アメリカ東部のフィラデルフィア市の公園に慰安婦像の設置が計画されている問題。この計画を所管する「芸術委員会」は12日、委員による投票を行い、全会一致で承認した。

公園に慰安婦像の設置が決まったのだ。

慰安婦像が設置される公園の予定地
慰安婦像が設置される公園の予定地
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会議の冒頭、委員長が「150通ほどのメールが届き、99%は反対だった」と述べたが、慰安婦像を絶賛する委員の発言も相次いだ。

「日本帝国陸軍による組織的な性奴隷制」「数十万人の少女と女性を記念する」と記載される予定の碑文については、一部修正が施される見通しとなったが、この内容は推進する韓国系団体に委ねられ、詳細はまだ明らかになっていない。むしろ追加の提案で、碑文は日本語を含む様々な言語でも記載されることになった。

オンラインで開催されたフィラデルフィア市の「芸術委員会」
オンラインで開催されたフィラデルフィア市の「芸術委員会」

市の結論は「全会一致」で慰安婦像公園を承認

9月に開かれた市民などの声を聞く「特別会合」は、反対論が噴出して休憩をはさみ3時間以上にわたって行われたが、計画を採決する委員会は30分ほどであっけなく終了した。

会議の冒頭で委員長は「透明性を確保するために申し上げたい」と述べ、「これまでに150件ほどのメールが届き、その99%が反対だった」と指摘し、各委員にこの計画への意見尋ねた。

反対派の意見を全否定し、委員からは慰安婦像を絶賛する声も
反対派の意見を全否定し、委員からは慰安婦像を絶賛する声も

口火を切った委員は「第二次世界大戦中、日本帝国陸軍によって女性が性的暴行にあったこの出来事は、実際に起こったことであり、否定する人たちがいる」と指摘。慰安婦像を「切実で力強いものだ」と絶賛して賛成の意向を示した。別の委員は「巨大な反対運動の壁を乗り越える方法はないか?」として、慰安婦像の碑文の一部修正なども議論された。さらに別の委員からは、「英語を話さない人々にもこの歴史的価値を理解してもらうことが重要だ」との意見も出された。

最終的には、碑文の一部修正と、碑文について日本語を含む多言語でも記載するという2つを条件に計画の賛否を問う動議が出され、全会一致で承認された。ただ、この碑文の修正は計画を推進してきた韓国系団体の手に委ねられ、具体的な内容は一切話されなかった。今後、碑文の内容が公表される予定だが、慰安婦像の設置は認められたのだ。

「慰安婦像公園」の完成イメージ
「慰安婦像公園」の完成イメージ

「何か起きないか心配」「癒しでなく傷つけられる」

住民たちはこの計画をどう受け止めているのか。私は、計画が承認される直前にこの地を訪ねてみた。

フィラデルフィア市内を歩いてみると、アメリカの独立宣言が署名された世界遺産の「独立記念館」や、ルネッサンス建築できた「市庁舎」といった有名な観光地がある。また、街の至るところに銅像やモニュメントが存在し、歴史と文化を色濃く反映した街だということがわかる。

さらに公園の計画地に近づいていくと、アイルランドの大飢饉の歴史を伝える公園や朝鮮戦争、ベトナム戦争で亡くなったアメリカ軍の兵士を追悼する公園もあった。駅から歩いて20分ほどで計画地に到着したが、周辺は川沿いの住宅地でもあり、犬を散歩する人や夫婦で連れだって休憩する人の姿も見受けられ、とても静かな環境だった。

1776年にアメリカの独立が宣言された「独立記念館」
1776年にアメリカの独立が宣言された「独立記念館」
歴史ある街並みの至る所には銅像などが設置されていた
歴史ある街並みの至る所には銅像などが設置されていた

近所の住民に、公園計画について話を聞いてみた。

――慰安婦像をどう思うか?

「これは間違っていると思う。歴史上、残念なことに誰もが悪いことをしている。こんなことを言ってはいけないが、この像は醜いものだ。荒らされたりするだろうし、絶対反対だね」(男性)

「近くに住む私たちは全面的に反対しているが、数人賛成している人もいる。私たちは、何か起きないかを心配している。これは癒しではなく、傷つけられる記憶だ。忘れ去られるべきことに、不必要に注意を向けることになる」(女性)

「慰安婦像を設置した公園には反対だ」と答える住民
「慰安婦像を設置した公園には反対だ」と答える住民

インタビューに答えてくれた2人は、近くにある退役軍人会の事務所で計画に反対する運動をしているとして案内してくれた。

住民の案内で「退役軍人会」の事務所に向かう
住民の案内で「退役軍人会」の事務所に向かう

退役軍人会「この計画は仲間を侮辱している」

退役軍人会の事務所には3人ほどの男性がいて、彼らにも話を聞くことができた。

――この公園の計画をどう思っているか?

「私は慰安婦像の碑文の内容に反対だ。特に当時の日本人に不利な内容だ。この通りには、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ベイルートなどの戦争記念碑もある。どの記念碑も、特定の団体を指して批判しているわけではない。ただ、戦争で亡くなった人たちを悼んでいる。
特にアイルランドの記念碑は、ジャガイモ飢饉のために来たが、イギリスのせいにはしていない。彼らは生きるため、平和であるための機会を求めてここに来たと書いてある。これは彼ら全員に対する冒涜だ」

「慰安婦像の設置に反対だ」と答えた退役軍人会の男性
「慰安婦像の設置に反対だ」と答えた退役軍人会の男性

――慰安婦像が設置され抗議者が来たりする可能性は?

