ロシアのウクライナ侵攻によって世界情勢と国際秩序はどう変わっていくのか。ロシア・中国・北朝鮮と核保有3カ国に囲まれる日本の安全保障戦略は、大きな変化にどう対応していけばよいのか。BSフジLIVE「プライムニュース」では、安倍晋三元首相をスタジオに迎え掘り下げた。

中国の軍事的拡張に対し、日英の円滑化協定は強力

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反町理キャスター:
岸田首相とイギリスのジョンソン首相との間で大枠合意した日英の円滑化協定は、共同訓練などで相互訪問する際に2国間の手続きを簡素化し、滞在中の法的な地位を定める協定。この評価は。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
本当に良かった。メイ元首相も強い意欲を示していた。ジョンソン首相とも、戦前にロシアと相対した日英同盟は大変強力な同盟だったが、これに近づけていくことがインド太平洋において、強力な一つの大きな柱になっていくと意見が一致していた。

反町理キャスター:
中国のような共通の脅威認識を持つ中での協定か。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
当然そう。インド太平洋地域における最大の懸念は中国の軍事的な拡張、一方的な現状変更の試み。バランスをとるためには、日米同盟に加え基本的価値を共有する国々がプレゼンスを示すことが大切。

反町理キャスター:
ドイツやフランスも軍艦をアジアに派遣した。これらの国との協定は。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
だんだん同志国を広げていくこと。フランスも太平洋に権益を持っており、太平洋国家としての認識もある。将来的な関係強化が大切。

プーチン大統領は理念や理想よりも現実主義だが、間違った

長野美郷キャスター:
2021年末から、ウクライナ国境付近にロシア軍が集結する動きがあった。西側各国首脳がロシアのプーチン大統領と会談を重ねたが、2月24日に軍事侵攻が始まってしまった。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
12月8日のプーチン大統領とのオンライン会談後、バイデン大統領が現地派遣は検討せずとコメントした。これがロシアの侵攻を誘発したという批判がある。ドイツ等の反対によりウクライナがNATO(北大西洋条約機構)に加盟できない以上、この段階で中立の道を選び侵攻を止められたと考える人も多い。またミンスク合意にある「東部2州の高度な自治」をウクライナが実行できず、プーチン大統領は常にクレームをつけていた。アメリカがこれを実行させるべく最大限努力するというコミットができなかったかとは思う。後知恵であり、またロシアの行為が正当化されるわけではないが。

反町理キャスター:
バイデン大統領の後、英仏独の首脳がプーチン大統領と会談。効果はあったか。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
各首脳に、NATO拡大問題について確約できる裁量権が与えられていたかどうか。かなりの権限と実行力があるアメリカなら信じさせることはできるだろうが、プーチン大統領から見れば疑念もあるだろう。

反町理キャスター(左)、安倍晋三 元内閣総理大臣
反町理キャスター(左)、安倍晋三 元内閣総理大臣

反町理キャスター:
視聴者の方からも多く来ている質問だが、安倍さんがプーチン大統領を説得すればどうだったか。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
私がやめろと言って止まるものなら、もちろん直ちに止めたい。だが、NATOからの権限がない限り交渉はできない。

反町理キャスター:
人物論として、プーチン大統領と腹を割って話すために必要な構えは。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
プーチン大統領は理念や理想を追い求めるタイプではなく、非常に現実主義。ロシアに利益があるかどうかで判断する。一方、現状は全くロシアの利益になっていない。集めた情報や判断が間違っていた。KGB出身のプーチン大統領は情報を非常に重視するが、独裁が長く続き、彼の気にいる情報だけが入る状況になっていたのかも。

日本は世界で最も厳しい安全保障環境に入った

反町理キャスター:
日本の周辺では、中国、ロシア、北朝鮮という3つの核保有国が脅威となっている。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
中国とロシア両方から防空識別圏に戦闘機等の侵入を受け、スクランブル(緊急発進)しているのは世界で日本だけ。それは相当の負担で、北朝鮮の脅威を減らしつつ中国とロシアの連携を弱めていく必要があると考えた。欧州各国首脳にも訴えた。ロシアとの関係では、平和条約交渉の中での軍事的圧力低減を考えていた。現在のプーチン政権の行為は許し難く、岸田総理の方針は当然。

反町理キャスター:
安倍政権当時は、ロシアとの緊張緩和のために27回も会談して環境をつくる必要があるほど、とにかく限られた防衛予算の中で中国の軍事的圧力に対抗する必要があったと。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
中国の尖閣における公船の侵入回数、日本の領空や防空識別圏への侵入頻度は増えている。台湾に対しても。だんだん侵入数を増やし、デファクトスタンダード(事実上の標準)的な現状変更を試みている。加えてロシアの脅威も今後高まり、北朝鮮もある。日本は世界で最も厳しい安全保障環境の中に入ったと考えなければ。

安倍晋三 元内閣総理大臣
安倍晋三 元内閣総理大臣

反町理キャスター:
台湾において中国が武力侵攻した場合にアメリカがどう動くかについてはわからない、とする「あいまい戦略」は。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
これが有効だったのは、かつて米中の軍事力に圧倒的な差があったから。現在は危険。見直す時期。

反町理キャスター:
その場合、「一つの中国」に対するアメリカの認識が根本から変わる?

