政府発表によると、上海における症状有りの新型コロナウイルス感染者は第1波があった2020年が349人。2021年はその10分の1程度のわずか39人で上海は感染対策の優等生と言われていた。
“ロックダウン”も感染収束見通せず
そんな上海で感染拡大が始まった3月、1か月間の市中感染者数(※以降、特に断りのない限り無症状者含む)は累計で3万6000人余り。3月28日からは市東部が先行して都市封鎖され、4月1日からは、当初期間を切るとしていた東部の措置を実質延長したまま西部も封鎖され、名実ともに全市がロックダウンされる形になった。
この記事の画像(9枚)その“全市ロックダウン”初日分として発表された市中感染者数は6311人。そこから10日連続過去最多を更新し続け、最後は2万6087人にまで膨れ上がった。過去最多の更新期間中の累計は約17万人で、これは3月1カ月分の5倍近い数字だ。
ゼロコロナ政策における伝家の宝刀“ロックダウン”を繰り出した手前か、街では「1に検査、2に検査、3も4も検査」である。あまりに連日続くため、受ける側の我々にとっては自分のための健康チェックというよりゼロコロナの正当性を証明せんがためのモルモットにされているような感覚すらある。検査などでごく短時間外に出る以外は、陰性の家族と室内で過ごす日々なのに、連日検査が続く意味も理解に苦しむ。
こうして感染者や濃厚接触者たちが続々とあぶり出されるため、市内にある既存の医療機関だけでは対応が追い付かない。上海市外から多くの医療スタッフ、さらには人民解放軍まで動員されている他、市内には臨時の病院や隔離施設が100か所以上設けられている。
「臨時隔離施設」中国メディア絶賛…実態は?
臨時施設は大型の体育館や競技場、さらには使われなくなっていた高齢者施設などが転用されていて、2010年に開かれた万国博覧会跡地の展示場も臨時の隔離施設として投入された。こちらは全部で1万5000人以上の患者を収容できるとされ、中国国営メディアのインタビューに答えた施設の責任者は「無症状患者がより良い環境で隔離期間を過ごせるよう常に業務の改善と最適化を図っている」と胸をはった。
また、地元・上海メディアのニュース番組では提供される食事について「栄養豊富で美味しい」と紹介し、それを食べた患者が「家で過ごすよりもいいね」と語る様子を報じたほか、「丸一日水を飲むこともなく働いている人もいる」として、医療スタッフへの感謝を述べたインタビューもあった。
定期的な食事の提供に医療スタッフからの献身的なケア、これらには一定の真実味があるのだろう。またロックダウンが長期化し、自宅に閉じ込められたまま自力で生活していくしかない市民からは「食事が出て誰かに世話をしてもらえるなら隔離施設に入った方が楽なのではないか?」という皮肉交じりの声さえも聞かれる。
しかしことはそう簡単ではないようだ。3月末に中国のSNS上にはこの施設で起きたとみられる騒動の動画が投稿された。収容された人たちが防護服姿のスタッフに詰め寄る中、1人の男性が怒りの声をあげる。
「現場スタッフではなく責任者に出てきてほしい。彼らは(感染して)死ぬのが怖いのか?こっちは怖くないぞ!」
「ここではもう3日も薬が一錠も出されていない状態だ」
「PCR検査もない、いつやるのかもわからない」
施設の責任者が国営メディアに万全の体制であることをアピールしていたが、多数の収容者を一挙に受け入れたからであろうか人手と物資の不足が垣間見える。さらに男性は「これまでに何千人もの人がこの施設に入っているのに、ただの一度も消毒がないし、ろくな感染対策もない」として内部での交差感染を指摘している。こうして国営メディアなどが絶賛した大規模施設をめぐり波風が立つ一方で、中国国内ではあまり目を向けられていない街の施設の中には、さらに悲惨な状況になっているところもあるようだ。
「人が生活できるとは思えない」
ある隔離施設の様子とされる動画がSNS上にあげられたのは4月8日のこと。その施設は上海市東部にあり、動画をみるとまだ完成していない様子が明らかだ。建物の周りには建築資材などが雑然とおかれている他、ゴミのようなものもうず高く積み上げられている。