「今までも色々な場所で抗議が起こっている。もしこの場所で銅像に何かあったら、近隣で大きな爆発が起こるかもしれない。悪い考えを持った人がいれば、どちらかの端でトラブルが発生するものだ」

19世紀のアイルランド「ジャガイモ飢饉」から逃れてきた人たちの記念碑
19世紀のアイルランド「ジャガイモ飢饉」から逃れてきた人たちの記念碑

別の男性は、住民の反対署名活動が180人以上にも集まり、ウェブサイトや撤回のための嘆願書も作成したと話した上でこう語った。

「退役軍人会のメンバーは、ここで追悼されている仲間を侮辱しているように感じている。この像は、この地域やフィラデルフィアに全く関係がないにも関わらず、なぜか芸術委員会が検討するところまで来ている」

「追悼されている仲間を侮辱」と憤っていた退役軍人会の男性
「追悼されている仲間を侮辱」と憤っていた退役軍人会の男性
慰安婦像が設置される公園の近くにはベトナム戦争で戦った兵士を追悼する公園も
慰安婦像が設置される公園の近くにはベトナム戦争で戦った兵士を追悼する公園も

日本人会は抗議活動に利用されることに懸念も

また、現地の日本人・日系人コミュニティにも不安が広がっていた。フィラデルフィア日本人会のパット・デイリー副会長にも話を聞いた。

インタビューに応じてくれた「フィラデルフィア日本人会」パット・デイリー副会長
インタビューに応じてくれた「フィラデルフィア日本人会」パット・デイリー副会長

――この計画をどう見ているのか?

「推進派のプレゼンテーションのほとんどは、景観の改善ばかりを扱っているようで、この像については全くと言っていいほど触れていません。これは彼らの側からは完全に正直とは言えないと思います」

――反対運動も起きていますね?

「地元の市議会議員から、本当に一番大事なのは、その近所に住んでいる人たちの意見だと言われたことがあります。そこで、私たちはこの近所に住む人々に接触し、この像の背後にある歴史と、この像が設置された後に行われる抗議活動の歴史を理解してもらおうとしました。私たちはフィラデルフィアが、慰安婦像を設置したい人たちのメッセージを発信する道具として使われ、『日本が慰安婦問題を解決していない』と、アメリカ世論を彼らの側に動かそうとしていると考えています」

――私の印象では市側もこの計画を推進したがっているように見える。

「この像を支持している人たちは、かつて市に雇われていた人たちです。彼らは市役所で働く多くの友人を持っており、この像を承認させるために利用する個人的な関係がそこにあると私は思います。住民に聞いてみたところ、圧倒的多数の人たちが抗議やデモが起こることを恐れて、この像がここにできることを望んでいないようです」

パットさんは慰安婦像の設置場所について説明を行ってくれた
パットさんは慰安婦像の設置場所について説明を行ってくれた

「慰安婦像公園」は誰のためのものか

日本人会のパット・デイリー副会長「できることは全てやった」
日本人会のパット・デイリー副会長「できることは全てやった」

パットさんは「もし計画が実行されたらどうするのか?」との私の問いに、「市が受け入れさせることを決めたなら日本人会として何かすることはない」としつつ、次のようにも語った。

「人々がポスターや何かを持ってここに現れ、警察が来て、報道陣が来るでしょう。それが彼らの望みなのです。韓国の人たちはここに住んでいない。銅像を支持する人たちもここに住んでいない。私は個人的にこの公園を改善する必要があるとは思いません。静かで小さな公園です。荒れているわけでもない。もし慰安婦像が設置されるなら、私たちは人々に知ってもらうためにできることは全てやったと思います。私たちが本当にやりたかったことは、慰安婦像が設置された時に地域社会に及ぼす影響について、人々に知ってもらうことだったのです」

計画の決定前に、この地域を所管する在ニューヨーク日本国総領事館に質問状を送ったところ、以下の回答があった。

「本件計画は、我が国政府の立場やこれまでの取組と相容れない、極めて残念なものであると考えています。慰安婦問題については、政府として、様々な関係者に我が国の立場について説明を行っていますが、本件への対応を含め、その詳細についてはお答えすることは差し控えさせて頂きます。
在外公館においては、従来から、在留邦人やそのグループと緊密に連絡を取り合いつつ、情報交換を行ったり、また、在留邦人からの相談に乗ったりしてきています。引き続き、在留邦人やそのグループに対する支援をしっかりと行っていく考えです」

多くの住民達の反対の声は実ることなく、慰安婦像公園の設置は決定された。

これは一体誰のためのものなのか?と強く疑問に思う。また、この計画によって新たな分断や対立、差別の温床にならないか。そして地域住民達が不安を感じている活動家によるデモや、集会に利用されることないのか。引き続き取材を続けていく。

【執筆:FNNワシントン支局 中西孝介】

2015年の日韓合意 首相となった岸田氏は何を思うのか(2015年:外務省HPより)
2015年の日韓合意 首相となった岸田氏は何を思うのか(2015年:外務省HPより)
中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。