「チンドン寺町一座」は、岩手県大船渡市の小さな集落を拠点にするチンドングループだ。アマチュアの大会で日本一にもなった実力派で、平均年齢は70歳。

2017年8月、その一員である新沼健一さんに大腸がんが見つかった。66歳の新沼さんは、寺町一座の要であるチンドン太鼓を叩いている。

がんにかかっても自分らしく生きたい。そう決めた新沼さんの夢は、かけがえのない仲間とともに長野県の宿場町でチンドンを演奏すること。

後編では、長野でのチンドン旅と「チンドン寺町一座」のその後を追う。

【前編】仲間との付き合いは約70年。チンドングループ「寺町一座」のメンバーが重いがんと闘いながら抱いた“夢”

長野行きに向けた新しいレパートリー「伊那の勘太郎」

寺町一座が、いつものように練習をしているプレハブ小屋に集まっていた。メンバーの佐藤忠誠さんの自宅裏に、みんなで建てた練習小屋だ。

長野県の奈良井宿でチンドンをしている姿を残し、自分たちの思い出にしたい。そんな夢の実現を目前にして、メンバーたちは50曲ほどのレパートリーに、長野県にちなんだ「伊那の勘太郎」という曲を加えようとしていた。

譜面は、絶対音感のある佐藤さんが書き起こした。練習を始めたばかりで、まだまだ納得のいく演奏ではない。

「ところどころ、とんでもない難しいところがあるんですよ。そこに苦戦してるの」

だが、こんなことでへこたれないのが寺町一座。「人は70になっても、能力は無限だ」「無限だな」「努力しかないんだからやればできる。努力次第!」と笑い合っている。

そんな中、新沼さんの体調に異変が生じた。抗がん剤の副作用が強く、歩くこともままならない。医師との診察で「手の痛みと足の痛みがある」と話す新沼さん。

これまで、病状に合わせて抗がん剤を3種類試してきたが、今回の薬は、その中でもっとも副作用が強い。そのため、また薬を変えることになった。

できるだけ副作用の弱い薬を使って、9月の長野行きを決行したい。こう考える新沼さんは不安を抱えていた。もし次に試す抗がん剤で、副作用が今回のように強く出てしまったら――。

それでも、メンバーみんなが新沼さんの回復を信じている。

「いま願うことは、ケンちゃんが最高のコンディションで行けること。みんなそう思ってるよ」(佐藤さん)

9月の長野行きには、新沼さんの回復を願う意味もある。

夢の奈良井宿へ。1泊2日の“チンドン中”

いよいよ長野県に行く日がやってきた。「体調はこの通り、悪くはないから」とほほえむ新沼さん。「チンドン中で行きましょう!」と冗談めかす鈴木座長。皆、ニコニコした顔でバンに乗り込んでいく。

いざ、長野県奈良井宿へ。運転席で鈴木正利座長が、うきうきした口調で「今が一番楽しいんじゃないですか。待ってるときと、出発する瞬間がね」。

距離は、約700km。到着まで10時間以上の長旅になる。遠征はこれまでも楽しいものばかりだったが、今回の旅は特別な意味がある。

新沼さんにとっては、ただ乗っているだけでも楽ではない旅路。後部座席に横たわって過ごす場面もあった。

長野県に入ったところで一泊し、翌朝、ついに奈良井宿に到着。心が洗われるような秋晴れだ。

中山道の宿場町として400年以上の歴史がある奈良井宿。いつもは呼ばれてチンドンを演奏するが、今回は初めて自分たちのために演奏をする。

「奈良井宿からパワーをもらって、必ずケンちゃんに元通りになってもらいたい。僕たちは、その一心なんだから。彼は悪く考えてるかもしれないけど、必ずケンちゃんを元気にしてみせます」(佐藤さん)

今日は、いっぱい笑い、心の底から楽しもう。寺町一座みんなの思いだ。

仲間と地域住民に支えられ…奈良井宿でのチンドン旅

身支度を終えた5人が、奈良井宿に立ち並んだ。杉山孝好さんが口上を述べると、いっせいに「伊那の勘太郎」を演奏し始める。

伊那の勘太郎は映画の主人公で、長野県を舞台にした股旅姿のヒーローだ。同じ股旅姿の寺町一座にはぴったりの曲。この数カ月間、心を一つに練習を重ねてきた。

しかし突然、チンドンの音色が鳴り止んだ。新沼さんが激しく咳き込んでいる。座り込んだ新沼さんの背中を、佐藤さんがさする。

ここでやめるわけにはいかない。しばらく休んでいた新沼さんは、落ち着いて再びスタートを切った。仲間たちは、演奏で新沼さんを力づける。

再び、宿場町にチンドンの音色が響き渡る。秋の木曽路に、股旅姿がよく映える。地元の人は、沿道で見物する者あり、踊りながらともに練り歩く者あり。「小さいときのことが、風景とともによみがえった」と熱っぽく語る人もいた。

無事、奈良井宿を歩ききった寺町一座は、休憩しながら「よかったね」「チンドンが合うね」「この地域の人たち温かいね」と口々に言い合っている。達成感に満ちた表情だ。

「よかったです。しっかり演奏できていたし、次また目標を持てればいいな…。ここで終わりじゃなくてね」(新沼さんの妻の律子さん)