動画の撮影者はこうした様子を撮影しながら建築用のパネルが放置されたままの通路を通って施設の中に入り、こう訴えた。
「人が生活できるとは思えない」
「全ての部屋がこんな感じです」
室内に仕切りはほぼなく、簡易ベッドが並んでいる。中には木製のすのこの上にマットを敷いて寝ている人も。また数か所あるというトイレは「ほぼつまっている状態」で、別のアカウントから投稿された画像にはトイレの様子を映したものもあった。こうした劣悪な環境に対し、動画を撮影した人物は「極めて交差感染がおこりやすい火の穴の中に飛び込んだような気分だ」という言葉で絶望感を表現。さきほどの大規模施設で怒りの声をあげていた男性同様、内部での交差感染への恐怖を吐露していた。
もちろんウイルスには潜伏期間はあるし、全ての隔離施設が同様ではないだろう。しかし感染拡大に歯止めがかからない1つの要因として、こうした劣悪な環境をあげる声は根強い。さらに4月14日には、臨時隔離施設を増設する政府通知によってマンションからの転居を求められたという住民が反発し、警察などともみ合いになる騒動まで起きたという。ゼロコロナを達成するがためにあぶり出された大量の隔離対象者に人手や施設が追い付つかず、自転車操業になっている様が浮かびがっているようにも感じる。
問題はそれだけではない。画像を投稿した人物のコメント欄には「飲める水はない」「充電はほぼできない」という内容もあった。水分がとれないリスクは書かずともご理解いただけると思うが、あらゆる分野でデジタル化が進む中国で充電ができないというのは致命傷だ。まずスマートフォンなどの充電が切れると連絡はもちろん、料金の支払いなども大きく滞る。またウイルス検査の結果はデジタル管理されているため、最悪の場合、自分が陰性であることを提示することすらできなくなる。ある意味では水を絶たれる以上のリスクがあるというわけだ。
感染拡大が始まった3月以降、4月16日24時までの累計市中感染者数は35万人を超えている。陽性者の93%以上は無症状で、政府発表によると現在までに確認されている重症者は16人(4月16日24時まで)。今、上海市民が内心で恐れているのは感染することではなく、隔離によって生じうる様々なリスクの方だといっても過言ではない。
また一部中国メディアは、腎不全となった98歳の母親が救急搬送された病院でPCR検査の結果を待つ間に死亡した、中国の著名な経済学者の悲運を報じた。その学者はSNS上で「経済活動を再開しないと国際経済都市・上海は急降下する」と警告。さらに「予防の方向性は正しいが、多くの方法と手段には議論の余地がある」と指摘し話題となった。
習近平国家主席の重要指示「ゼロコロナ政策」をなお徹底へ
ゼロコロナ政策に対する異論が表面化する中、4月に入って上海の視察にきた孫春蘭副首相は「習近平国家主席の重要指示の精神を徹底的に実行し、ゼロコロナ政策をためらいも揺らぎもなく堅持する」と改めて強調。また、環球時報の元編集長で中国共産党政権の代弁者ともいわれる胡錫進氏は「中国本土では無症状者や軽症者が大半を占め、ほとんど死者は出ていないが、世界ではまだ多くの死者が出ていることを考えると、今のところオミクロンがインフルエンザより害が少ないという決定的な証拠はない」「ゼロコロナの優位性を失うことはギャンブルだ」などと、自身のSNSアカウントに投稿した。
一方で市民の不満を抑えきれないとも悟ったのか、上海市政府は10日連続となる過去最多の感染者数を公表した4月11日に、外出禁止措置緩和に向けたロードマップをついに提示した。ゼロコロナ政策が続く中国では異例の展開ともいえよう。
しかし14日以内に感染者が一人でも確認された居住区やマンションからは、依然として街に出ることは許されず、多くの市民は実質封鎖の状態が続く。事実上のロックダウンの全面解除が見通せない中、静まりかえった街からは鳥のさえずりがいつになくはっきりと聞こえる。
【執筆:FNN上海支局長 森雅章】
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