地域の魅力を伝えるPR動画。オススメの観光スポットや食べ物の紹介だけでなく、さまざまな創意工夫を凝らした“地元アピール”が注目されることも多い。
最近はコロナ禍で見る機会が減った気もするが、熊本県が新たに奇抜なストーリーの観光PR動画を10月1日に公開した。タイトルは「阿蘇の不時着」で、主人公は宇宙人なのだ!

ストーリーは、阿蘇山の火口付近にUFOが不時着し、乗っていた宇宙人が阿蘇の人々と交流し、地域の料理や美しい景色に触れ、徐々に阿蘇に魅了されていく。しかし、UFOの修理が終わると、そんな温かな日々にも別れが訪れ…。
宇宙人と地元民が触れ合う、奇抜だがなぜか心が温まるストーリーを詳しく見ていく。
宇宙人が阿蘇を満喫!?
UFOが不時着したのは、阿蘇中岳の火口に広がる「砂千里ヶ浜」。ゴツゴツとした岩肌に、火山灰で覆われた黒い砂浜が広がっている。煙を上げ地面に突き刺さるUFOから脱出した宇宙人は、周囲を確認しているようだ。

そして「ここは…どこの惑星だ?」と歩き回ると、火口付近から一変した自然豊かな景色が現れる。青々とした草が広がる「草千里ヶ浜」で出会ったのが馬を連れた地元のおじいさん。
「そぎゃんとこでなんばしよっと?」と声を掛けてきたのだ。しかし美しい自然の景色に、馬とおじいさんと宇宙人という異色のメンバーが映る様子には、はたから見ると戸惑ってしまう人もいるかもしれない。

そしておじいさんの家に招かれて休んでいると、ちょうどテレビに映っていたのが「UFOの不時着」を取り上げるニュース。
直るまで、阿蘇にいる必要があると話す宇宙人に、おじいさんは「そんならしばらくウチさん居るとよか」と優しく滞在することを提案。この時、おばあさんがお茶と共に出してくれた菓子は熊本名物“いきなり団子”で、地元アピールもしている。


そして始まった阿蘇での生活。
牛への餌やりや畑仕事、犬の散歩といった手伝いの他、囲炉裏で焼かれた郷土料理“田楽”を味わったり、キャタピラを装備したアドベンチャートラックで阿蘇の自然を駆け巡ったり、幅20mの鍋ヶ滝に癒されたりと、充実した日々を送っていた。
「気付けばASOが好きになっていた」と不時着で仕方なく滞在することになった阿蘇に、宇宙人はどんどん魅了されていったのだ。


また別の場面では、おじいさんと一緒に「新阿蘇大橋」を見下ろせる場所を訪れていた。2016年の熊本地震で崩落した阿蘇大橋の代わりとして作られ、阿蘇の人たちにとって“熊本地震からの復興のシンボル”になっているのだという。
「今は大丈夫なのか?」という宇宙人の質問に、「大丈夫。阿蘇には元気な人のいっぱいおるけん」と答えるおじいさん。続けて「その元気な姿ば見て、わしも元気になる」と話す姿に、宇宙人は阿蘇という場所だけでなく、そこに住む阿蘇の人たちの心の強さにも魅了されていた。

そして時は過ぎ3カ月後。UFOの修理が終わり別れを告げるため、世話になったおじいさんたちの家へ向かった。そこで偶然、2人の本音の会話を聞いてしまう。
「あん子(宇宙人)さえ良かったら、ずっとここ(阿蘇)さん居ってもろて良かばってんね」


すると思わず逃げ出してしまい、頭の中を阿蘇での幸せな日々が駆け巡る。「別れを言えないままでいいのか?」と思いながらも、修理を終えたUFOに乗って帰還していった…。

突然姿を消してしまい、落ち込むおじいさんたちのところに、テレビのニュースで緊急速報が飛び込んできた。
「たった今入ったニュースです。阿蘇に謎のミステリーサークルが現れました」
思わず笑みを浮かべるおじいさんたち。このミステリーサークルは、直接言えなかった宇宙人が残した、別れの挨拶であり感謝の気持ちだと気付いたのだ。

動画の最後はこのように締めくくられている。
この物語は、フィクションです実在する人物、団体とは一切関係ございません。
ですが、嘘みたいに綺麗な景色や、嘘みたいに明るい人々は、間違いなく本当です。

熊本県の名水百選に選ばれている「山吹水源」や、神秘的な神社「上色見熊野座神社」といった阿蘇の観光スポット11カ所を盛り込んだPR動画は、6分という中に、阿蘇の素晴らしさだけでなく、阿蘇の人の強い思いや、交流する温かさと別れの切なさまでもが盛り込まれている。
「宇宙人」の目を通したらどのように映るのか?
この動画は、“I'm fine! ASO”という阿蘇地域の観光キャンペーンの企画で作成されたもので、宇宙人が最後に残していったミステリーサークルも、その企画ロゴとなっている。