夢だった奈良井宿を歩ききり、新沼さんも晴れやかな顔だ。

「今日はみんなに労ってもらって、本当に幸せを感じました。明日からもまたがんとの闘いですけど、すごくパワーをいただいたような気がします」

奈良井宿での演奏は、寺町一座にとって忘れがたい思い出となった。

チンドン太鼓を2人で演奏する「二連太鼓」に挑戦

長野から帰ってきた寺町一座は、新たな挑戦をはじめていた。鈴木座長もチンドン太鼓を携え、新沼さんとの二連太鼓に初めて挑戦。長野県での演奏があったからこそ生まれた、新たな目標だ。

2週間後に群馬県の前橋市で開かれる「全国チンドンアマチュア競演会」に出場するため、練習を重ねる。

この仲間たちと、少しでも長く、もっといい演奏をしたい。そんな気持ちを抱いているのは、新沼さんだけではない。

長野での経験は、「何があっても助け合えるすばらしい仲間だと確認できた」(佐藤さん)出来事だった。すばらしい体験に、来年も行こうかと話していると鈴木座長。新沼さんも、「もう病気のことは考えないことにした」と笑う。

寺町一座の面々は、長野県で撮影した映像を何度もみんなで見返した。そのたびに願うのは、幸せな時間がずっと続くことだ。

そして迎えたチンドン競演会。二連太鼓は大勢の観客を魅了し、寺町一座は参加した6チームの中で最高賞にあたる「前橋チンドン大賞」に輝いた。

悪化するがんと、回復を祈る仲間たち

一方で、新沼さんの病状は進行していた。冬の気配が近づく11月には、病状が悪化し、新沼さんは練習に参加できなくなっていた。

「肺と肺の間の食道が詰まって、飲み込めないんだ。この前も、薬をガバッと吐いてしまって」

たった一口のゼリーでさえも、飲み込むのが難しい。

肺と肝臓のがんが大きくなっていた。新沼さんは抗がん剤をやめ、呼吸を楽にしたり痛みを和らげたりする治療に切り替えることになった。

帰りの車の中で、窓の人を見ながらつぶやく。

「妻の存在は大きい。みんなにうらやましがられるよ」

律子さんの献身的な看病の中、再びチンドン太鼓を奏でるために、新沼さんは必死に生きようとしていた。

仲間たちは、毎日神棚に手を合わせている。「ケンちゃんが元気になるように、それしかないんだから、私たちの願いは」と鈴木座長。離れていても、心ではともに闘っている気持ちなのだ。

「ケンちゃんには、一つの目標を持って、みんなで一緒に進んでいくという強い気持ちをなくさないでほしい」(鈴木座長)

佐藤さんも、回復を待ち望んでいる。

「ずっと熱心にお願いしている。必ずよくなるような気がするよ、俺は」

チンドンに生きた新沼さんを送る仲間たちの演奏

初冬に、その知らせは突然やってきた。12月6日、新沼健一さんは帰らぬ人となってしまった。

仲間が大好きだった音色で、その葬列を見送る寺町一座。楽しい時だけでなく、悲しい時もチンドンはともにあるのだ。

最高の仲間、愛する家族に見守られながら、66年の人生に幕を閉じた新沼さん。

「最後の最後まで自分らしく」を信条に、チンドンで人々を笑顔にしてきた。

「チンドンに打ち込む姿勢は、人一倍熱心だった」と振り返るのは、山下哲夫さん。鈴木座長も、「お医者さんに止められたらチンドンができなくなるんじゃないかって不安を抱えながら、一方でどうしてもチンドンから離れられない人だった」と、その強い思いを回想する。

佐藤さんは、新沼さんの人柄をこう語った。

「仲間に対しての思いやりが強い人間だよ。人の痛みがわかるしね」

11月には、新沼さん夫妻の結婚記念日があった。

「そのとき、『40年ずっとありがとうね』って言ってくれたんですけど、それはいろんなことを含めての言葉だったんだろうなって……」

今も律子さんは、新沼さんを身近に感じている。

「触れることはできないけども、そばにいるという感じなんです」

魂は次の世代に。寺町一座の夢の続き

新沼さんがいなくなり、持ち主がいなくなったチンドン太鼓。今、それを手にする人がいる。寺町一座が卒業した長安寺太鼓の後輩、佐藤正光さんだ。正光さんは、これまでも新沼さんの体調が悪い時に代わりに出演していた。

「かなりのプレッシャーですよ。あの人に追いつくことはほぼ不可能だなと思いながらやらせてもらってます」(正光さん)

新しいメンバーを探すのは、容易な作業ではなかった。しかし、「彼の意思を尊重して、なんとか寺町一座を残さなきゃいけないからね」と笑顔を見せる鈴木座長。

年が明けた2019年3月。岩手県花巻市大迫町の「宿場の雛まつり」で、久しぶりにイベントでチンドンを奏でる寺町一座の姿があった。

正光さんが身につけているのは、新沼さんが使っていた太鼓と衣装。その重みを感じながら演奏している。

「特にこのチンドン太鼓に魂がこもってるのかなぁ…。その魂を引き継げればいいなと思っています」(正光さん)

大勢の人達のとびきりの笑顔が、寺町一座の元気の源だ。このメンバーになってから、初めての公の場を終え、鈴木座長はホッとした顔つき。

「やっぱり皆さんの笑顔とかけ声で、やってよかったなって感じますね。これで、また続けられると思います。たぶん、ケンちゃんも空で見ているでしょう。正光くんも頑張ってやってくれたので、よろこんでると思います」(鈴木座長)

チンドンで人々を笑顔にしたい――。新沼さんの思いを受け継いだ寺町一座。その紡ぎ出す幸せの音色は、天まで響き渡る。


【前編】仲間との付き合いは約70年。チンドングループ「寺町一座」のメンバーが重いがんと闘いながら抱いた“夢”