大統領が広島で面会し「ネバーギブアップ」と粘り強く核廃絶を訴えた被爆者の坪井直さん(享年96)は去年亡くなった。平均年齢84歳をこえる被爆者から直に被爆体験を聞くことのできる、残された時間はあまりない。被爆地ヒロシマでのG7サミットの開催は、被爆者が各国の政治指導者に、核兵器の非人道性を直接訴えることのできる最後の機会となるかもしれない。

岸田首相はG7広島サミットについて、12月に行った単独インタビューで、「私達は核兵器の使用すら危ぶまれている時に、被爆地でサミットが行われる重みを強く感じて、被爆地から世界に平和、そして核兵器のない世界を発信することを、世界のリーダーとともにしっかり行っていきたい」と意気込みを語った。

「G7広島サミット」が実現した背景には、G7首脳たちに共通して核に対する現実的な恐怖があることは間違いない。

「核兵器のない世界」の実現に向けて、被爆地開催の意義をどう活かすのか。被爆地に招いた日本政府にも、被爆地を訪れると決めた各国首脳にも、その覚悟が問われる。

フジテレビ政治部(テレビ新広島)武ゆかり

政治部
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武ゆかり
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