宇宙人と共に思わず阿蘇に魅了されてしまう動画となっているが、なぜこういったストーリーになったのだろうか?反響はどうなのだろうか?
熊本県観光企画課の浦田瑛介さんに話を聞いてみた。
ーーなぜ宇宙人が出てくるストーリーにしたの?
四季の絶景やおいしいグルメがあり、人々もあたたかな「阿蘇」のすばらしさ。それは地元の私たちにとっては「当たり前」すぎて、このまま伝えても、たくさんの観光PRに埋もれてしまうと考えていました。そこで、誰もが驚く壮大な自然と、誰でも受け入れてくれる人々のあたたかさを、「誰でも」のうち最も(?)極端な「宇宙人」の目を通したらどのように映るのか…?と想像し、このストーリーが生まれました。

ーー撮影で苦労した所は?
阿蘇でのメインの撮影は、7月下旬のまる3日間、日の出前から深夜になるまで行いました。撮影は基本的に屋外です。山の変わりやすい天気に加えて、台風の影響が残る日に撮影したため、刻々と変わる空の様子に振り回されました。その一方で、「USOみたいなASO」そのものの、奇跡のような光景も、多く映像に残すことができました。
たとえば冒頭、不時着したエイリアソ(不時着したエイリアンの通称)がさまよう砂千里ヶ浜のシーンは、日の出前から寒さに震えながら、現地でスタンバイ。山の下から湧いて視界を覆う雲の勢いを見極めて、地上での撮影と並行して、上空ではドローンを飛ばし、一瞬の変化を追いました。

まん延防止等重点措置が解除され、10月1日に公開
ーー7月下旬に撮影したとのことだが、公開が今になった理由は?
コロナの影響で撮影自体が約1カ月、公開は当初の予定より約2カ月遅れました。さらに、9月までは熊本にまん延防止等重点措置が適用されていましたので、公開を控え、その間にプロモーションの計画を練り直しました。そして、9月末でまん延防止等重点措置が解除されるのを受け、10月1日の公開を決めました。

「本当にこれがヒットするのか?」といった不安の声もある中、エイリアンが出るというシンプルに面白いストーリーを信じ、また、「皿を割る勇気を持て!」と熊本県・蒲島郁夫知事が常々言っていたのを胸に、皿を割る覚悟で、前例のない・斬新なこの企画に取り組んだという。
ーー動画内でもたくさん出てきた観光スポットだが、特にオススメの場所は?
まずは、標高約820mの高原にある“天空の棚田”である「扇棚田」です。大草原と阿蘇五岳・大分県くじゅう連山まで見渡せる360度の絶景は、一見の価値あり。さらに、美しい自然と水(実は動画で直後に登場する「山吹水源」の水が、ここへ引かれています)が、エイリアソも覚えた熊本弁「ウマカ!」(=おいしい)食を創りだす…というストーリーも含め、ぜひ旅してみてください。

そして「新阿蘇大橋」。おじいさんが言うとおり、「阿蘇の人々にとっての、熊本地震からの復興のシンボル」の橋です。2021年3月にようやく開通しました。橋のたもとに残る地震の爪痕を見るたびに、人々が忘れてはいけない大切なことを教えてくれます。

「USOみたいなASO」に関心をもってもらいたい
ーー現在の動画の反響はどう?
公開直後から「よかった!」「阿蘇に行ってみたい!」と、ポジティブな感想をたくさんいただきました。「泣ける」というお言葉が多いのは想像以上の喜びです。また、地元・熊本県や九州の方々からは「また行ってみたくなった」「知らない阿蘇が見つかった」など、阿蘇の魅力を再発見していただいているようです。
ーーその反響に対してはどう思う?
日頃熊本・阿蘇が遠く感じられるエリアの方々にも、「USOみたいなASO」に関心をもっていただき、いつか旅していただける契機になればいいなと思います。おじいさんが、元気な阿蘇の人々を見て元気になるように、阿蘇の観光復興に携わる私たちは、阿蘇に興味を持っていただき、旅していただけるみなさまにふれることで、元気になります!

ーー最後に、ズバリ阿蘇の魅力とは?
日本、いや宇宙のどこにも存在しない大自然です。たとえば阿蘇の大草原は、人々が昔から「野焼き」に代表される手入れを積み重ねて、はじめて保たれている絶景なんです。その意味では、人々の生きる姿と景観とが一体化したのが、阿蘇といえるかもしれません。そんな場所はここ以外のどこにもないからこそ、エイリアソの思い出にも、深く刻まれたのだと思います。
…感謝の気持ちをわさわざミステリーサークル(直径約30m!!)に残す宇宙人なんて、阿蘇以外で聞いたこと、ないですよね?

新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、公開を遅らせていたというPR動画。ヒットを不安視する声を押しのけ、現在動画は16万回以上の再生を記録している(10月15日時点)。
奇抜なストーリーだが、誰よりも阿蘇を知らない宇宙人が魅了されたというシンプルな内容は、確かに真っすぐに視聴者へ阿蘇の魅力を伝えてくれているのかもしれない。
東京でも4回目の緊急事態宣言が解除された今、旅行や遠出はまだ少し行きづらいが、今後の計画を立てる際に候補の1つに入れてみるのはどうだろうか。このように素敵な思い出が胸に刻まれるかもしれない。