大学野球には、「プロ野球選手になる」という子供の頃からの夢を叶えようとする人もいれば、「ただ真剣に野球がしたい」という思いで、プレーに励む人もいる。

名古屋工業大学、硬式野球部・加藤文彦さんは、「出来なかったことを少しでも出来る自分になっていこう」と入部を決めた一人だ。

彼の年齢は、58歳だ。

何歳からでも、夢は追える

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「残り少ない人生で、硬式野球というカテゴリーで頑張ってみたいという気持ちがわき上がってきましたので、今この場所に立っています」

そう話す加藤さんは、地元・岐阜の役場で勤務する傍ら、2020年に名古屋工業大学に入学した。

この年で再び野球を始めた理由は、子供の頃のある経験が関係していた。

「私はもともと吃音(きつおん)で…」

幼少期から発話障害である吃音に悩まされていた加藤さんは、中学の野球部内でうまくコミュニケーションが取れず、中学2年生で野球から離れたという。

それでも、「どこかに硬式野球をやりたいという潜在意識がありまして、夢に向かって日々挑戦する」と話す加藤さん。何歳からでも、夢は追える。そんな思いで大学に入学し、40歳近く離れた仲間とともに日々鍛錬を積んでいる。

ギャップを埋める“熱い気持ち”

「体力的な面でも、数段レベルが違うことは自覚しました。柔軟の後のダッシュでは、1メートルかそれ以上離されますが、年齢を理由にしてしまっては、それ以上の向上はありませんので、空いた時間を利用して、若い人たちとの差を年齢のせいにしないで埋めようと努力しています」

昼間は役場で働いているため、雨に日以外は4時半に起床。近くの公園をランニングをして、5分前に職場の席に着くという生活を送っている。昼休みには、近所にある1周950メートルの山を45分間くらいランニングして、体力の向上を図っている。

ただ、若いチームメートとの会話ではジェネレーションギャップを感じることもあるという。加藤さんが口にする怪物・江川卓や王貞治などの話は、チームメートにとってはタレントだと思われてしまうというのだ。

そんな加藤さんのことをチームメートは、「昭和のぼけ?わからないネタでぼけてくるのでたまについて行けないんですけど(笑)、すごく野球に熱い方でかっこいいなぁって」と認めている。

背番号「89」に込めた思い

親子ほど年の離れた選手たちに刺激を与えた、夢を追いかけるその姿。
自ら選んだ背番号「89」には、次のような彼の思いが凝縮されていた。

「四苦八苦という言葉があると思うんですけど、その八つの苦悩です。

いろいろ人生を経験してきて苦しいこともたくさんありました。これからも苦しいことがたくさんあるかもしれませんけど、社会だとかそういう人のせいにせずに、自分が絶えず挑戦して、昨日出来なかったことを今日できるようになる、そういうことを目標にして、常にチャレンジするということですかね」

最後に加藤さんが描く「今の夢」を聞いた。

「3部から2部、2部から1部に行って、そこで優勝して、神宮の人工芝で、おもいっきり滑ってみたい。25人のベンチ入りメンバーに入って、代打でもいいので試合に出たいなと思います。一瞬のバッターボックスでの一球一球ですけどそれに備えていきたい」

オープン戦で9回2死から出場し、ヒットも打った加藤さん。

誰よりも早く練習に来て、人一番練習に励む加藤さんの「高い目標に向かって戦う姿勢」は、チームメイトにも影響を与えている。

「このチームで誰よりも努力していて、練習時間以外の努力がすごくて、自分たちも負けていられないと思って、練習に取り組んだりしてる」

そう話す40歳年下のチームメイトたちと、今日も練習に励む加藤さん。夢への挑戦はこれからも続いていく。