安倍晋三 元内閣総理大臣:
アメリカも日本も、一つの中国という立場を理解し尊重する立場。しかし、彼らの軍事侵攻・軍事統一を認めたことは一度もない。アメリカの基本的な姿勢と反することにはならないと思う。中国もアメリカとの戦争は全く考えておらず、摩擦なしに武力統一をと考えている。ウクライナと違い、台湾は少数の国しか国家として承認しておらず、国連にも加盟していない。中国は侵攻ではなく内政問題だと主張する。だからこそ明確にしておく必要がある。

日本が最低限の打撃力を持って、初めてアメリカに期待できる

長野美郷キャスター:
年内に改定される新たな防衛戦略の策定に向けて、4月末に自民党が提言を取りまとめた。敵基地攻撃能力から名称を改めた反撃能力を盛り込んだ狙いについて。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
今まで打撃力は専らアメリカが行使する役割分担になっており、相手はアメリカが行使しないのではないかと思えば攻撃してくる。こちらも反撃の打撃力を持つ必要はある。対象を基地に限らず指揮統制機能も含むことで、どこに撃つかわからないことが抑止力になっていく。抑止力とは、戦争をするのではなく、戦争をさせない力。

反町理キャスター:
反撃能力が相手に攻撃を思い留まらせることになるのか。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
例えば日本がミサイルを撃たれ被害が出て、アメリカに報復を依頼したときに、日本が一緒に行かないとなれば、その瞬間に日米同盟は大変な危機に瀕する。相手はそれをもって日米同盟に亀裂を入れようと思うかもしれない。やはり最低限の打撃力を日本は持つべき。それがあって初めて、アメリカの打撃力に期待できる。

核の傘をより現実的にしていくため、報復手順の協議を

長野美郷キャスター:
自民党の提言のうち、緊急事態時の核の持ち込みと非核三原則について。「緊急事態が発生して核の一時的寄港を認めなければ日本の安全が守れない場合、ときの政権が命運を懸けて決断し国民に説明する」。2010年の民主党政権時、岡田外相による国会答弁を引き継ぐものと。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
現在、一部の例外を除き日本への寄港はなく、この問題はない。だが今回、ロシアが戦術核を使った脅しをしており、今後アメリカが改めて原子力潜水艦や航空母艦を配備するとなったときにどう考えるかということ。

反町理キャスター:
「アメリカの関与が拡大抑止を含めて鉄壁だということを改めて明確にする」という、サキ大統領報道官の発言があったが、アメリカの核の傘については今のままでよいか。ドイツのように一定の使用権限に参加する核シェアリングについては。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
脅しに屈せず攻撃させないためには、核武装していない日本にはアメリカによる保障が絶対的に必要。大変ありがたい報道官の発言だが、必ずアメリカが報復すると相手が思わなければ抑止力にならない。核の傘をより現実的にしていくため、どのような手順で報復をするのか等を日米で協議し決めていく必要がある。日本も核シェアリングをしろというのではなく、核についての議論を深めていくべき。

防衛費2%は必要な予算であり、国際的な責任を果たすこと

長野美郷キャスター:
自民党の提言でもう一つのポイントが、防衛費についてNATOの目標であるGDP比2%以上を念頭にという部分。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
GDP比である理由は、国の力に見合った装備・防衛力を持つということ。国の意思であり、国際的な責任を果たす目標。中国の軍事的な拡張は世界にとっても脅威になりつつあると、日本は多くの国にインド太平洋地域への軍事的コミットを呼びかけてきた。それに応じてイギリス、フランス、オーストラリア、オランダが軍を派遣した。当事者の日本が2%という責任を果たさなければ、日本は何だということになる。

反町理キャスター:
今の防衛費の5兆円が10兆円になるとすれば、使い道は。

安倍晋三 元内閣総理大臣:
必要な予算はたくさんある。まず弾薬が十分ではなく、継戦能力に脆弱性がある。装備の維持修理にも予算が必要。ずっと建て替えが後回しになっている隊舎。いざというときのために日ごろ一生懸命訓練をしている皆さんの住環境をもっと整備していく必要がある。またサイバー、宇宙、電磁波といった分野の研究開発。防衛産業はなかなか利益が出ない中、大手企業は日本の企業だという責任感でやってきたが、相当危機に瀕している。

BSフジLIVE「プライムニュース」5月6日放送