漆喰の白い壁に映える桜

神奈川県小田原駅から城址公園に向かって歩くと、お堀通り沿いにある桜のトンネルが、訪れた人を出迎えてくれる。お堀の水面には、公園とお堀通りの桜が映り込み、一味違った景観を楽しむことも出来る。

「日本さくらの名所100選」にも選ばれた公園内には、約300本のソメイヨシノが植えられている。

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公園への入り口の一つ、赤い橋「学橋(まなびばし)」を渡り、二ノ丸広場へと足を進めると、一本道の両脇に桜並木が続く。花道が天守閣までの期待感を高めてくれる。

常盤木門(ときわぎもん)を抜けた先にあるのが本丸広場だ。広場の奥に行くと、漆喰の白い壁に包まれた天守閣と薄くピンクがかった桜が目の前に広がる。その美しく華やかなコントラストは、歴史と春の訪れを人々に伝えているのではないかと思わせるほど、素晴らしいものだった。

小田原のシンボルとして復興を遂げた天守閣

小田原城は、関東一円を支配した戦国大名、北条氏の居城として栄え、あの武田信玄でさえ攻め落とすことができなかったことから「難攻不落の城」と称されていた。

明治時代に廃城となり、天守閣は解体され、小田原城址は小田原・足柄県庁・神奈川県支庁の所在地へ変遷された。1901年には小田原御用邸が開かれた事で、皇室の方々の休息の場として活用された。しかし、1923年の関東大震災により御用邸や江戸時代からそのまま残っていた石垣なども全壊し、無くなってしまった。その後は学校などが建てられ、国や市の公共施設として使われていたが、歴史の象徴だった小田原城が再建される事はなかった。

再建中の天守閣 『目で見る小田原の歩み』より

戦後間もなく、「小田原のシンボルを復活させよう」という地元の人の熱い思いが動き出した。市制施行10周年にあたる1950年に、市内複数の町内会が「天守閣石一積運動」を始めた。

天守台を再建するために寄付金を募り、1953年12月に天守台の石垣が完成した。その後、商工会議所や市による募金活動で、再建費用の四分の一の金額にあたる2千万円以上が集まった。

募金活動と並行して行われたのが、天守閣の屋根にふく瓦を購入してもらい寄付金に充てる取組「天守閣復興瓦一枚運動」だ。2万1,366枚、約240万円の寄付が集まった。この数は天守閣に使用された約6万枚の瓦の3分の1にあたる。瓦の裏側にはこの運動に参加した人の名前が記されている。

天守閣復興瓦一枚運動 『目で見る小田原の歩み』より

我々は、カメラの望遠機能やドローン使い、瓦に記された文字を探したが、短時間では見つけることができなかった。目を凝らし、時間をかけて探せば、どこかに名前を見つけることが出来るかもしれない。

天守閣の瓦

市民の熱い想いを受けながら、凛とした姿でそびえ立つ天守閣は、復興から60年を迎え、小田原の象徴として今年も春の街を温かく見守っている。

撮影後記…奇跡のような「見頃」風景

新型コロナウイルスの影響で、思うように出歩けない日々が続いている中、桜の季節を迎えた。

天守閣のある小田原城址公園の本丸広場では、3年前から桜のライトアップが行われている。2020年も点灯時間の短縮やマスク着用、宴会自粛の呼びかけなど対策を講じながら実施していたが、感染状況が悪化したため3月末に中止が決まった。

決定の翌日、撮影に行くと、点灯されることのない約40台ものライトが桜に向けられたままだった。担当者は、ギリギリまで判断に悩み、苦渋の決断をしたのではないだろうか。

小田原城址公園と都内の桜の開花宣言はほぼ同じ時期だったが、都内の桜が見頃を迎える中、撮影予定の5日前になっても小田原の桜はまだ二、三分咲きで、花をつけていない枝が多く見られた。

1週間を通して関東の名所の桜を楽しんでもらいたいという思いで始めたシリーズ企画の一つであったため、撮影日程を大幅にずらすことは難しい。小田原城の桜の絶景が他の名所より劣って見えてしまうのは避けたい。そんな葛藤の中、ただただ桜が咲く事だけを願うしかなかった。

3月31日、撮影当日はあいにくの曇り空だったが、それまで続いた暖かい天候で、太陽の光をたくさん浴びたおかげか、なかなか開花せず硬かった蕾はきれいなピンク色の花に変化していた。午後から雨予報だった為、限られた時間の中、見ごろを迎えた桜を撮影した。

「こんな時だからこそ”映像”で楽しんでほしい」それだけを思いながらカメラを構えた。

気持ちが暗くなるようなニュースが続き、先が見えずに不安を抱えている人がいるのではないかと思った時、私たちにできることは、今起きていることを撮影することに他ならないのだと確信した。

厳しい現実の一方、桜はしっかりと開花している。

ドローンを駆使して撮影した天守閣と桜が、見る人の心を少しでも、春の陽気のように暖かくすることを願っている。

撮影下見の時の様子(2月)

 小田原城址公園が企画候補に挙がった2月半ば、撮影する場所を事前に一度見ておきたいと思い下見に行った。まだ蕾もない桜並木や天守閣を前に、満開の桜をイメージした。桜の美しさを際立たせ、天守閣の力強さを表現できる場所はないかと歩き回った。スマホで写真を何枚も撮った。

その日、下見に付き合ってくれた両親から、私が幼い頃に小田原城址公園を一度訪れたことがあることを知らされた。天守閣を見上げたあの場所に自分が立っていたとは、想像していなかった。もちろん当時の私は、天守閣の歴史や支える人たちのことを想像すらできなかった。

20年以上という時間を超えて、その舞台に今、自分が立っている。縁を感じた。もしかすると、小田原城の瓦には先祖の名前があるのかもしれないと思えてきた。来年の春にはそれを探してみるのもいいかもしれない。

執筆:矢野冬樹

撮影:山下高志・矢野冬樹