23日午後、羽生結弦が全日本フィギュアスケート選手権の公式練習で4回転アクセルに着氷した。
回転こそ充分ではなかったがスタンドの観客から大きな拍手が送られた。

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その前日、フジテレビの単独インタビューでは「4A(4回転アクセル)込みでフリーをやるつもりです」とその決意を語っていた羽生だが、また一歩人類がまだ誰もたどりついていない未知の領域に近づいたことになる。

そしてここまで明言をして来なかった北京五輪については「4Aの習得への道がオリンピックにつながっているのであれば、全力でここを獲りに行かないといけないですし、4Aを諦めている訳ではないですけど、本気でオリンピック狙っても良いのかなと思っています」と決心を明かした。

【羽生結弦が全日本で「4回転アクセル挑戦」を明言。初めて北京五輪への思いも明かしたインタビュー】

その飽くなきチャレンジを、テレビ中継の実況アナとして伝えるのがフジテレビの西岡孝洋アナウンサーだ。
西岡アナといえば「めざまし8」のキャスターとしてご存知の方も多いだろう。

この記事では今回で18回目の実況を務める西岡アナが目の当たりにした羽生結弦の強さと挑戦。さらには、この全日本がフィギュアスケート・ラスト実況となる西岡アナの想いを伝えて行く。

実況アナも「まだ見たことがない」4回転アクセル

まずは試合を前に羽生が語った“言葉”の持つ意味を聞いた。

西岡孝洋アナウンサー

「インタビューは衝撃でした。フリーで4回転アクセルに挑戦を明言し、練習では着氷はするものの、まだ回転不足、という状態まで持ってきているという事でした。そして、北京五輪は目指していきたい、という気持ちが表明されました」

10⽉末の練習中に右⾜関節を損傷。グランプリシリーズ2⼤会を⽋場し、この全⽇本がぶっつけ本番となっても、新たな挑戦の姿勢を崩さない確固たる信念がそこにはある。

もちろん「私自身も、目の前で4回転アクセルをしっかり着氷する姿をまだ見たことがありません」と続ける。

この未知のジャンプが、昨年他を圧倒したフリー「天と地と」に組み込まれた時、どんな世界が描き出されるのか?期待が膨らむ。

さらに羽生のインタビューの中には、西岡アナの心に残る言葉があった。

『もしオリンピックに僕の目指す道のゴールがあるのであれば、今はそれを全力で獲らなきゃいけないなと思います』

西岡アナはこう受け止める。

「北京五輪への気持ちをしっかり明言したのはこれが初めてだと思います。
私が感じているのは、男子フリー26日までの道のりが、公式練習を含めて、フィギュアスケートの未来にとって歴史的なものになるだろうという緊張感と高揚感です。

誰が五輪へ向かうのか、誰が優勝するのか、という本来の興味はもちろんですが、この戦いは1人の伝説的なアスリートが、競技の限界を超えていく。その過程も含めて一瞬たりとも目が離せないものになるだろうと確信しました」

言葉を超える羽生の“凄み”

まさに緊張感と高揚感の中、その時は刻一刻と迫るが、これまでアナウンサーの立場から目の当たりにした、羽生結弦の勝負強さや、その凄みについて聞いてみた。

「正直いうと羽生選手の演技には言葉ではとても勝てません。言葉に乗せてその素晴らしさを伝えようとしても今の自分では戦えないんです。凄すぎて…」

本来であれば、言葉で伝える事がアナウンサーの職業であることはご存知の通りだ。
だがスポーツ担当としてこの道23年、全日本は18大会目のベテランアナウンサーをして、そう言わしめるものを感じるのだという。

「羽生選手から放たれているものが凄すぎるんです。なので私は邪魔しないというか、見ている人の感動を邪魔しない言葉というか、みなさんの心に届いている想いと、ケンカしない言葉を選ぶことが凄く大事だと思っています」

当然のように生中継で口にする「言葉は用意していない」のだという。

どんなに練った言葉を用意しても、それを超えた演技を見せるのが羽生結弦というアスリートの特別さなのかも知れない。

記憶に残る名シーンに刻まれたもう一つの“凄み”

