いよいよ開幕するFIFAワールドカップカタール2022(W杯)。
若手の台頭によって世代交代が進む日本代表において、36歳にして4大会連続でW杯日本代表に選出されたのが、長友佑都だ。
徹底的なトレーニングや、自己管理へのこだわりによって維持されるパフォーマンスは、今でも衰えを見せない。
そのパフォーマンスを維持するために、長友が「最も重要な要素」と語る“食”を支える専属シェフ・加藤超也さんが、出会いからイタリア時代の秘話を明かした。
(【後編】「20代で食を理解していたらバケモンになれてた」長友佑都の専属シェフが明かすカタールまでの4年間を支えた“食事の力” )
長友の“焦り”から始まった二人の出会い
この記事の画像(9枚)2016年から長友選手の専属シェフを務めている加藤さん。2人の出会いのきっかけは一通のメッセージだった。
「レストランでの仕事が終わった帰りの電車の中で携帯を触っていたら、たまたま長友選手のTwitterが出てきたんです。『怪我が多くて、それを改善するために食事にフォーカスして取り組んでいます』という内容でした。
読んでいたら、自分の中でこの人をサポートしたいという直感が稲妻のように走って、家に着いて急いでTwitterのアカウントを作り、本人にメッセージを送りました」
加藤さんは、当時勤めていた横浜のレストランに来店したサッカー選手の食へのこだわりや、メニューへのリクエストをきっかけに、 “食が与える体への影響”に興味を持っていた。
そのうえで、食事というものを重要視し、食でコンディションを高めていきたいというモチベーションの高い人に仕えたいと考えていた。
まさにそのタイミングで、長友選手のTwitterが目に飛び込んできたという。
「次の日にメッセージが返ってきました。まさか返ってくるとも思わなかったので驚きました。どうやら本人が、『めちゃくちゃ気になるから、この人と話してみたい』ということだったようです」
当時のセリエAの名門・インテルに所属していた長友選手は、ある焦りを抱いていたという。
「2014年のブラジルワールドカップが終わってからのシーズンは、年間4〜5回筋肉系の怪我をしていて、どうやらチームの放出リストに上がっていたようです。本人も危機感を抱いていて、食事の改善をして成功したアスリートの本を読んで、自分も始めてみようと思っていそうです」
食べる料理は「美味しく、説明ができる」もの
長友選手から「すぐにでもサポートしてほしい」というリクエストがあり、加藤さんは出会いから約一か月後にはイタリアでの生活を始めた。
――実際に長友選手のサポートはどう行っていたのでしょうか?
当然チームのクラブハウスに食堂があって、そこで食べる時もありますが、基本は朝昼晩の三食をサポートしていました。糖質のコントロールや小麦などを控えたりというところからスタートしました。
――専属シェフと調理師・栄養士との違いは?
調理師は嗜好性、いわゆる美味しくするための努力。栄養士は機能性、いわゆるこの食材にはこういった栄養素が含まれるので食べた方が良いとアドバイスをするなどです。
専属シェフはこの嗜好性と機能性の両方を併せ持って形にする人だと思います。美味しく調理でき、何でこれを食べる必要があるのかを説明、且つ理解して取り入れることが大事です。
――サポートする上で一番こだわったところは?
本人に必ず食べたいものを一品リクエストしてもらって、そこを軸に献立を作るということをやっています。
食べたいと思わせることの欲求と、そこで癒されるという満足度を与えつつ、最終的に食べ終わった時に「良い栄養を摂れたな」と思わせることを意識しているので、必ず「今日は何食べたいですか?」と聞いています。
長友選手の食事を、摂らなければならない“作業”としてではなく、楽しんでもらいたいという加藤さんの想いが込められている。
――長友選手からはどんなリクエストが多かったですか?
“魚系”のリクエストが一番多かったですね。ハマると、同じ料理を好む傾向にあります(笑)。トルコの時はタコが好きで、”タコのカルパッチョ“が多かったです。
――試合の日やオフの日など、どのようにメニューを考えていましたか?
