2019年10月12日に東日本台風が本州に上陸し、各地に甚大な被害をもたらしてから2年が経った。

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宮城県の中央部に位置する大郷町では吉田川の堤防が決壊し、同町中粕川地区の住宅や農地が大規模浸水した。
現在(2021年)の現場は堤防こそコンクリートで補修されているものの、周りはまだ水害のつめ跡が残っている。
町が計画している新たな町づくりのイメージは、土地のかさ上げや防災施設を作るなど水害に強いまちづくり。

被災した住民は新たな暮らしに期待を寄せる一方で、完成までの道のりの「長さ」に複雑な思いを抱えている。

「住んでいた場所に戻りたい…」

宮城・大郷町にある仮設住宅で、一人暮らしをしている高橋幸一さん(68歳)。

高橋咲良アナウンサー:
仮設住宅での暮らし、2年になりますが…

高橋幸一さん:
2年間、長いですね。長い

高橋さんは吉田川のほとり、大郷町中粕川地区で農業を営んでいた。
ところが、2年前のあの日。高橋さんの住まいのすぐそばで吉田川の堤防が決壊し、中粕川地区に濁流が押し寄せ、高橋さんの住宅を含めて110世帯が浸水被害を受けた。

高橋幸一さん:
こちらが自宅で、こちらが作業場でした

高橋咲良アナウンサー:
まさにこの場所にあったのですね

中粕川地区では、この2年間で約60世帯が新たな生活を始めている。
しかし、高橋さんがこの場所に戻ってくるには、まだ1年以上かかる。

高橋幸一さん:
ずっと長年住んでいましたので、そこに戻りたい気持ちがもう…ずっと思ってたんです

防災を強化した新たな町づくりへ

なぜ、高橋さんは戻ってこられないのか?
町の担当者に聞くと、大がかりなまちづくりの計画を説明してくれた。

それによると、土地全体を1メートルほどかさ上げし、東側には宅地と寺が作られる。西側には防災機能を持った防災コミュニティセンターを整備し、水害に強いまちを目指す。

吉田川の堤防も強化し、高さ6メートルの堤防が新たに作られる。水害時に避難所へ移動するための避難道路も確保する。

高橋咲良アナウンサー:
避難路は、この道というところ?

大郷町復興定住推進課 武藤亨介 課長:
今は管理用通路としての幅員しかないので、地域の方が安心して逃げられる幅員を確保していきたい

これ以外にも、東日本台風で多くの農機具が浸水したため、農機具を事前に避難させる高台の整備も検討している。

大郷町復興定住推進課 武藤亨介 課長:
町として行うハードとしては、100年に一度程度の(大雨に備えた)かさ上げ高を確保していきましょう、それ以上は、ハード対策とソフト対策を合わせて、危ない時は避難しましょうという二本立てを行っていきたいと行政として考えている

復興への葛藤と未来

町が計画しているまちづくりの工事は、2021年9月末に始まったばかり。堤防・宅地・防災コミュニティセンターなど全ての整備が完了し、新たな町が完成するにはあと3年かかるとのこと。
時間がかかった理由について、町は現地再建か移転かの住民との方針のすり合わせや、新たな町に何を整備するのかなどの住民への説明を丁寧に進めたためとしている。

高橋さんは新たに整備される宅地に新居を構える予定で、大郷町によると宅地の引き渡しは、2022年度末になるという。

まだふるさとに戻ることのできない高橋さん。
仮設住宅ではペット禁止のため、被災前に飼っていた犬と猫は親戚の家に預けている。エサをあげるため、毎日通っている。

高橋幸一さん:
一緒に住みたいんです、早く

【取材後記】
私自身、大郷町には、東日本台風から1カ月後に避難所からの中継で訪れました。
その際見た中粕川地区は、1階部分がむき出しになった家や、巨大な木が突き刺さった家など、壊れた家屋がいくつも立ち並んでいました。

あれから2年が経って再び訪れてみると、堤防近くの寺が被災した状態のまま残っていたり、更地が多かったりと、復興はまだ道半ばであることを強く感じました。

あたらしい町づくりの工事は始まったばかりで、完成までには、さらに3年という時間がかかります。

新しくできるコミュニティセンターの活用方法を、住民と行政が一緒に考えていくなど、町が完成するまでの時間を「有効な3年」にしていくことが大切だと感じます。

(仙台放送 高橋咲良アナウンサー)

高橋咲良
高橋咲良

仙台放送アナウンサー