世紀の“政治ショー”、米朝首脳会談その後

2018年6月 米朝首脳会談
2018年6月 米朝首脳会談
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2018年6月、世界が注目した史上初の米朝首脳会談がシンガポールで開催された。

アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長は笑顔で握手を交わし、北朝鮮が朝鮮半島の完全な非核化に取り組むことや、米朝が平和体制の構築に努力することなどを謳った合意文書に署名した。
「世界は大きな変化を目にすることになる」(金委員長)
「我々の北朝鮮や朝鮮半島との関係は、過去とかなり違うものになる」(トランプ大統領)

両首脳はこう述べて、米朝関係が新たな段階に入ったと強調した。トランプ大統領は金委員長を「とても才能豊かだ」と絶賛し、「絶対にワシントンに招くだろう」と語っていた。

世紀の政治ショーから半年余り。米朝協議は膠着状態で、北朝鮮の非核化も進んでいない。

北朝鮮側はこれまでに東倉里のエンジン実験場とミサイル発射台、寧辺の核施設を廃棄することや、豊渓里の核実験場への査察受け入れなどを提案した。また、その見返りとして朝鮮戦争の終戦宣言や、国連の制裁解除を求めてきた。

これに対しアメリカは北朝鮮が持つ全ての核兵器や核物質、弾道ミサイル、核関連施設などの「申告」を要求しているが、北朝鮮は拒否している。体制保証や終戦宣言などの「相応の措置」がない状態で「申告」に応じ、手の内を全て明かしてしまったら、アメリカにいつ攻撃されるかわからないからだ。

制裁堅持の姿勢を崩さないアメリカに北朝鮮の苛立ちは強まるばかりだ。最近も「非核化の道が永遠に行き詰まる結果を招くかもしれない」と警告したり、朝鮮半島周辺から「全ての核の脅威」を排除するよう要求し、一方的な非核化には応じないと主張するなど対米批判を繰り返している。

事態打開のカギを握るのは2回目の米朝首脳会談だ。

トランプ大統領は10月に「中間選挙後」、11月には「来年早々になる」、12月に入ると「1月か2月になる」と開催を何度も先送りする一方で、12月24日には「会談を楽しみにしている!」とツィートするなど会談に強い意欲を示している。

トランプ大統領が自らの得点になるだけの成果があると見込んでいるとすれば、北朝鮮が非核化で何らかの譲歩をすることが考えられるが、楽観はできない。中国との貿易戦争、景気後退、民主党の下院掌握などトランプ大統領の政権運営は厳しさを増すばかり。2020年の米大統領選での再選も不透明だ。トランプ大統領とのトップ会談で突破口を開く戦略の北朝鮮にとって、交渉の時間は限られている。

2018年1月の新年の辞で金委員長は平昌五輪への参加に言及し、韓国との関係改善に舵を切った。2019年の新年の辞ではどのような方針を示すのか、注目が高まる。
 

「韓国の仲介はお笑い草」…冷ややかな北朝鮮

2018年9月 南北首脳会談
2018年9月 南北首脳会談

膠着状態の米朝関係とは対照的に、南北間では様々な分野で交流が加速した。韓国統一省によると、11月下旬までに南北間の会談は計35回実施され、韓国側から北朝鮮へ訪問した人は5919人に急増した。北朝鮮側から韓国への入国は801人だった。

軍事分野での緊張緩和も顕著だ。9月に平壌で開催された南北首脳会談で「板門店宣言履行のための軍事分野合意書」に署名し、板門店の共同警備区域(JSA)の非武装化が実現した。続いて、陸海空の南北境界付近での一切の敵対行為を禁止。非武装地帯(DMZ)に双方が設置した10か所の監視所をそれぞれ撤去した。

