コロナ禍の影響で、最近の大学生は社会に出てから必要とされる能力(コンピンテシー)に低下や停滞が見られるという。
河合塾グループのピックアンドミックス社が2012年から実施しているテスト「PROG」で、そんな傾向が明らかとなった。
「PROG」とは、実践的に問題を解決に導く能力である「リテラシー」と、周囲の環境と良い関係を築く能力「コンピテンシー」を測るテスト。「コンピテンシー」は対人基礎力、対課題基礎力、対自己基礎力の3つに大きく分けられ、さらに対人基礎力であれば、親和力と協働力、統率力の能力に分類される。
テストで出題される問題は、「“初対面の人と話すときでも、相手と距離をおかず親しく接する”“初対面の人と話すときには、距離をとって礼儀正しく接する”のいずれかを選ぶ」など、一見してどちらを選べばいいのか分からない設問だ。
この答えと、すでに社会に出て活躍している若手リーダー層の回答と照らし合わせ、実社会で通用する可能性を測定しているという。
コロナ禍の大学生は“対課題基礎力”を除く各要素で停滞感
テストは大学生が1年時と3年時に受け、その間の能力の変化を分析。2019(1年時)・2021(3年時)年に「PROG」を受けた大学生は2万556人で、そのデータを18・20年と比べたところ、1年から3年で次の能力が低下に転じていた。
・親和力 (人に興味を持ち、共感・信頼する力)
・協働力 (役割を理解し、相互に助け合う力)
・統率力 (意見を主張し、チームを高める力)
・自信創出力 (自分を知り、 自信を引き出す力)
・行動持続力 (主体的に取り組み、完遂する力)
また“2014・16年”“15・17年”“16・18年”“17・19年”の結果とも照らし合わせた結果、コロナ禍の19・21年に「PROG」テストを受けた大学生は、対課題基礎力(課題発見力、計画立案力、実践力)を除く各要素で停滞感が見られ、特に対自己基礎力(感情制御力、自信創出力、行動持続力)の伸び悩みが顕著だという。ただし、コロナ禍でも以前と変わらず向上する能力も見受けられた。
このような結果が分かったわけだが、大学生の能力にコロナはどんな影響を与えたのか?また、コロナ禍の現在の大学生や、これから進学する生徒が能力を上げるにはどうすればいいのか?
河合塾と協力して「PROG」を開発した、株式会社リアセックキャリア総合研究所の主幹研究員である松村直樹さんに聞いた。
“対人基礎力”低下は生活全般で力を伸ばす機会が減少
――19・21年にテストを受けた学生に、コロナがどう影響して対人基礎力(親和力、協働力、統率力)が下がった?
対面の活動が制限され、学生同士の議論の場や、意見発表の機会が減少した影響があると思われます。活動制限は授業だけの話ではないので、部活・アルバイトまで含めた生活全般の中で力を伸ばす機会が減少したことが原因と考えられます。
遠隔(オンライン)の授業でも、グループワークや意見発表が出来る仕組みは整ってはいますが、逃げ場のない現実の世界で意見を主張することと、画面や音声を遮断すれは瞬時に安全圏(自分のバブルの中)に逃げ込める安心感の中で意見を主張することでは、個人にかかるストレスに大きな差があります。同じグループワークを課す授業でも、対面時より非対面の方が、学生の評価・満足度が高いということはよく耳にする話です。
非対面の活動では、ストレスのかかることにチャレンジし難いこと、また、その中でやり遂げる経験を積み難いことも対人基礎力を全般に引き下げた要因と考えられます。
――逆に、対課題基礎力(課題発見力・計画立案力など)が上がっているのはなぜ?
課題発見力(情報を分析し問題の本質を追究する)が測定する能力は、「思考する態度」と深く関係しています。大学の授業は、どんな科目であれ「思考する態度」を強く求めます。授業が非対面になっても、授業で求められるものに大きな変化がなかったと推察されます。
授業が非対面になって、学生の負荷が増えたことに、事前・事後課題と、振り返りレポートの提出があげられます。効率よく多くの課題をこなすことで計画立案力(目標を設定し現実的な計画を立てる)が、授業内容の振り返りを繰り返すことで実践力(一歩を踏み出し結果を見ながら修正・調整する)が伸長する結果となったと考えられます。
コロナで停滞した能力は、対面の生活が再開すれば戻る可能性
――対人基礎力など低下していると、社会に出てからどんな影響がある?
