世界が注視しているアンモニア

イギリス・グラスゴーで開催中のCOP26。岸田首相は火力発電のゼロエミッション化に向け、1億ドル規模の事業の展開を表明したが、その際、水素と共に名前が挙がったのがアンモニアだ。

実はいま、国内の大手商社も海外からのアンモニアの輸入を発表するなど、アンモニアを巡って世界に動きが出ている。
あの鼻に“ツンとくる臭い”のイメージが強いアンモニアが、なぜいま注目されているのか。
東北大学流体科学研究所でアンモニア燃焼の研究をしている小林秀昭教授にお話をうかがった。

東北大学 流体科学研究所 小林秀昭教授
東北大学 流体科学研究所 小林秀昭教授
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人間の生活に欠かせないアンモニア

安宅:
アンモニアというと、理科の実験で「手で仰いで嗅ぎましょう」という記憶しかないのですが、普段どういうところで使われている物質なのでしょうか?

小林秀昭教授:
アンモニアは、20世紀初頭の人口爆発に伴う食料不足の懸念から、肥料およびその原料として大規模製造技術が開発されました。
その後、繊維等の原料として利用されるようになった他、いまでは洗剤や毛染め、医薬品などさまざまな化学原料として使われていて、我々の生活にとって必須の物質と言えます。

安宅:
そんな化学原料のアンモニアが、なぜいま次世代エネルギーとして期待されているのでしょうか?

小林秀昭教授:
実はアンモニアは、1940年代にバスの燃料の一部に使われていたり、60年代にはガスタービン開発が行われロケットエンジンの燃料にも使われた歴史はあります。
しかし石油の時代になり、あえてアンモニアを燃料として使うという流れは断ち切れてしまいました。

そんな中、1997年に京都で開催された第3回気候変動枠組条約締約国会議(=COP3)以降、気候変動問題に対する意識が世界的に高まり、CO2を排出しない“水素”を燃料として使う議論が活発化し、その水素を貯蔵・輸送するための手段(=水素エネルギーキャリア)としてアンモニアが候補にあがりました。

その後研究が進む中で、アンモニアはエネルギー密度にメリットもあり“水素を運ぶ手段だけではなく、直接燃やす燃料として使うことを再度考えよう”となり、いまの注目に至っています。

メタン火炎とアンモニア火炎の比較 写真:科学技術振興機構
メタン火炎とアンモニア火炎の比較 写真:科学技術振興機構

「CO2フリー」という最大のメリット

安宅:
アンモニアを燃料として使うと、どんなメリットがあるのでしょうか?

小林秀昭教授:
一つ目のメリットは「CO2フリー」であること。
燃料として使う場合には、石炭などにアンモニアを混ぜて燃焼する“混焼”と、アンモニアのみを燃焼させる“専焼”があります。
もちろんアンモニア製造時に生成されるCO2を回収するブルーアンモニアや、再生可能エネルギーを用いて製造するグリーンアンモニアが前提ですが、いずれの方法でも炭素を含まないアンモニア燃焼による発熱分はCO2を排出しません。つまり、地球温暖化を抑えることができます。

もう一つの大きなメリットは、アンモニアは既に世界中で広く使われているため「輸送や貯蔵の方法が確立」していること。

島国の日本はパイプラインで海外から輸送することは不可能で、海上輸送に頼らざるを得ません。水素は-253℃まで冷却しなければ液化しないのに対し、アンモニアは-33℃、あるいは約10気圧で液化し、これは現在広く使われているLPガスとほぼ同じで、LPG輸送タンカーと同等のタンカーさえあれば容易に輸送が可能です。
このように既に輸送・貯蔵技術が確立していることは、コストの面でもとても有利なのです。

ガスタービンでのアンモニア燃焼の分析 写真:科学技術振興機構
ガスタービンでのアンモニア燃焼の分析 写真:科学技術振興機構

不可能を可能にするRich-Lean2段燃焼

安宅:
アンモニアを燃料として利用する場合の課題と、研究開発の現状はいかがですか?