南北の鉄道連結に向けた作業も着々と進められている。国連制裁に抵触するとの指摘もあったが例外が認められ、12月26日には北朝鮮側で着工式も開催された。ただ、実際の工事のめどはたっていない。インフラの老朽化が深刻な北朝鮮にとっては期待のプロジェクトだが、北朝鮮の非核化が進展し制裁が解除されない限りは、絵に描いた餅に終わることになろう。

韓国の文在寅大統領は朝鮮半島の非核化を「積極的な仲介役としてけん引する」として「朝鮮半島の運転者論」を掲げてきた。平昌五輪から南北首脳会談、そしてシンガポールでの米朝首脳会談に向けて、韓国が「仲介者」として一定の役割を果たしたことは否定できない。しかし、こうした韓国の動きに対する北朝鮮側の見方は冷ややかだ。

「韓国が米朝を動かすなんてありえない。お笑い草だ」(北朝鮮筋)

北朝鮮の政権内部をよく知る北朝鮮出身者は、運転者論をこう一蹴する。北朝鮮は文政権にアメリカの仲介者としての役割など期待していないというのだ。鉄道の連結や、金剛山観光の再開など北朝鮮経済にプラスになる場合に韓国を利用するというのが、北朝鮮の基本スタンスだという。金正恩委員長の年内訪韓が実現しなかったのも、北朝鮮側がメリットがないと判断したためとみられている。

北朝鮮側の強い意向を受けて国連制裁の解除の道を探ろうとする韓国の動きには、アメリカも神経を尖らせている。11月の米韓首脳会談では、アメリカは制裁を堅持するよう文大統領に釘を刺した。日韓関係は元徴用工の賠償訴訟や、レーダー照射問題をめぐって最悪の状態だ。南北首脳会談による浮揚効果も薄れ、支持率低下にも歯止めがかからない文政権。頼みの北朝鮮にも見放されてしまうのか。文大統領にとって2019年は厳しい年になりそうだ。

実は得をした?日本の損得

安倍晋三総理大臣
安倍晋三総理大臣

韓国の文大統領と3回、中国の習近平主席と3回、トランプ大統領と一回。2018年前半、積極的に首脳外交を展開した金正恩委員長。

かつて北朝鮮に強硬姿勢を示していたトランプ大統領だが、首脳会談後には金正恩氏を絶賛するまでに態度を豹変させた。日本は対話の「蚊帳の外」に置かれ、梯子を外された格好となったが、実は「米朝首脳会談の実現で得をしたのは日本」(外交筋)だという。

一体どういうことなのか?

まず、米朝首脳会談の実現で日本の上空を超える弾道ミサイルの発射実験はなくなった。
実質的な非核化は進んでいないが、当面北朝鮮は核・ミサイル開発を自制し米朝の交渉が続けられている状況だ。
交渉が韓国や中国主導でなく、アメリカ主導で進められていることも日本にとっては重要なポイントだ。トランプ大統領と安倍総理の首脳間の信頼関係を背景に、北朝鮮に安易な妥協をしないよう交渉に一定の歯止めをかけ、日本の主張を反映できるからだ。

さらに、米韓関係がぎくしゃくし在韓米軍の戦略価値が低下する中で、相対的に在日米軍や安全保障面での日本の重要性が上がる状況が生まれているという。

確かに現状だけ見れば、日本にとって意外と悪くない状況なのかもしれない。

ただ、将来的に北朝鮮の非核化が進展せず、日米韓の連携が損なわれたままでいいのかとなると話は別だ。
日本政府は情報当局トップの北村滋内閣情報官など複数のルートを使って、北朝鮮高官と水面下で接触を続けていると見られている。北朝鮮側は今のところ対米交渉に集中し、日本との交渉に本腰を入れているようには見えない。

2019年には対米交渉が行き詰まる可能性もあり、その場合に日朝に新たな展開が生じるのか。注意深く見守っていく必要がある。
 

(執筆:フジテレビ 報道センター室長兼解説委員 鴨下ひろみ)

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鴨下ひろみ
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「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。