未曾有の危機に挑戦する老舗印刷会社

新型コロナショックで日本企業の雇用に陰りが見える中、難民認定申請者を雇用し未曽有の危機を乗り越えようとする中小企業がある。

1881年創業、神奈川県横浜市にある従業員約40名の老舗印刷会社、株式会社大川印刷だ。6代目経営者となるCEO兼代表取締役社長の大川哲郎氏は、SDGsに積極的に取り組み、2019年に初めて難民認定申請者を採用した。

日本の難民認定申請者(以下“難民”)は2019年に約1万人だったが、そのうち認定されたのはたった44人だ。中には12年もの間、認定を待ち続ける“難民”もいるというが、彼らはその間、働く場所も住む場所も限られ、いつ収容されるか怯えながら日々の生活を送っている。

“難民”を受け入れ「誰ひとり取り残さない」

大川印刷 大川CEO兼社長
大川印刷 大川CEO兼社長
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“難民”の雇用を思い立ったきっかけを、大川氏はこう語る。

「2018年の年末にSDGsのイベントがあって、難民を支援するNPO法人WELgee(以下ウェルジー)の方がスピーチで、日本の難民受け入れが進んでいない現状を説明してくれました。そこで、自分の会社で出来ることはあるかなと、彼女に話しかけたのがきっかけです」

大川印刷では早くからSDGsに取り組んでいて、2019年に弊社フジテレビの番組『フューチャーランナーズ~17の未来~』でもその取り組みを紹介した。

「SDGsは『誰一人取り残さない』と掲げていますが、どの企業も意外と身近なのに出来ていないことがあるのではないかと。そこで『自分の会社で出来るのは、もしかしたら難民の受け入れじゃないかな』と思ったのです」(大川氏)

大川氏も当初の難民のイメージは「紛争国=危険な状態の国の国民、貧困、教育も受けられない」というイメージがあったという。しかし現在の採用の困難さも、大川氏の背中を押した。

「採用が難しくなる中で、我々中小企業は、今後ますます人材難に苦しむことになります。近い将来、外国人に働いてもらうのは当たり前になるなら、その人が難民かどうかはあまり関係が無いと思ったのです」

「誰も助けてくれない」と“難民”が語る日本社会

大川印刷に採用されたのは、Aさん(37)だ。

Aさんはイスラム圏の国で生まれ育ち、現地の大学を卒業後、2013年に日本の大学院に留学した。しかし、国内で起こった部族抗争によって帰国できなくなり、2015年に日本で“難民”の申請を行うことになった。

“難民”は申請後8か月間、職に就くことができない。探し続けて、やっとAさんが得た職は食肉加工の工場で、イスラム教で不浄のものと見なす豚肉に触れざるを得ない仕事だった。

「申請後、仕事を探しても誰も助けてくれませんでした。大川印刷の前の仕事では、『おはよう』と挨拶しても無視されたり、仕事の指示もしてくれなかった。職場の半分は外国人だったのに、です。外国人が嫌いなのでしょうね」(Aさん)

大川印刷では、Aさんが採用されると、社内で様々な反応があった。

大川社長はトップとして、自ら社員に採用の理由を説明したが、社員からは「彼は日本語を出来ないんじゃないか」「一体どうやって教えたらいいのか」「コミュニケーションをどうすればいいのか」という声があがり、理解を得るのは容易ではなかったという。

しかし、その後海外の取引先とのやり取りで、Aさんの英語力が役立つことがわかると、社内の雰囲気も変わってきた。

大川印刷で働くAさん
大川印刷で働くAさん

Aさんは現在、印刷物の裁断を担当している。

「幸せなことに社長がとても親切で支援してくれますし、ほかの社員の方もサポートしてくれます。私はここで家族を得たような気持ちです。いつも誰かがケアしてくれる。心から感謝します」

「自分と同年代の若者を支援したい」

しかし、Aさんは“難民”の中で極めて幸福な例だ。

“難民”は申請をしてから8か月後に、初めて就労許可を得られる。つまりその間は「日本にいてもいいけど、働くのは認められない」状態に置かれているのだ。

ほとんどの“難民”は、支援者が用意したシェルターなどで暮らしており、中にはホームレスのような生活を送る者もいる。そして、晴れて在留資格と就労許可を得ても、6か月ごとに入国管理局に行き、改めて許可を得ないといけないのだ。

今回、大川印刷とAさんの出会いの場を作ったのが、冒頭に紹介したNPO法人のウェルジーだ。大川氏がSDGsのイベントで声をかけたのが、この出会いの仕掛人となる山本菜奈さんだった。

多くの“難民”を支援してきた理由を、山本さんはこう言う。

「自分たちと同年代の若者で、母国で社会的な活動のリーダーだったり、起業していたり、困難の中でも想いをかたちにしてきた経歴があって、その彼らが日本で認定を待つ間、それ以外に何か出来ないかと思ったのがきっかけでした」

山本菜奈さん(中央)
山本菜奈さん(中央)

“難民”とともに走りながら考える

日本で“難民”が職を探しても、6か月ごとの就労申請、彼らへの無理解が障害となって、多くの企業が二の足を踏む。そこでウェルジーは“難民”のための就労支援、企業とのマッチングを行ってきた。

「難民認定申請者が母国で培ってきた学歴やキャリアが、新規事業開発や海外事業を展開する企業や社会課題解決型の価値創造に力を入れたい企業と、相性がいいことがわかってきました。そこで安定した就労を支援できるような努力をしてきました」(山本さん)

まさに“難民”とともに「走りながら考える」のだ。2017年以降、ウェルジーでは8人の“難民”と企業をマッチングしてきた。山本さんは言う。

「難民認定申請者は前向き、アイデアの宝庫で、日本でやりたいことをしっかり持っています。私たちは彼らの想いと企業のニーズをすり合わせながら、かたちのあるものをつくっていこうとしています。大川印刷さんはいま多くの企業、産業が注目しています。こうした挑戦の輪が広がってくるのが楽しみです」

「新型コロナで難民の雇用を切る会社は弱いですね」

とはいえ、いま世界全体が新型コロナウイルスの感染拡大に揺れており、日本でも今後、経済が大きな打撃を受け、失業と倒産が増えていく可能性が高い。

こうした未曽有の危機を、大川印刷はどう乗り越えていくつもりなのか?大川社長は語る。

「雇用の継続や確保は企業の社会的責任のひとつです。新型コロナウィルスの影響があったとしてもできる限りの対応をしなければならないと考えています。政府の雇用調整助成金なども使用しながら、社員と一丸となってこの危機を乗り越えて行く所存です」

そして、“難民”についてはこう強調した。

「同じようにウイルスによって、難民の人たちの雇用が左右されるというのはおかしい。ウイルスは難民の人たちにとっては無関係だし、そこで難民の人を区別するというのは、会社として弱いですよね」

多様な人材を取り入れることが企業の強みになる。そのことを、身をもって知る企業だからこそ言える言葉だ。これから立ちはだかるどんな難局も、こうした企業はきっと乗り切っていける。

 【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。