2022年4月14日、ロシアの大手通信社「RIAノーボスチ」は、ロシア国防省の発表として、ロシア黒海艦隊の旗艦であるスラバ級ミサイル巡洋艦「モスクワ」が沈没したことを伝えた。
この記事の画像(22枚)旗艦とは、艦隊全体の指揮を執る指揮官が乗る軍艦のことであり、その艦隊の中では、指揮通信能力が格段に高いはずだ。
モスクワの沈没は、ロシア黒海艦隊全体の能力にも関わることかもしれなかった。
ロシアのメディアは、ウクライナ沖を航行中だったモスクワが「弾薬の爆発で損傷し、港に曳航される途中で安定性を失い、沈んだ」と伝えたのである。
一方、ウクライナ側は、ウクライナ国産の地対艦ミサイル、R-360ネプチューン2発が命中して、モスクワに損害を与えたと主張した。
それならば、艦内の弾薬に延焼し、さらなる爆発に繋がった可能性があるのだろう。
スラバ級巡洋艦は、全長186メートル、全幅20.8メートルの大型艦で、ロシア海軍にも3隻しかない。
一方、ネプチューンは、ミサイル重量870kg、弾頭150kgで、射程は約300キロメートル。海面上3~10メートルを時速900kmで飛翔するとされるが、基準排水量9800トン、満載排水量1万1300トンの重武装の軍艦を沈めることは可能なのだろうか?
スラバ級巡洋艦は、大型の核・非核両用P-1000バルカン超音速対艦/対地巡航ミサイル16発を艦の左右両舷に並べている。
そして、対空ミサイルも強力で、後甲板に装備されたS-300F艦対空迎撃システムの48N6M迎撃ミサイルは、マッハ5.8で、射程200km。
対応出来る高度は、10~27000mとされ、低く飛んでくるネプチューン対艦ミサイルに対応するのは難しそうだ。
また、スラバ級の後部には、Osa-M短距離艦対空ミサイルシステムも存在するが、こちらで使用する9M33M3迎撃ミサイルは、対応出来る高度が5~5000m、最大射程は10kmと、射程約300kmのネプチューンに狙われたら、ぎりぎりまで引きつけた状態でしか迎撃できないのかもしれない。
さらに、これら迎撃ミサイルを誘導する火器管制レーダーも艦の後ろの方にある。
つまり、艦の前方は、対艦ミサイルを迎撃するレーダーやミサイルにとっては死角となる可能性を秘めているのではないか。
もちろん、スラバ級の場合、強力なAK-630M対空機関砲2門が、前甲板に装備されているが、このような対空火器、対空ミサイル・システムの配置であったが故に、もしも、ネプチューン地対艦ミサイルの攻撃を避けられなかったということならば、興味深い。
日本周辺で活動するロシア太平洋艦隊の旗艦、ワリヤーグもまた、スラバ級ミサイル巡洋艦であり、艦上のレーダーやミサイルの位置は、同じだからだ。
このようにウクライナだけでなく、ロシア軍の他の領域にまで、影響を与えそうな出来事はさらに続いている。
NATOとフィンランド・スウェーデン
ロシアのウクライナ侵攻開始から約1週間余りが過ぎた3月4日、バイデン米大統領は、侵攻後、初めて、ホワイトハウスに招いたのは、 中立国、フィンランドのニーニスト大統領だった。
会談で、バイデン大統領はニーニスト大統領と欧州の安全保障について話をした。そして、2人は、スウェーデンのマグダレナ・アンデション首相に電話を掛けたことをバイデン大統領がSNS上で明らかにし、フィンランドとスウェーデンは「米国とNATOにとって重要な防衛上のパートナー」と呼んでいたのである
ロシア “核?”装備機でスウェーデン牽制
この米・フィンランド首脳会談の2日前の3月2日、ロシア軍のSu-27戦闘機2機とSu-24攻撃機2機がスウェーデンを領空侵犯。
後にスウェーデンのテレビ局が、領空侵犯をしたSu-24攻撃機は、核武装していた可能性を指摘。
Su-24は、TN-1000または、TN-1200という戦術核爆弾を運用出来るとされている。
しかし、このとき、装備されていたものの形状は、1990年代に退役したRN-24またはRN-28核爆弾に似ているともいわれ、Su-24に吊り下げられていたものが何だったのか、不詳だ。
いずれにせよ、北欧にとっては、安全保障上の懸念が一気に顕在化した瞬間だったのかもしれない。
バイデン大統領と直接、会談を行ったニーニスト大統領のフィンランドは、ロシアと長い国境を接し、第2次世界大戦後、東西のはざまで中立を保ってきたが、近年、NATOとの関係を強化。
NATO諸国との共同演習を実施したり、アメリカ製のF/A-18戦闘攻撃機(と、それから発射出来る射程370kmのJASSM巡航ミサイル)を保有している。
その中立国フィンランドが、ロシアのウクライナ侵攻を契機に民意も激変。
フィンランド、NATOへ傾斜
2017年の世論調査では、NATO加盟に賛成が19%台だったが、ロシアのウクライナ侵攻後の今年3月には62%台と急増。
フィンランド議会は、ついにNATO加盟申請について審議を始めた。
もちろん、ロシアも、フィンランドとNATOの接近に警戒を強めている。
ロシア外務省のザハロワ報道官は、すでに2月の段階で「フィンランドのNATO加盟は軍事的、政治的に深刻な影響をおよぼすだろう」とツイート、牽制していた。
なぜ、ロシアは、北欧の二つの中立国、特にフィンランドの動向に神経を尖らすのだろうか?
