「びっくりした」
「そちらに振れて終わったか」。
菅首相が自民党総裁選への立候補見送りを表明した3日、霞が関や経済界に驚きの声が広がった。衝撃のニュースが駆け抜けるなか、素早い反応を見せたのが、株価だ。日経平均株価は、一時、前日比600円を超える値上がりとなった。

東京株式市場に「出馬見送り」が伝わったのは、午前の取引終了後だ。

先物主導で、値がさ株を中心に買い注文が一斉に入り、昼休みを終えての取引再開直後から、日経平均は急速に上げ幅を拡大した。

終値は2万9000円台を回復し、東証1部の売買代金も3兆2000億円を超えて、ともに2カ月ぶりの水準となった。相場を押し上げる材料となったのは、この先の政権運営が安定することへの期待感だ。

市場関係者からは「新しい総裁で衆院選を迎えたほうが、自民党主導の政権が維持されて政策の一貫性が保たれることにつながる」との声が聞かれたほか、「新たな内閣が大型の経済対策を打ち出すのでは」との思惑も広がった。

買い優勢の展開は週明けのきょうも続き、日経平均の上昇幅は500円を超えている。

2020年8月28日、安倍前首相が辞任の意向を示したときは、株価は急落し、下げ幅は一時600円を超えた。このときは、国内政治の先行き不透明感が強まったとして、幅広い銘柄に売り注文が広がる展開となったが、今回、市場は、首相の退陣を好感を持って受け止め、1年前とは反対の動きを見せている。

アベノミクスからスガノミクスヘ引き継がれたが・・・(2020年9月)
アベノミクスからスガノミクスヘ引き継がれたが・・・(2020年9月)
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感染抑制と経済活動の両立を目指したが…

新型コロナウイルスの感染が広がるなか、菅政権は、この1年間、感染抑制と経済活動の両立を目指してきた。

ワクチン接種を対策の柱として押し進めるとともに、東京オリンピック・パラリンピックの原則無観客での開催にこぎつけたが、国内景気を本格的な回復局面へとつなげられないまま、政権は幕引きを迎えることになった。

景況感の落ち込みをもたらした大きな要因は、緊急事態宣言発令が繰り返されたことだ。今年、東京では、1月から3月、4月から6月と発令され、7月から出された宣言は現在も継続している。この間、時短営業や飲食店などでの酒類の提供とりやめ、不要不急の外出自粛などが呼びかけられ、外食や小売業を中心に個人消費は低迷した。

また、感染者数増加で、2020年の年末には、観光需要回復の目玉だった「GoToトラベル事業」も停止に追い込まれ、旅行業界の収益に大きく響いた。

GoToトラベル全国一斉停止を発表する菅首相 
GoToトラベル全国一斉停止を発表する菅首相 

欧米と比べ鮮明になった景気回復の遅れ

日本の経済規模を示すGDP=国内総生産は、直近の2021年4~6月期で、実質・前期比年率1.3%のプラスと、小幅な成長にどとまっている。GDPの半分以上を占める個人消費の増加幅が0.8%と力強さを欠き、全体の伸びを鈍らせた。

接種で先行したアメリカが前期比年率6.6%のプラス、ユーロ圏が8.2%のプラスと、経済再開による改善ぶりを見せたのと比べると、景気持ち直しの遅れが浮き彫りとなった形だ。

日本のGDP実額は約539兆円と、コロナ禍前の2019年10~12月期の約547兆円を、8兆円下回っている。

財務省の法人企業統計調査では、飲食サービス業と宿泊業の経常利益は、6四半期連続で赤字に陥った状態が続いているほか、東京商工リサーチによると、新型コロナ関連の経営破たんは8月末時点で、あわせて2000件に達した。

経済財政運営の手腕が問われる次期政権

菅政権は、看板政策に掲げた携帯電話料金の値下げのほか、最低賃金の引き上げなどでは、一定の成果を示したが、景気が落ち込んだままでは、賃金の増加が家計による消費増につながっていく好循環の実現は程遠い。

「行政のデジタル化」も、要となる「デジタル庁」が、2021年月9月1日に発足にこぎつけたばかりで、システムの効率化やマイナンバーの活用など、改革の取り組みはこれからだ。

「デジタル庁」発足 600人体制で9月1日から業務を開始
「デジタル庁」発足 600人体制で9月1日から業務を開始

「脱炭素化」でも、菅首相が表明した「2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする社会の実現」に向けては、太陽光など再生可能エネルギーを最大限活用するための具体策づくりが急務となる。

積み残された課題に向き合うとともに、医療のひっ迫とデルタ株の広がりという不安要因に直面する国内景気を回復軌道にのせていくことができるのか。

自民党総裁選を経て発足する次期政権は、難題が山積する経済財政運営での手腕が直ちに問われることになる。

【執筆:フジテレビ 経済部長兼解説委員 智田裕一】

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員