オフの日は食事もオフにして制限しませんでした。そこをオンにしてしまうとメリハリがつかなくなるので。奥様と外食に行くとなったら、「何食べました?」とはあまり聞かないようにする。逆にオンの時は筋肉の回復と筋力アップのために、高たんぱく質・必須アミノ酸が摂れるものをチョイスして、食物繊維や生ものなどお腹をくだしやすいようなものは控えていました。
インテル内で加藤さんが話題に
長友選手のポジションはサイドバック、特に運動量・走行量が必要だからこそ、加藤さんには意識していたことがあるそうだ。
「まず筋肉系の怪我は食事で予防できます。逆に外的要因、例えば衝撃を受けて怪我をするようなことは、食事ではどうにもできないです。
筋肉系の怪我を絶対に無くすために意識してきたものは、“良質なたんぱく質”と“良質な油”を摂るということ。これはイタリア時代から今も徹底してやっています。
結果的に2015年に4〜5回やっていた筋肉系の怪我が、2016年にサポートさせてもらってから、今日に至るまでほぼ無い状況です」
――良質なタンパク質・油はどのように摂れるものなのでしょうか?
魚です。魚は裏切らないと思っています。特に青魚ですね。アジ、イワシ、サバ、カツオ、マグロ、サンマです。トルコはイスタンブール近郊が海なので、そこで水揚げされるイワシ、アジ、カツオ、サバはほぼ毎日のように生で出していました。
青魚の良質な油が熱に弱いので、生で食べるのが体内に取り込むために一番効率が良いんです。
一方で日本と違い、海外で食材を調達するのは苦労があったようだ。
「日本だと『お刺身食べたい』と言えばスーパーで買えるんですが、海外にはその文化がない。特にミラノにいた頃は、内陸部なので新鮮な魚が売っているエリアが無く、ミラノに出店している日本のお寿司屋さんの人と仲良くなって、サバやマグロなどを分けてもらいました。
食材の調達に関しては本当に大変でしたが、今振り返るとそれも楽しかったですね」
――サポートする上で一番気を遣ったのはどういうことでしょうか?
試合後のリカバリーですね。チャンピオンズ・リーグって、大体21時くらいから試合が始まるので、終わるのが24時くらい。例えば、スペインでの開催でそのまま現地に泊まると思いきや、そこからチーム全員が帰ってくるんです。
そうするとイタリアに着くのが深夜の2時〜3時、そして翌日は朝の9時〜10時くらいから練習が始まるという超過密日程です。もちろんアウェーの中で食事も出されるんですが、足りない栄養を補いたいというリクエストがあるので、僕も深夜に合わせて、腸に優しいスープやお魚を提供していました。
――ホームの試合の場合はどういうスケジュールになるんですか?
本拠地の試合の場合、僕は早めにスタジアムを出て準備に取り掛かっていました。イタリアの場合は試合後にチームで出される食事が、ピザとかなんです。本人も試合が終わって、「もう一分一秒でも(体にいいものを)早く食べたい」と超特急で帰ってくるので、そこに合わせて料理を準備できるようにしていました。(長友選手の)試合結果は、基本自宅に帰ってから知る感じでしたね(笑)。
そんな中、加藤さんは長友選手のインテルでのチームメイトとの秘話も話してくれた。
「まず選手が個人でシェフをつけていることにチームメイトが驚いていたんです。長友選手の場合、インテルでは『なんでそんなに走れるんだ』とチームメイトからも称賛されていて、長友がやっているトレーニング、食事、これだけ走れる理由を知りたいという存在でした。
そうしたこともあり、選手がこぞって家にご飯を食べに来たことがあり、それがきっかけで正GK・ハンダノビッチ(元スロベニア代表)からは『長友選手が日本代表の試合で家を空ける時は、うちで料理を作ってくれ』とリクエストされて、定期的に行っていましたね。あるイタリア代表のチームメイトからは『長友より高い給料払うから俺の専属シェフをやってくれ』と言われたこともあります。もちろん冗談だったとは思いますが(笑)」
後半では、長友選手が「20代で食を理解していたらバケモンになれてた」と話すほど大切にする”食事”のW杯カタール大会に向けた変化と、長友選手一家とのやり取りについて聞いた。