政府は、去年12月20日に、経済安全保障を強化するため、11項目の「特定重要物資」を閣議決定した。経済安保を巡っては、物資のサプライチェーン(供給網)の強化を国が支援する取り組みが現状では先行しているが、2023年以降は、サイバーセキュリティなど新たな経済安保の議論が本格化、国の「規制色」が強まることで、「国会が荒れる」と指摘する政府関係者もいる。

「国民の生活を守る第一歩に」

「国民の生存や生活、経済活動を守るために、我が国にとって重要な物資のサプライチェーンの強靭化を進める取り組みの第一歩となった」高市経済安全保障相は、12月20日の記者会見で「特定重要物資」指定の意義を強調した。

高市経済安保相
高市経済安保相
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「特定重要物資」とは、「国民の生存に直接的な影響が生じる」「供給が特定の少数の国に偏っていて、供給が途絶えた場合に甚大な影響が生じる」などのおそれがあるもの。政府は、5月に成立した「経済安全保障推進法」の基本方針に基づき、半導体や蓄電池、肥料など11項目の指定に向けた作業を進めてきた。

政府は、特定重要物資の安定したサプライチェーンの構築に向け、中国など特定の国に依存することを避けるため、物資の製造や材料を扱う企業に対して、春ごろをめどに認定作業を開始し、国内や他国への工場移転などの支援を行う方針だ。

臨時国会では、「特定重要物資」の安定的な供給を強化するための予算として総額1兆円超を確保し、日本の「経済安保」が初めて本格始動した形だ。

下水からリンを回収

ロシアによるウクライナ侵攻は、「資源小国」の日本にとって大きな転換点となった。LNG(液化天然ガス)などのエネルギー以外でも深刻な影響が及んだ。例えば、「肥料」について、政府は「ウクライナ情勢による影響により輸入困難になるなど、減に供給途絶リスクが顕在化している」としている。こうした中、国内で、肥料の安定確保に向けた画期的な取り組みが始まっている。

再生リンを使用した「こうべSDGs肥料」。12月20日から一般向けの販売を開始した(神戸市提供)
再生リンを使用した「こうべSDGs肥料」。12月20日から一般向けの販売を開始した(神戸市提供)
下水から回収した「再生リン」(神戸市提供)
下水から回収した「再生リン」(神戸市提供)

神戸市は、肥料の主要な成分となるリンが、人体で吸収しきれず大量に下水道へ排出されている点に目をつけた。市内の下水処理施設に特殊な設備を使い、リンを回収する技術を開発。2015年から再生リンを使用した農家向けの肥料を販売しているほか、一般向けの販売も開始した。

リンは、2020年7月からの1年間での輸入量について中国からが9割を占めるなど、“中国依存”が顕著になっており、経済安保上の喫緊の課題の一つと言える。

神戸市は、現在市内に1つしかない再生リンを回収できる施設を今後増やしていく考えだが、リンが原材料の肥料が特定重要物資に指定されたことで、「こうした企業を大きくしていく」(政府関係者)という国の方針に則り、国の予算が使われるかもしれない。

サイバーめぐり「国会が荒れる」

年末になって具体的に動き出した「経済安保」だが、「特定重要物資」の指定を含む安定供給の確保は、4本柱のうちの一つでしかない。政府は今後、電気やガスなど「機能が停止・低下した場合、国家・国民の安全を損なう恐れが大きい」とされる「重要インフラ」の安定的な確保について議論を進めていく方針だ。

サイバー空間で不正アクセスを行い、データを盗むなどの「サイバー攻撃」は近年、高度化している。このため、サイバー攻撃から重要インフラを守る「サイバーセキュリティ」をいかに高めるかも経済安保上の重要な課題となる。

政府は、半導体など11項目の「特定重要物資」を閣議決定した。
政府は、半導体など11項目の「特定重要物資」を閣議決定した。

政府が16日に改定した外交安全保障の基本指針「国家安全保障戦略」では、「重要インフラ等に対する重大なサイバー攻撃のおそれがある場合、これを未然に排除し、被害の拡大を防止するために能動的サイバー防御を導入する」と明記された。

「能動的サイバー防御」は明確な定義がないものの、政府関係者は、サイバー攻撃について「防御だけでは守り切れない」としていて、攻撃を未然に防ぐためには「先にサイバー攻撃をする」ことなども視野に入れているという。

防御だけでは日本を守れないのか。政府関係者は「先にサイバー攻撃をする」ことも視野に入れている(イメージ)
防御だけでは日本を守れないのか。政府関係者は「先にサイバー攻撃をする」ことも視野に入れている(イメージ)

一方で、政府による「能動的サイバー防御」は、場合によっては、メールなどの内容を第三者が把握することを禁止する「通信の秘密」に触れるとの見解もあるため、野党が厳しく追及する展開が予想され、「次の通常国会は荒れる」との指摘が早くも出ている。

国民の生活を守るためにますます重要度が増す「経済安全保障」だが、一方で国民の権利や自由な活動を規制しかねない側面も持ち合わせている。日本を取り巻く環境が厳しさを増す中で、経済安全保障が重要となる分、岸田総理には、国民が納得し、安心する説明が求められている。

(政治部・伊藤慎祐)

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日本の将来を占う政治の動向。内政問題、外交問題などを幅広く、かつ分かりやすく伝えることをモットーとしております。
総理大臣、官房長官の動向をフォローする官邸クラブ。平河クラブは自民党、公明党を、野党クラブは、立憲民主党、国民民主党、日本維新の会など野党勢を取材。内閣府担当は、少子化問題から、宇宙、化学問題まで、多岐に渡る分野を、細かくフォローする。外務省クラブは、日々刻々と変化する、外交問題を取材、人事院も取材対象となっている。政界から財界、官界まで、政治部の取材分野は広いと言えます。

伊藤慎祐
伊藤慎祐

フジテレビ政治部 防衛省担当。2011年石川テレビ放送に入社。7年間アナウンサーを務めた後退社、渡英。ロンドン大学ゴールドスミス修士課程終了後、2020年にフジテレビ入社。好きな食べ物はとんかつ。