フィンランド、F-35A Block4型機導入へ
フィンランドは、2020年に米国から、AGM-158B2 JASSM-ERステルス空対地巡航ミサイル200発とF-35Aステルス戦闘機64機の導入する約束を取り付けている。
AGM-158B JASSM-ERの本来の射程は,1000km弱とされるが,AGM-158B2は、さらに射程が延長されていると考えられている。
フィンランド領空から、ロシア・バルチック艦隊のクロンシュタット基地も物理的には届くのみならず、モスクワまでも900kmないことを考えれば、留意すべきことだろう。
また、フィンランド国防省は、フィンランドが、2026年から国内に配備するF-35Aステルス戦闘機について、「ブロック4」というバージョンであることを強調している。
F-35Aブロック4とは、どんな軍用機なのか?
F-35A Block4の能力
米議会調査報告書によれば、ブロック4というバージョンから、核爆弾運用可能となり、
2023年からは 、最新鋭の核爆弾B61-12が運用可能になるとされる。
フィンランドがNATO加盟国となり、米軍の核爆弾を運用可能な戦闘機を保有すれば、フィンランド国内に米軍の管理のもとで米軍の核爆弾が置かれ、いざという場合には、フィンランド軍機に、その核爆弾が搭載される、いわゆる核共有の可能性があるかどうか。ロシアにとっては、気がかりとなるかもしれない。
歩調を合わせるフィンランドとスウェーデン
4月13日、スウェーデンのマグダレナ・アンデション首相とストックホルムで会談したフィンランドのサンナ・マリン首相は、会談終了後の記者会見で、北大西洋条約機構(NATO)への加盟を申請するかは「数週間以内に」決めると表明した。
フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟すれば同盟国の軍用機が展開する可能性がある。
その中には核兵器運用能力を持つものがあるかもしれない。
例えば、米空軍のF-15Eストライク・イーグル戦闘攻撃機などには最新のB61-12核爆弾の運用能力を持つものもある。
またNATO加盟国であるフランスのASMPA超音速空中発射核巡航ミサイルは、ラファール戦闘機から運用可能である。
フィンランドとスウェーデンに反応したロシアの動き
4月14日、ロシアのメドベージェフ前大統領は「フィンランドやスウェーデンがNATOに加盟すれば、スカンジナビア半島方面の国境に核兵器を配備することになる」との見解を示した。
そして、その数時間後、フィンランドとの国境方面へ向かうK-300Pバスチオン対艦・対地巡航ミサイル・システム2両の姿があった。
バスチオンで運用される超音速巡航ミサイルP-800の射程は、地上の飛行で約450km、洋上で約350kmと見られている。
ロシア国境からフィンランドの首都、ヘルシンキまでは200kmないのだ。
マリン首相をはじめとするフィンランドの決断は、いずれにせよ、安全保障上の重大な影響をもたらすのだろう。
黒海艦隊の司令官が乗る旗艦「モスクワ」は、理由はどうであれ、沈没した訳だが、万が一、フィンランド、そして、スウェーデンがNATOに加盟したら、ロシアの首都「モスクワ」は、どうなるのか。ロシアの指揮を執るプーチン大統領にとっても気がかりなことかもしれない。
【執筆:フジテレビ 上席解説委員 能勢伸之】