物価高による家計のひっ迫。解消のカギとして期待されているのが「賃上げ」です。
2021年10月の岸田政権発足後、経済対策の柱の1つとして掲げた「賃上げ政策」。政策を掲げてから1年、街の人に給料は上がったのか聞いてみたところ、「給料上がったっていうのはない」「変わってないと思います」と、実感はイマイチのようです。
岸田首相の思いとは裏腹に、遅々として進んでいないように見える“日本の賃上げ”。果たして、その問題点とは?
上がらない日本の平均年収 対策と実感のかい離
この記事の画像(8枚)この30年間、ほとんど上がっていない日本の平均年収。
2001年を100とした場合の世界の平均年収の上昇率を見ると、最も上昇しているのが韓国で、約40%上昇。次いでアメリカ・ドイツ・イギリスも10%以上の上昇を見せる中で、日本の上昇率はわずか3%、先進国の中では最低です。
こうした状況を改善するため、岸田政権は新たな対策として、2022年4月から「賃上げ 促進税制 」を実施。賃上げした企業の法人税を控除し、支援するというものです。
大企業は、継続雇用する従業員の給与を4%以上増(前年度比)、さらに社員教育の充実を達成した場合には、法人税を最大30%控除。中小企業においては、全従業員の給与を2.5%以上増やし、さらに社員教育を充実させた場合、法人税を最大40%控除。
その結果、8月の東京商工リサーチ調査(6204社が回答)で「賃上げを実施した」と回答した企業は82.5%。コロナ前の水準にまで回復しています。
しかし数字をよくみると、コロナ前の2019年も80.9%、直近で最も低い数字の2020年ですら、50%以上の企業が「賃上げを実施した」と回答しているのです。
ではなぜ、これだけの企業が賃上げをしているのに、海外と比べて平均年収がほぼ上がっていないのか?
そこには、 日本ならではの“ある構造”が関係していました。それは「賃上げの方法」です。
賃上げには、主に4つの方法があります。
①「ベースアップ」…全社員の給料水準を一律引き上げ
②「定期昇給」 …社員の年齢や勤続年数にあわせて昇給
③「賞与の増額」 …主にボーナスを増額
④「個別交渉」 …会社に対し 従業員が個別に交渉し昇給
この中で、日本企業の多くが採用しているのが「定期昇給」になります。
しかし定期昇給の場合は、誰かのポストを誰かが受け継ぐという、いわゆる玉突きでの賃上げで、実質の平均給与に変化が起きにくく、統計上は純粋な賃金アップとはみなされないため、データに反映されません。
つまり、企業の実施回答は多くても、平均年収は増えないという“からくり”になっています。
実業家で元「ゴールドマン・サックス」アナリストのデービッド・アトキンソン氏は、こう話します。
デービッド・アトキンソン氏:
賃金が毎年2%上がっていくということは普通なんです。それは“賃上げ”とは言いません。
賃上げというものは、初任給21万円が23万、25万になっていくことなので、ポイントとして諸外国の場合は毎年「2%」ではなく、「5%」くらい上がっていると言うことです。
このギャップが、今のギャップにつながっています
“賃上げ”のカギとなる「ベースアップ」推進する企業の“今”
今、注目されているのは“全社員の給料水準の一律引き上げ”を行う「ベースアップ」です。2022年度に賃上げした企業のうち、「ベースアップ」を実施したと回答したのは、約4割でした。
日本酒「獺祭」の製造・販売を行っている、山口県の酒造メーカー「旭酒造」も「ベースアップ」を行った企業のひとつです。
旭酒造は、2021年から随時、全従業員の給与の引き上げを行っており、2022年には製造職の基本給を今後5年間で2倍にするという方針を打ち出しました。また2022年度からは、新入社員の初任給を、これまでの21万円から30万円に引き上げました。
なぜここまで大幅な給与アップができるのか。めざまし8は「旭酒造」の桜井一宏社長に話を聞きました。
ーー全従業員の給与を引き上げた理由はなんですか?
「旭酒造」桜井一宏 社長:
売り上げが伸びていく会社として、賃上げとリンクしていかなきゃいけないと思っているんですね。内部留保の方向じゃなく、人に投資してとか、よりいい循環を回していくというのがいいんじゃないかと。(賃上げは)売り上げを上げていくための投資というふうに思っていますので
「賃上げ」は売り上げを上げていくための「投資」と語る桜井社長。さらに、予想外の“賃上げ効果”も得られたと言います。
「旭酒造」桜井一宏 社長:
社員が今年に入って結婚が増えて、生活が安定したおかげなのかなと思ってちょっと嬉しいのですが。結婚式をしないメンバーも入れたら6組、7組は結婚していますので。やっぱり少なからず(賃上げと)リンクしている部分は、あるんじゃないかなって、あってほしいなあと思っていますね
「海外」と「日本」の違いは“イノベーション”
日本と諸外国の「賃上げ」に、なぜ、ここまでの差が生まれてしまったのでしょうか?
デービッド・アトキンソン氏は、「決定的な違い」があるといいます。
デービッド・アトキンソン氏:
私がアメリカの会社で働いたときに、個別交渉といっても個別に伝えてもらうだけで、交渉したことは1回もないです。15年間。
ただ何が違うかというと、会社の方は積極的に上げてくるということと、納得しない場合には上げてくれないのですが、(そうすると社員が)辞めるんです。辞めるから、会社としてはこの人はだいたいこのくらい上げないと辞めていくんだろうなと言うところで、その探り合いなんです。
上司としてずっと自分の部下たちを見てきた経験からすると、まさにその通りで、相場と言いますか「この人はこのくらい払わないと辞めていくんだろうな」というところは、毎年毎年ギリギリのラインを探っていました。
ただ、上げていくということは会社の方針として最初からありまして、やはり売り上げで頑張って上げてもらった分は、分配するものだと。内部留保は不適切なことだと、あまりしません。
そういう違いがあると思います
個別交渉を行う中でも、基本的に給与を「上げていく」という方針はあると話すアトキンソン氏。
さらに…
デービッド・アトキンソン氏:
それと決定的なもうひとつの違いは、先ほど申し上げた「毎年毎年さらに頑張って付加価値を高めていって売り上げを増やす」という経営方針がありまして。ただ単に海外が上がっているということではなくて、企業が成長して付加価値を増やしていって、労働生産性を上げっていって、その分賃金が上がっているんです。
日本は長年経営戦略がずっと固定したままで、人口が増えないので、売り上げが増えない。
この”イノベーション”の違いなんです。海外はイノベーションをやっているから賃金が上がっていて、日本はやっていないから上がるはずがないんです
IT業界は危機感も…“人材流出”懸念 一方で現状は“最悪な悪循環”
日本での「賃上げ」が進まない中、海外への人材流出も懸念されています。
特にIT業界は、海外と日本の給与格差が激しく、IT人材の年収が1位のスイスが約1350万円なのに対して、日本は約620万円。
経産省が試算した「IT人材需要に関する調査」(2019)によると、8年後の2030年には、需要に対して約79万人不足するという試算もされています。
デービッド・アトキンソン氏:
納得する給与をもらえないのなら、辞めて違う会社に行くべきだと思うのですが、その一方で、海外でそこまで人が流出するとは思えない中で、一番大きいのは「少子化」がここに大きく影響していると思います。
昔は200万人以上の子供が生まれたけれど、いま90万人を切っています。さらに日本はあまり転職をしないので、人が必要なところに流れてこない、これが最悪な悪循環になっています
(めざまし8 「わかるまで解説」より10月28日放送)