”街のシンボル”から”無駄遣いの象徴”へ

中国の内陸部に位置する湖北省・荊州(けいしゅう)。日本人にもおなじみ三国志の時代は軍事的な重要拠点として知られ、長年にわたって魏・呉・蜀の三国が争奪戦を繰り広げた場所である。

ここを約10年間おさめ、人柄と業績で今も現地の人々に愛されているのは蜀の武将・関羽。「勇敢・仁義・忠義」の精神や関連エピソードは1800年後の今も現地の人々の語り草となっている。

地元の景勝地に設置されている関羽像
地元の景勝地に設置されている関羽像
この記事の画像(8枚)

その荊州に巨大な関羽像が登場したのは2016年のこと。ご当地ゆかりの英雄にあやかり地元振興と観光誘致をはかるのが目的だったという。高さは57メートルあまりで日本のマンションの19階に相当し、建設に費やされた公金はおよそ28億円。我々日本人からすると「大きさ」も「コスト」も桁違いで、文字通りのビッグプロジェクトだった。

しかし期待の巨大像に一転して影がさす。登場から4年目の2020年秋のことだ。突如、当局が「違法建築」と認定し、2021年8月27日からは移転を前提にした解体作業が始まったという。

街のシンボルがなぜ違法建築に?そして、今、荊州では何がおきているのだろうか?その疑問を探るべく現地取材に向かった。

解体工事が始まる前の関羽像(中国のSNSより)
解体工事が始まる前の関羽像(中国のSNSより)

関羽像がなぜ「違法建築」に

関羽像が「違法建築」と認定された原因は、歴史文化の保護地区内に建設されたことにある。
保護地区は地元政府が設定しているもので、“関羽像公園”の北側にもともとあった古い城を中心に、周辺300メートルがその範囲に含まれる。

保護地区内にある場所では建物の高さは24メートルまでに制限されていた。そこに高さ57メートルの関羽像が建てられたことになる。そもそも2倍以上の高さの像を建設することになるわけで、違法性は作る前から分かっていたことなのではないのか?

当局に責任者のインタビューを申し入れたところ、「現在は国の指導のもと、解体作業にあたっているため個別の取材には応じられない」との回答だった。

”関羽像公園”北側にある古い城
”関羽像公園”北側にある古い城

また像がある施設は営業停止になっていて、像の近くまで行くことはできなかったが、現地取材をした9月上旬段階で、関羽像の頭の部分と肩の一部が取り外されていた。当局によると、この像は身体の部分によって形に違いはあるものの、およそ3メートル四方の青銅製の板を大量につなぎあわせて表面が形作られているとのこと。

現地ではその板と内部の骨組みなどをつなぐ溶接を外し、1枚1枚、慎重に大型クレーンで地上におろす作業が行われている。解体には少なくも2か月がかかるというが、これにまつわる追加費用が第2の火種となっている。

9月上旬の段階で頭と肩の一部は解体されていた
9月上旬の段階で頭と肩の一部は解体されていた

“消えた50億円”に市民の反応は?

像の解体と移転などの関連で、さらに25億円ほどの追加支出が発生するというのだ。およそ28億円の建設コストと足し合わせると53億円近くの公金が投入されることに。

中国メディアによると、現在、営業停止になっている“関羽像公園”のこれまでの収入は2億円程度とのことで、差し引き50億円以上の公金が浪費される格好だ。

これには、関羽を愛してやまない荊州市民もさすがに黙ってはいない。今回、インタビュー取材を受けてくれた市民は全員「公金の無駄遣い」と口にし、中には「移転などの費用は、市民のために使われるべきものだ!」と、はっきりと怒りをぶちまける人もいたほどだった。

一般市民からは批判や怒りの声が噴出
一般市民からは批判や怒りの声が噴出

警戒モードの中国当局

市民からの批判がヒートアップする中、この問題に対し地元当局が敏感になっていることを示す出来事に我々取材陣も直面した。現地入り2日目の早朝、宿泊先ホテルに突如、地元当局者があらわれ取材への同行を求めてきたのだ。現れたのは外国人に対応する部門の担当者ら二人で、同行する理由は「安心して取材をしてもうため」などと語った。

事実、中国で外国メディアが取材をしていると現地の人が騒ぎ出し、トラブルのリスクにさらされることがある。この日も、無駄遣い批判の高まりでナーバスになっているとみられる解体工事の関係者らから何度かクレームを入れられそうになったが、同行していた当局の担当者が対応。“安心”という言葉に一定の真実味はあった。

しかし一方で、違法建築の認定に至った経緯など市民の怒りの本質に関わる部分や当局が批判にさらされる可能性がある取材について積極的な対応はなかった。

また、この日取材に応じた地元の土産店の女性が、撮影カメラの後ろで聞き耳をたてる当局者の様子をチラチラとうかがいながらインタビューに答えていたのが印象的だった。同行にあたって「自由に取材をしてもらっていい」との発言もあったが、我々が考える自由と、彼らがいう自由には“隔たり”があることを改めて痛感させられた。

地元政府関係者(左側2人)が記者に最初に接触してきたのは「朝食会場」だった
地元政府関係者(左側2人)が記者に最初に接触してきたのは「朝食会場」だった

関羽像は解体後何処へ・・・

では、英雄のシンボルから一転して無駄遣いの象徴になってしまった関羽像は、解体後、一体どこに移築されるのだろうか?当局者に案内された「候補地」は、現在、関羽像がある市の中心部から西へおよそ4キロ離れた郊外の地区だった。

計画未承認の段階だからか像が移転されるという場所自体はまだ荒れ地の状態だったが、歴史文化の保護地区ではないので建築物の高さに制限はないという。またこの計画が承認されれば周辺の再開発が本格化し、像の移転予定地の真横にある街の人たちは別の場所に立ち退くことになるだろうとのこと。

そこで街の人たちに話を聞こうとしたが、当局者は「まだ候補地の1つにすぎず、人々は計画を知らない」と取材を制するような反応をした。しかし、我々が別の機会に改めて聞き取りをしたところ、これに応じた地元の人は「計画があることはすでに知っているが、立ち退きのことは聞いてない」と語り、複雑な様子だった。

関羽像の移転計画がある”候補地”
関羽像の移転計画がある”候補地”

一連の騒動を中国メディアが一斉に報じた後の9月6日に、中国共産党の汚職摘発機関は「巨大像の教訓は深刻」と題する文章を公表。

「問題の像がどのようにして地元の規制当局の目を盗んで建てられたのか不思議でならない。地元政府は法令に則って権力を行使したのか?監督者は責任を果たしているのか?」などと、怒りの矛先を“地元”に向けるような批判を展開した。

地元政府が、“中央”と市民の批判の間で、いわば板挟みになる中、“消えた50億円”をめぐる騒動の行方からは今後も目が離せない。

【執筆:FNN上海支局長 森雅章】

森雅章
森雅章

FNN上海支局長 20代・報道記者 30代・営業でセールスマン 40代で人生初海外駐在 趣味はフルマラソン出走