その西岡アナは、今年の全日本がフィギュアスケート実況の最後となる。
そこで、伝える側の人間として、これまでの全日本の歴史の中から忘れられない特別な瞬間を聞いてみた。

現在はアイスダンスに挑む髙橋大輔(2020年全日本選手権)

「ひとつに絞ることは本当に難しいですが、2006年、髙橋大輔選手のフリー『オペラ座の怪人』です」

そう語るのはフィギュアの実況を担当して3年目。まだまだ手探りの時代に目の当たりにした演技だ。

「髙橋選手の武器である“ステップの凄さ”がまだ分かり切っていなかった当時の自分でしたが、
その目に写った姿には“凄みが凝縮”されていました。『心の底からすごい』と思えた瞬間でした」

そのステップに観客は魅了された(2006年全日本フィギュア)

当時の髙橋大輔は“ガラスのエース”とも呼ばれ、大舞台で力を発揮できないことが時としてあった。
この年のトリノ五輪ではエースとして期待を集めながら、フリーで失速し8位に終わる。自らの試練に直面すると同時に、周囲を落胆させた。

その中で見せた全日本での『オペラ座の怪人』は、今も伝説として語り継がれる渾身の演技だ。

「ステップはすべての要素の最後、つまり一番苦しい時にやって来るので、その選手が背負っているものがステップから滲み出てくる事が多いんです。背負っているのものが如実に出てくる。そんな経験をあの時にしました」

体力の限界を迎えるラスト1分にたたみかけられた、“髙橋の時間”。

2006年全日本フィギュア

「かつてガラスのエースと言われた髙橋選手から「『もう全日本で負けるような弱い自分ではない』という想いの発露を感じ、その瞬間に立ち会えた気がします」と語る。

そして、この経験が2010年バンクーバー五輪での銅メダル実況、「髙橋大輔、世界一のステップです」という表現に繋がる。

「選手が演技にかける想いを初めて自分の言葉とリンクして伝えられた場面でした」

この年、髙橋選手は表彰台の頂点に(2006年全日本フィギュア)

時としてアスリートの優れたパフォーマンスは見る者に勇気やエネルギーを届けるが、この髙橋の演技は、伝え手である西岡アナにも成長の足掛かりをもたらしていた。

最後の全日本によせる想い

今日からいよいよ全日本は男子の競技に突入する。

多くの関心が羽生結弦の4回転アクセルの世界初成功に集まるが、ライバルの宇野昌磨、次世代の鍵山優真、佐藤駿、三浦佳生など実力伯仲の戦いが待ち受ける。

左から宇野昌磨、鍵山優真、佐藤駿、三浦佳生

「間違いなく過去最高レベルの全日本男子だと思います。自分が実況を始めた頃には、まだまだ世界との距離があったのが男子でしたが、時代が変わりました」

「他国であれば五輪代表になれる選手がこれだけいて、その中で3人の枠を争う。
僕が始めた2004年は『男子は世界では勝てない』と言われた時代でしたが、そこからスタートして、この18年で時代が変わりました。みんなが知っている凄さ、歴史の積み重ね。まさにその集大成だと思って実況しようと思います」

そのラスト実況にかける想いをあらためて聞いた。

「これまで自分は“選手自身が発する言葉”に向き合って来た18年間だったので、それは変わりません」

その上で、これまで積み上げて来た取材活動で、「印象に残っている言葉や想い、もっとハマる日が来ると思って温めていた言葉を出し惜しみしないで実況したいと思います」と続けた。

「羽生選手がいて宇野選手がいてというこの景色が見られる、世界のトップに居る彼らが作り出す景色を伝えられる最後の選考会だと思います。

ここまで温めて来た『宝物』の中から、今にふさわしいものを出したいと思います」

来るべきその瞬間、日本はもちろん世界中のフィギュアスケートファンは何を感じ、どんな衝撃を受けるのだろうか?

西岡アナのラスト実況に導かれながら、その時を待ち望みたい。

北京五輪代表最終選考会
全日本フィギュアスケート選手権2021


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