復興の歩み伝える地域情報誌「閖上復興だより」

宮城・名取市の閖上公民館。

この日は、月2回の「茶話会」の日。

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2019年、まちびらきした閖上に暮らす住民たちが集まった。

この会を主催しているのが、閖上出身の格井直光さん(61)。東日本大震災後、閖上の復興の歩みを伝えてきた「閖上復興だより」の編集長。

地域情報誌「閖上復興だより」は、震災の半年後の2011年10月から、避難生活を送る閖上の住民などに向けて、1、2カ月に一回のペースで発行されてきた。

取材をして原稿を書いてきたのは、格井さんなど、閖上で被災した住民たち。
全員が、初めての誌面作りだった。

ーー以前のお仕事は?

「閖上復興だより」編集長・格井直光さん:

ずっとスポーツ用品の営業をしていました。卓球台の販売が主で

ーー文書を書くのは得意?

「閖上復興だより」編集長・格井直光さん:

全然、いやだ。全然得意じゃない

ーーどういう思いで創刊した?

「閖上復興だより」編集長・格井直光さん:

震災後、どうしようかなと思っていた。明日が見えない。「どうしようかな」と、みんな同じ状況だった

「お互いの消息」を知らせるために始まった

震災前、7,100人余りが暮らしていた閖上地区。津波で、800人以上が犠牲になった。

格井さんも閖上の自宅を流され、両親を亡くした。

閖上の人たちの「お互いの消息」を「知りたい、知らせたい」と感じ、第1号で「あなたの今の居場所を教えてください」と呼びかけ、寄せられた近況を顔写真付きで掲載。閖上の人々が、再びつながるきっかけを作ってきた。

「閖上復興だより」編集長・格井直光さん:
(情報発信を)しているうちに、「この人、生きていたんだね」というような連絡があるわけですよ。「生きているだけでも良かった」と、顔写真を見て思われた人がたくさんいらっしゃいました

NPOの協力や地元企業などの寄付を受け、無料で配布されてきた「閖上復興だより」。
これまでに、あわせて約55万部が発行された。閖上での出来事や、新たな閖上のまちづくりの進捗状況なども伝え続けた。

「閖上復興だより」編集長・格井直光さん:
ふるさとというか、長年暮らした街ですからね。なんの変哲もない街だが、でも、やっぱり、ああいう風になってみると、流されたのは悔しい

中でも印象に残っているのは、6年前に発行した第28号で、閖上の少年野球チームを取材した時のこと。

「閖上復興だより」編集長・格井直光さん:
「撮ってください!」となったのは、この時が初めて。(震災後は)やっぱり作り笑い。それが、運動会でもお祭りでも、自然と笑っている表情が出るようになった。「もう大丈夫だな」と思った

2月、格井さんは出来上がったばかりの最新号、第59号を住民に配った。

閖上に暮らす人:
復興だよりは楽しみというか、希望というか。すごく助かった

閖上に暮らす人:
よくがんばってくれた。ありがたい

ーー「復興だより」はどんな存在でしたか?

閖上に暮らす人:

本当に良いさ~。「あそこの団地で何々があった」、「わたしたちも載っていた」と。「閖上復興だより」は本当に、楽しみだったよ

「復興だより」ではない、新たな「閖上だより」へ

閖上に戻ってきた笑顔。格井さんは3月に発行する第60号を「閖上復興だより」の最終号とすることを決めた。

「閖上復興だより」編集長・格井直光さん:
(2019年)5月のまちびらきの時に、支援してくれた人たちも、地元の人も喜びにあふれていた。「もうそろそろ、いいんじゃないか」と、その時に思いました。早く「復興」という文字を取りたいと思っていた

格井さんは、これからの閖上を伝える新たな情報誌の準備を進めている。

タイトルは、「閖上だより」とするつもり。

「閖上復興だより」編集長・格井直光さん:
「復興」と言わなくても大丈夫だと思えるのでは。自分の生まれ育ったところが、形は変わっても、本当に楽しさを実感できるようになったら、本当の「復興」だと思う

(仙台放送)