日本に数十人しかいない難病患者の青年が、兵庫県明石市にいる。治療法が見つかるその時を目指して、15年以上闘い続けている。そんな彼が今、思うこととは…。

通常はない場所に骨が…難病「FOP」8歳で発症 闘い続け15年

理髪店で髪を切っている、山本育海さん(24)。8歳の時に難病「FOP」と診断された。育海さんが散髪している横で見守っているのは、育海さんの母・智子さんだ。

母・智子さん:
キンプリみたいにしてー。なにわ男子でもいいで

山本育海さん:
そんなことばっかりいう…

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進行性骨化性線繊異形成症、通称「FOP」。遺伝子の異常で、全身の筋肉などに骨ができる難病だ。

店員:
もうちょっと、椅子倒せる?

山本育海さん:
もうちょっと。多分

店員:
これぐらい?

――倒しすぎるときつい?
山本育海さん:
どうしても背中の骨が当たるんで

FOPは、骨が通常ない場所にできることで、だんだんと体が動かせなくなっていく病気だ。育海さんは、腕を上げたりかがんだりすることができず、自力では着替えもできない。

育海さんは8歳の時に、FOPの診断を受けた。

山本育海さん(当時8歳):
(腕が上がるのは)ここまでや。これほんまの話やで。こっちはこれだけ

当時、取材班にそう言って、床と水平になるくらいの高さまで腕を上げて見せてくれていた育海さん。
体のどこかに負荷がかかると、その部位からFOPが進行してしまう恐れがある。体育の授業で走り回ることも、友達と自由に遊ぶこともできなくなった。当時小学生の育海さんにとって、つらい現実だった。

当時のつらかった気持ちを、思い出すかのように話してくれた。

山本育海さん:
動けていたのが、急に動いたら駄目っていうのは分かっていても、どうしても周りと一緒にやりたいなっていう気持ちはあった

それでも育海さんは、FOPを受け入れようとしたという。

母・智子さん:
(当時は)寝顔見てたら泣けてくる。それに気づいたら育海が「泣かんでもいい。育海は大丈夫やから」って。あの子なりに、FOPを受け入れないと周りが困ると思ったみたいで。育海は我慢するのが頑張りだと自分で考えて行動に移していたので、それを陰から見守るしかなかった

親子で助け合いながら、生きてきた。

1人で着替えることができないため、立っている育海さんにズボンを履かせようと、母・智子さんが介助していた。

母・智子さん:
くすぐったいねん

山本育海さん:
こけるリスクあんねん

母・智子さん:
椅子持ってくれる?

山本育海さん:
智子さん言っていい?左手がここまでしか上がらん

母・智子さん:
サイテー!アホな親子やと思われるやろ、もうー

体への衝撃がリスクに 新型コロナワクチンも打てず、虫歯治療も“命がけ”

FOPの診断を受けて15年以上がたった今も、抜本的な治療法は見つかっていない。
筋肉に刺激を与えてしまうため、新型コロナのワクチンを打つこともできない育海さんは、これまでの我慢に加え、感染予防にも気を配って生活している。
それでも、育海さんの身体は、常に病気が進行するリスクと隣り合わせだ。

2022年6月、育海さんの歯に、虫歯ができてしまった。育海さんはFOPの影響で元々、口をほとんど開けらないが、虫歯の痛みで、固形物が全く食べられなくなっていた。

母・智子さん:
柔らかく炊いたごはんとかは食べられてたから。それが全然食べられへんのはショックやね

痛みを取り除くため、歯を抜く決断をした育海さん。病院へ行くことになったが、しかしそれは、体に強い衝撃を与えることを意味する。
もし新たな骨ができたら、さらに口が開かなくなり、もう固形物を食べることができなくなるかもしれない。
育海さんにとっては、虫歯の治療も、命がけだった。

山本育海さん:
(抜歯当日)寝られては…ない。抜いた後の問題の方が心配。少なからずFOPは反応してくると思うんで、そっちのほうが心配かな

ひとまず、歯を抜くことには成功。しかし、不安な日々は続いている。

山本育海さん:
治療しなかったら治療しなかったで、ご飯が食べられないというのは、それはそれで困っていたので。不安はあったけど、本当にもう向き合っていくしかない

治る未来を願い…リスク背負って皮膚を研究に提供 「193募金」活動も

難病と15年以上の間、向き合う中で、育海さんはFOPの研究を支援し続けてきた。

iPS細胞を活用した治療法に活路を見いだし、病気が進行するリスクを背負ってまで、自らの皮膚を研究のために提供した。

高校生の時には、資金不足に苦しむ京都大学iPS細胞研究所のため、「193(いくみ)募金」と名付けた募金活動も始めた。

そんな努力は、5年前に一つの形になった。当時世界で例がなかった、iPS細胞を使って発見された薬による「治験」が、FOPの治療のために始まったのだ。FOPが治る未来を願い、闘い続けてきた。

難病患者だから伝わる「エール」 FOPと診断された人や家族の“希望の光”

一方、2022年4月にFOPの診断を受けた、富山県の中学1年生・成安志真さん(12)。育海さんに会うため、明石市までやってきた。

志真さんの母・季美絵さん:
(FOPのことは)全く知らなかったです

育海さんの母・智子さん:
まさかやんな

志真さんの母・季美絵さん:
まさかでした。本当に

育海さんの母・智子さん:
みんなそう。え、なんで?ってなる。何でうちの子がって

志真さんの母・季美絵さん:
難しいですよね。今まで何の制限もなく12年、生きてきた。今年の始めスノーボードも行ってたし、動くのも好きやったし

全国で80人ほどしか患者がいないといわれる、FOP。病気について調べるのも簡単ではない。

志真さんの母・季美絵さん:
調べても情報がすごく少ないっていうのも、まず不安だった。例えばブログ一つにしても数年前に終わってるとか、そういうのばっかりの中で、2人の更新だけはずっとされてて

病気を受け入れることができない中で見つけたのは、FOPと向き合い、前を向いてずっと歩んできた、育海さんの姿。育海さんにしか送れないエールが、志真さんとその家族を支えていた。

山本育海さん:
自分自身がしんどいからこそ、しんどいことも、つらいこともあるだろうし、大変だと思う。だけど、無理のないように。
難しい、本当に難しいことですけど、できることも我慢して。できるだけ進行が進まないように気を付けてほしいなと

同じ難病患者の育海さんからの言葉を、志真さんはじっと聞き入っていた。

志真さんの母・季美絵さん:
育海くんが細胞提供してくれて研究がずっと続いているというのは、すごい光だった。まだ受け入れてないし、向き合えてないけど、それがあるから、薬出るまで…我慢しようって(志真も)思い始めとるんやね

頼みの綱である、治験の結果はまだ出ていない。
それでも育海さんは、これからもFOPや、多くの難病を治療するための研究の応援を続けていきたいと言う。

山本育海さん:
自分より小さい子が、痛みでつらかったり苦しんだりするのはかわいそうなので。一日でも早く治療薬、治療法を見つけていただけたらなと思ってます

発症から15年。難病FOPと向きあうつらさを知っているからこそ、同じ難病で悩む人の気持ちを思いやる育海さん。誰もが難病で苦しむことのない世界、そんな未来を、育海さんは夢見ている。

(関西テレビ「報道ランナー」2022年9月6日放送)