小林秀昭教授:
一番の課題は、酸性雨などの原因となる「窒素酸化物(=NOx)排出」をどう抑えられるか。2014年からSIPエネルギーキャリアプロジェクトで燃料アンモニアの研究を始めた時も「アンモニアを燃やしたらNOxが出るだけじゃないか」との指摘を受けることもありました。

しかし我々が開発した“Rich-Lean2段燃焼”という手法を用いることで、燃焼器から排出されるNOxを大幅に低減し,さらに最小限の脱硝装置を用いることで環境基準を十分に満たすレベルにまでNOxの排出を抑えられることが分かりました。燃料としてのアンモニアの利用は、アイデアレベルではなくすでに現実的な段階まで来ています。

実験装置を前に説明する小林教授 写真:科学技術振興機構
実験装置を前に説明する小林教授 写真:科学技術振興機構

2030年には今後の道筋が見えてくる

安宅:
カーボンニュートラルを達成した2050年の日本国内でアンモニアはどのような役割を担っているのでしょうか?

小林秀昭教授:
太陽光や風力といった再生可能エネルギーの変動を調整するために、有効かつCO2を排出しない脱炭素火力発電の役割が非常に大きいと思います。

政府の新しいエネルギー基本計画では、総発電量のうち2030年に水素・アンモニア発電が1%と初めて明記されました。2050年には10%に達するという指摘もあり,もっとアンモニアの貢献が大きくなることも想定されます。

そのためには、必要な量のブルーアンモニアまたはグリーンアンモニアを供給できるサプライチェーンが欠かせません。政府は2030年に年間300万トン、2050年に年間3000万トンのアンモニアの輸入を目指すとしていますが、日本でのアンモニアの年間消費量は約108万トン(2019年)しかなく、燃料アンモニアの製造と利用の更なる技術開発と並行して、コストに直結するサプライチェーン構築が急務と言えます。

2050年に向けて今後どのくらい技術開発がなされ、燃料アンモニアのコスト削減が出来るかなど、2030年、ひょっとするともう少し早い段階である程度の見通しがついてくるかも知れません。そのくらいのスピード感で進めてほしいと考えています。

世界で初めてアンモニア燃料のガスタービン発電を成功した実証装置 写真:科学技術振興機構
世界で初めてアンモニア燃料のガスタービン発電を成功した実証装置 写真:科学技術振興機構

日本の将来を左右する研究開発、企業努力だけに委ねてはならない

安宅:
アンモニア発電の将来が明るく感じてきましたが、研究開発に対する国の支援はいかがですか?

小林秀昭教授:
2014年から内閣府主導のSIPエネルギーキャリアプロジェクトにより、小型ガスタービン発電ではアンモニアと灯油の混焼、次に天然ガスの主成分であるメタンとの混焼、そしてアンモニア100%での専焼など次々に成果を出すことが出来ました。さらに微粉炭とアンモニアとの混焼成功も大きな成果でした。

しかし、実用化に向けた研究開発には膨大な費用がかかる。現在、JERAの碧南火力発電所で開始された試験も多額の費用がかかると聞いており、日本のCO2排出の40%を占める発電を脱炭素化していくためには、再生可能エネルギーの大規模導入費用を含め、これらの負担を全て企業努力に委ねるのは現実的ではありません。今後10年間でグリーンイノベーション基金が2兆円計上されることになったので、燃料アンモニアに関しても国の継続的支援を望みます。

アンモニア発電のポテンシャルと、その技術開発がここまで進んでいることを知らなかった私にとって、小林教授のお話は驚きの連続だった。いまだ課題が多いとはいえ、国土が狭く資源の乏しい日本にとっては、一筋の希望の光と言えるのではないだろうか。
今後の更なる研究開発に向けた国の支援と、アンモニア発電が実用化されるまでの我々一人一人の省エネ行動も欠かせないと痛感した。

執筆:フジテレビアナウンサー 安宅晃樹

安宅晃樹
安宅晃樹

フジテレビアナウンス室 兼 SHIP戦略推進室
1992年山口県生まれ。東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻修了。1児の父。
THE NEWS α、PRIME NEWS α、Live News itなど報道番組を中心に担当。
現在はLive News days(月・火)、日曜報道 THE PRIME。