安倍首相の一斉休校の要請から3週間がたった。教育委員会や学校現場は感染予防や休校の対応に追われているのだが、保護者からは「子どもが学校に来ないので先生方は暇なはず」とばかりに、様々な苦言や依頼があるという。なかには「本来子どもは家にいるべきなのに公園で遊んでいる。学校の指導はどうなっているか」「家にこもるのは限界、親子共々ストレスが溜まっている。どうにかならないか」「学校を再開している自治体もある。再開に努めて欲しい」といったものもある。 これまで「学校は世間知らず」とよく言われてきたが、実は「世間も学校知らず」といえる。
休校中の学校現場で何が行われているかを埼玉県戸田市で取材した。

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「先生は子どもがいなければやることがない?」

市立戸田第二小学校の小高美恵子校長は開口一番、「学校の先生は子どもがいなければやることないだろうと、世の中は思っているんですか?」と苦笑しながら語った。
「いまは年度末なので、成績処理など個人情報を扱ううえで最もコアな期間です。ですからテレワークはできませんし、学校でしかできない仕事ばかりです。物理的な忙しさだけでなく、『自分が感染者や濃厚接触者になったら、仕事ができなくなる』という心的ストレスもあります」

実は戸田第二小学校では、1月下旬頃から新型コロナウイルスの感染拡大に備えていた。これは小高校長の新型インフルエンザ時の経験からだったという。
「話題になりだした頃から、先生たちには『いつ休校になるかわからないから、なるべく早く授業を進めておくように』と伝えました。新型インフルエンザの時は、クラスで3人感染すれば学級閉鎖、さらに学年、学校の閉鎖が相次いで、その分の授業時間を確保するために大変でした。特に今回は学年末なので、先生には『とにかく履修漏れがないよう進めてください』とせかしていましたね」

戸田市立戸田第二小学校 小高美恵子校長
戸田市立戸田第二小学校 小高美恵子校長

「遠隔で子どものために何ができるか」

今回の事態を通じて、先生たちにはある変化があったと小高校長は言う。
「こうした事態が今後もいつ起こるかわからない。ですから先生たちはICTの必要性を切実に感じ、『遠隔で子どものために何ができるか』と自主的にオンラインの研修会を行っています。またPBL(Project Based Learning=社会課題を見つけて解決する学習)を学校でもっと進めれば、子どもは家庭でもPBLをできるようになると考えています。社会課題はどこにでもありますから」

今回の休校措置で最も深刻なのが、休校による児童生徒の学習の遅れと学力格差の拡大をどうするかである。4月16日に予定されていた全国学力テストも延期になった。戸田市教育委員会の戸ヶ崎勤教育長は言う。
「オンライン学習などで日々黙々と学んでいる子と、ゲーム三昧などで全く学習をしていない子との学力格差が広がる、ということに危機感をもっており、何かできることはないかと日々悩み模索しています」

教育の遅れに危機感を覚える一部自治体では、すでに学校を再開しているところもある。しかし戸田市の場合、市内に感染者が確認されておりそう簡単にはいかない。
「再開をしても保護者からの反発は少ないと思います。しかし感染リスクを考えると踏み込めません。万が一教室で子どもを感染させ、クラスターが発生したらどうなるかと」(戸ヶ崎氏)

オンラインに踏み切れない日本の学校

今回の休校措置の中で注目されているのがオンライン学習だ。戸田市は全国の中でもICTが充実した自治体の一つである。しかし、その戸田市であってもオンライン学習になかなか踏み切れない現状があると戸ヶ崎氏は語る。
「海外の学校では、授業や補習をいち早くオンラインに切り替え、ネットを介して教師とやりとりするビデオチャットで体育の授業までやっているようです。学校は閉ざしても学びは中断させないという信念に感心させられました。その一方で日本の学校は一部の高校や私学を除き、多くの子供たちが先生の指導を受けられないまま自習を余儀なくされています」

一方戸田市には、様々な企業等からオンラインに関するソフト・ハードの実証研究の依頼がきている。
「指導主事や教職員向けのものであれば大歓迎ですが、この時期に一部の子どもや学校だけで始めるわけにはいきません。公平性を担保する必要があります。WiFi環境がありタブレットやPCのある家庭は予想外に少ない実情にあります。今回を契機にGIGAスクール構想の加速化と、『ランドセルよりもタブレット』が早く実現することを強く願っています」(戸ヶ崎氏)

コロナを学力低下の言い訳にしてはいけない

来月から小学校ではプログラミングや英語教育が始まる。戸田市ではすでに英語特区として長年にわたり小学校の英語教育を本格的に実施しており、プログラミング学習も活発だ。しかしほかの自治体ではどうだろうか。
「確かにいまは教育改革どころでないところも多いと思います。一方で準備ができない言い訳をコロナウイルスのせいにすることはあってはならないと思います。コロナウイルスが学力低下の隠れ蓑になる可能性を危惧しています」(戸ヶ崎氏)

4月には始業式や入学式が控え、学校の再開や多くの行事等の対応に、教育委員会や学校は頭を悩ませている。さらに5月になると修学旅行も本格化するし、小学校では運動会もある。修学旅行用の新幹線は数年前から決まっていて、延期となるとこの調整も大変だ。コロナ対応から学習指導、先々の学校行事まで、すでに教育現場はフル回転なのだ。

さらに学校では、児童生徒の生活指導や健康状態のチェックもしなければいけない。しかし家庭訪問を嫌う保護者、電話に出ない家庭もある。連絡一つするにしても先生は相当な気を遣うのだ。だからといって先生から、「それくらい家庭にやってもらわないと」とは言えない。学校に過度に依存せず、まずは各家庭で子どものケアをすることが、新型コロナウイルスから子どもを守り、学びを止めないための第一歩なのだ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。