在学中のコンピテンシーの高さは、卒業後、職場における周囲からの評価に影響します。対人基礎力などのコンピテンシーが低いと、仕事の評価が上がり難いことが予想されます。仕事の評価が高ければ、良いチャンスが与えられ、チャンスを活かせば、さらに評価が高まるといった好循環に入り易いでしょう。また、良い経験を積むことは、転職の際の強みにもなります。
その意味で、在学中にコンピテンシーを中心とするジェネリックスキル(全ての人に求められる能力)を高めておくことは、卒業後のキャリアの可能性を広げるということが言えます。逆を言えば、対人基礎力など能力が低下していると、社会に出た後のキャリアの可能性を狭めることになろうかと思います。
――コロナ禍による大学生の能力低下は今後も続く?
入学時点における対人基礎力や対課題基礎力の低下は、小・中の授業改善が更に進んだり、高校の探求授業の必須化によって、やがて好転してくる可能性が高いと予想されます。ただし、対自己基礎力の特に自信創出力と行動持続力の低下は、現状の教育改革の方向では、効果が出難いと思います。
1,ネット社会の中で、いかに安定した自己概念を獲得させるか
2,過保護な社会の中で、いかに主体性・自律性を高めるか、
以上に対応した教育施策の必要性を感じます。コロナの影響で停滞したコンピテンシーの伸長は、対面の生活が再開すれば復活すると考えます。
しかし、ポストコロナとなっても、遠隔(オンライン)を利用した授業は必ず残ります。教職員側の姿勢として、単に使い勝手が良いからと言うだけで無く、非対面のコミュニケーションの中で、いかに学生に負荷・ストレスをかけるかといった工夫が求められます。
早い段階から「自分の将来を展望する意識を高める」
――コロナ禍の大学生活でコンピテンシーを伸ばすには?
コロナ禍においても、大学を超えて自主的な勉強会に参加したり、オンラインながら海外の学生と交流する機会を利用したり、教員に積極的に質問したりと主体的に活動する学生のジェネリックスキルは伸長しています。皆が平均的に下がっているわけでは無いわけです。
いま、多くの大学では、ジェネリックスキルを育成するために多様な学びの機会を用意しています。主体性・自律性の高い学生は、自らそれを機会と捉えて成長するわけですが、問題は、そうではない学生です。
――自律性があまり高くない人はどうすれば?
大学に埋め込まれた数々の機会にチャレンジする姿勢を作るためには、早い段階から「自分の将来を展望する意識を高める」ことが大切だと思います。明確に将来像を描き切ることが大事なわけではありません。より重要なのは、「将来について考えなきゃ」という僅かに焦燥感を伴うような気持ち(本来的なモラトリアムの状態)にすることです。授業で見聞きすることを含め学生生活のイベントは目の前に次々現れます。それを機会・チャンスとして捉えるかどうかは意識の問題です。自身のキャリアを「我が事」として捉えようとする姿勢が、意識の変化を生み出します。
大学は、能力を開発する学びの機会を増やすだけなでなく、学生が自身のキャリアを展望する時間を定期的に設けるべきだと思います。
――社会人がコンピテンシーを伸ばすには?
このことは社会人にも同様です。上司・部下の1on1のミーティングの場を単に仕事の目標設定や査定のフィードバックに留めるのではなく、自身のキャリアを展望し話し合う機会とする。そうすることが日々の仕事を通じての能力開発に繋がると考えます。
コロナで停滞している能力は対面の生活が再開すれば復活するとのことだったが、いつ収束するかは分からない。さまざまなチャレンジをすることが大切なようなので、まずは松村さんが話すように「自分の将来を展望する意識を高める」ことを考えてほしい。