ヒット商品の開発を支える実店舗の活用法に迫った。

客の声を積み重ねた"店舗での知見"

琥珀色に輝く香り高いクラフトビール。この商品はビール離れが進む中でも大ヒットとなった。

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東京・代官山にある 「スプリングバレーブルワリー東京」。
キリンのクラフトビールブランド 「スプリングバレー」を体験できる店として2015年にオープンした。 店内には醸造所が併設され、店で醸造されたクラフトビールを飲むことができる。

ここでオープン当時から提供している 「オリジナル496」というビールが、現在販売されている缶の商品 「スプリングバレー豊潤〈496〉」の原点となった。

キリンビール 事業創造部 スプリングバレーブランド担当・ 岡本理沙さん:
ビールってすごく画一的なものに見られてしまっているところがあって、本当は多様なおいしさがあって魅力的なものであるということをいろいろなお客様に楽しんでもらいたいというところで、ご自宅で飲んでいただけるような缶で展開したというのが背景になります。

昨年3月の販売開始から7000万本を突破する大人気商品となった「豊潤〈496〉」。
そのワケは、麦芽を1.5倍使用し、キリン独自のホップの漬け込み製法を活用することで実現した "満足感"と"飲みやすさ"の相反するバランスだ。

クラフトビール特有の香り高さとすっきりとした飲み心地。
構想10年以上、試験醸造を約250回行いようやく販売にたどり着いたというこの商品。 開発には"店舗"が活用されていた。

店内にある醸造所では、毎月新たなクラフトビールの開発を行っているという。

スプリングバレーブルワリー ヘッドブリュワー・古川淳一さん:
月に1商品ずつ開発できるというのはメーカーとして素早いタイミングで、すごく短い開発期間で商品を作ることができるので、ある意味たくさんチャレンジできる環境なんです。
いきなり「マス」で展開することはできないんですけど、手作業でいろいろアレンジできるので、新しい製法を試してみたいときにどんな味わいになるかみたいなところもお客さまにすぐフィードバックがとれる。

店内醸造の小さな規模だからこそできる "攻め"のチャレンジ。
そして、そこで得た来店客の反応を積み重ねた「店舗での知見」が"豊潤かつ飲み飽きない"商品の開発に生かされたのだという。

さらに、店舗では特殊なビールサーバーできめ細やかな泡の「豊潤〈496〉」が楽しめるほか、 ビールに合う食事メニューの提案を行うなど、商品を開発した後でも「豊潤〈496〉」を一番楽しめる店として体験価値の向上を図っている。

スプリングバレーブルワリー・古川淳一さん:
全国で売っている「豊潤〈496〉」は我々の新しいフラッグシップ、だからそれの一番いい体験をしてもらいたいということでこの店に来た方にはまずは「豊潤〈496〉」を飲んでもらいたいという形で進めています。
店舗は、お客さまにビールを提案していくという一番先端のチャレンジができる場所かなと思っています。実際のお客さまから聞いた声をマスの商品に生かしていくことは、これからもどんどんブラッシュアップしていきたいなと思っています。

顧客と一緒に新しい味を創造

三田友梨佳キャスター:
一橋大学ビジネススクール准教授の鈴木智子さんに聞きます。クラフトビールの大ヒットを支えた実店舗の活用は鈴木さんの目にどう映りましたか?

一橋大学ビジネススクール准教授・鈴木智子さん:
これまでのクラフトビールは製造方法や個性的な味わいがブランディングのポイントでした。今回のスプリングバレーは、実店舗を活用することで「新しいビール」というより「私のビール」と顧客に歓迎されるブランディングが試みられているようにも見えます。

三田キャスター:
「私のビール」とは?

一橋大学ビジネススクール准教授・鈴木智子さん:
例えば、小売のデータなどからは、多くの消費者に支持される「メーカー自慢の味」や「みんなのビール」が生まれるかもしれません。これに対してスプリングバレーの場合、 ビールを提供する実店舗で、顧客に新しい味を試してもらい、その反応を見て改善を図るなど顧客と一緒になって新しい味の創造に挑戦しています。

そこはクラフトビールの豊潤な香りが漂うおしゃれ空間で、ともに人生を歩んだパートナーを相手にグラスを傾けたり、1人客がビールを手に自分との対話を楽しむなど、顧客経験が創られる場所になっています。

この店に集う"分かっている"顧客たちが新しい味の創造に参加している。 あるいは、そこに参加していなくても、その世界観に共感する方たちの支持で 「私のビール」あるいは「自分のためのビール」 という強いブランディングに成功しています。

三田キャスター:
確かに、強い顧客経験に支えられた製品やサービスは多くの方に支持されそうですね。

一橋大学ビジネススクール准教授・鈴木智子さん:
例えば、アップルの場合、購入した製品の電源を入れる前からワクワクが始まっているはずです。またスターバックスもそうです。職場や学校、あるいは家庭以外で心の緊張を解く第3の場所になっている方は多いはずです。

これらは製品やサービスではなくポジティブな経験。 言葉を変えるなら、満足を超えた感情の高まりが得られるという期待で売っています。いま優れた顧客経験を創り出すことは激しい競争を勝ち抜くための鍵になっています。

三田キャスター:
商品や価値観の多様化、健康志向の高まりなどお酒の楽しみ方は変化しているだけに、ニーズを適切につかむためにも今回のように店舗に求められる役割は増えていくのかもしれません。

(「Live News α」6月14日放送分)