10~20キロ減量したはずが…ダイエット失敗

2021年6月、朝鮮労働党の会議に姿を現した金総書記のやせた姿に注目が集まった。

北朝鮮メディアでは平壌市民がインタビューに応え、「おやつれになって心配だ」と発言するほど、はっきりわかるやせ方だった。韓国の情報機関・国家情報院(以下、国情院)は「10~20㎏減量したとみられる」として、病気などではなくダイエットによるものと指摘していた。金総書記はその後も順調にダイエットする傍ら、精力的に活動を続けてきたが、ここにきて体重のリバウンドが顕著となっている。

最もやせていたとみられる2021年末と2022年5月の写真を比べてみると、その差は歴然だ。顔周りがシャープだった前者に比べ、最近では顔や首回りに肉がつき腫れぼったく見える。

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国情院は金総書記の体重が後継の座に就いた2012年当初は約90㎏だったのが、2014年には120kg、2019年には140kgにまで増えたとしている。ストレスで暴飲・暴食を重ねたためとみられ、糖尿病や高血圧など成人病の可能性が指摘されていた。ダイエットに踏み切ったのは健康上の理由が主とみられるが、そこには「人民対策」の意味合いも含まれていた。

経済制裁の長期化に台風被害、さらには新型コロナウイルスで全土を封鎖したため、深刻な物資不足に見舞われ、住民は不満を募らせていた。人民大衆第一主義を掲げる金総書記としてはダイエットした姿を見せ、「おやつれ」になるほど、人民のために働いていると宣伝する必要があったのである。

韓国の聯合ニュースは金総書記がダイエットに失敗した原因として、金正日総書記生誕80年(2月16日)、金日成主席生誕110年(4月15日)、朝鮮人民革命軍創設90年(4月25日)など大規模イベントが続いたのに加え、4月末から発熱者が続出し、北朝鮮で初となる新型コロナウイルスの感染が確認されたため「統治ストレス」がピークに達したとの見方を示している。金総書記は真夜中に対策会議を開いただけでなく、その後もメディアを通じて連日、対策に奔走している姿を公開した。

タバコも増加…コロナ対策と真逆の行動

金総書記のストレスが増えているのは、喫煙の増加にも現れている。金総書記は北朝鮮が初めて新型コロナウイルスの感染を発表した直後の5月13日、国家非常防疫本部を視察した際も、タバコを手に会議に臨む姿が朝鮮中央テレビの映像で確認された。

タバコを手に会議を進行(5月13日放映の朝鮮中央テレビより)
タバコを手に会議を進行(5月13日放映の朝鮮中央テレビより)

金総書記はヘビースモーカーとして知られ、会議の場にも灰皿が常備されているのが普通だが、会議中にタバコを吸っている姿が公開されるのは異例といえる。北朝鮮はタバコは新型コロナウイルスの予防によくないとして、タバコを吸わないよう呼び掛けているが、金総書記だけは例外というわけだ。李雪主(リ・ソルジュ)夫人は2018年に訪朝した韓国の特使らに対し、「夫(金総書記)に禁煙するようお願いしたが、聞いてくれない」と愚痴をこぼしたという。 

その後も金総書記はコロナ対策を話し合う党の会議で、しばしばタバコを吸う姿が確認されており、もはや会議中にタバコを手放せない状況のようだ。

5月17日の政治局常務委員会ではタバコを吸うシーンが複数見られた
5月17日の政治局常務委員会ではタバコを吸うシーンが複数見られた

発熱者は再び10万人台に増加

新型コロナウイルス感染が確認されて以降、北朝鮮の新規の発熱者数は、5月29日に再び10万人台に増加した。朝鮮中央通信は30日、国家非常防疫司令部の発表として29日午後6時までの新規発熱者が前日より1万1210余人増えた10万710余人、1人が死亡したと報じた。4月末からの発熱者の累計は354万9590余人となっている。

北朝鮮の新規発熱者は27日には8万人台まで減少していたが、28日以降2日連続で増加し再び10万人台に達した。金総書記は29日未明に最高幹部らを招集し、発熱者と死者が減少している中で、改めてコロナ対策を協議した。協議では封鎖を中心とするコロナ対策を「肯定的に評価」し、「防疫活動の初期に得た経験をさらに強固なものにしながら、防疫状況全体を継続的に安定させ、改善する」ことについても話し合われたとされる。

北朝鮮専門サイトNKニュースは、この会議の数時間後に、北朝鮮当局が平壌の封鎖を解除したと伝えた。住民は自宅から出ることができるようになり、企業も順次オープンしていくとされる。しかし、検温や手指の消毒などの制限は依然つづいているという。封鎖解除の情報が事実であれば、発熱者が再び大幅に増加する懸念がある。北朝鮮ではワクチン接種がゼロに等しく、集団免疫もほぼ形成されていないと見られている。このため、重症化したり死亡したりする確率がより高まる懸念がある。北朝鮮の発表では4月末からの発熱による死者はわずか70人で致死率は0.002%と世界的にみても最も低い水準だが、専門家は実際の死者数はもっと多いとみている。

金総書記のストレスはまだまだ収まりそうにない。

【執筆:フジテレビ客員解説委員 鴨下ひろみ】

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。