アメリカ・ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事が10日、辞意を表明した。元部下などの11人の女性に対するセクハラ言動の数々が、州司法当局に「認定」されたことを受けての決断だ。

一年前はニューヨーカーの“精神的支柱”といわれるほどの存在だった人気者の辞任劇について、ニューヨーク・タイムズ紙は「現代のアメリカの政治において、最も驚くべき転落のひとつ」と評した。

支持は失ったが、辞任表明ではお馴染みの「クオモ節」が炸裂。パンデミックの最中、クオモ氏は連日の会見で「クオモ節」を披露し、苦境にあえぐ人々の心をつかんでいた。その特徴と日本のリーダーたちの会見とを比較し、何が同じで何が違うのかを考えてみたい。

辞任表明会見でも「クオモ節」が炸裂した
辞任表明会見でも「クオモ節」が炸裂した
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クオモ会見はニューヨーカーの“ルーティン”だった

2020年春のニューヨークは、世界的に見ても、新型コロナウイルス感染の中心地のひとつだった。そんなパンデミックの渦中にある地域のトップが、その当時はアイドル的ともいえるほどの人気を博していた。

「クオモを大統領に!」と書かれたTシャツがネット販売され、クオモ知事を褒めたたえた替え歌までYouTubeに登場。人気の理由は、毎日11時半前後から生中継・生配信されていたクオモ知事の会見にある。

実際、私の友人(女性)も、当時は「毎日会見を見るのがルーティンになっていて、お昼になると、“クオモ・アワー”よ。私の周りの女性は皆、そのリーダーシップに、恋に落ちている」と話してくれた(今は違うと言っていたが)。

2020年春、ネット通販サイトには「クオモTシャツ」が並んだ
2020年春、ネット通販サイトには「クオモTシャツ」が並んだ

自治体や政治家の定例会見は日本でも行われているが、普通であれば感染が拡大している国や地域では、リーダーは批判され、支持率が下がるのが自然な流れだ。クオモ知事の場合は、なぜ逆の現象が起きたのか。

1年半、クオモ知事の記者会見を聞き続けた筆者は、“クオモ語録“に注目した。その特徴はこの3つだ。

1.「なりふり構わぬ姿勢」、2.「毎日の会見と“家族愛”アピール」、そして3.「アンチ・トランプで結束」だ。ニューヨーカーはクオモ語録の何に心をつかまれたのだろうか。

病床と人工呼吸器の確保に「なりふり構わぬ姿勢」

まずはコロナ対応だが、クオモ氏は仮設病院と病床を「すぐ作る」ことを明言し、実行した。市が主導したものを含めると、セントラル・パーク、大型コンベンションセンター、全米オープンテニスの会場など、あらゆる場所に病床を作った。

そしてコロナ患者への対応を優先するため、緊急でない手術の延期などについても素早い対応を取った印象だ。記憶に残っている“クオモ節”の1つがこれだ。
「人工呼吸器、人工呼吸器、人工呼吸器!」
「検査、検査、検査!」

確かに人工呼吸器を直接中国から確保するなど、対応はとっていた。しかし、それだけではなく、今足りないもの、拡充すべき対応を3回大声で繰り返し、口に出すことで、リーダーシップをアピールしたのだ。感染の急拡大で医療崩壊が生じ、命の選別など緊急事態が繰り広げられる中で、人々の不安を少しでも払拭しようとする狙いもあったのだろう。

毎日の「クオモ・アワー」で家族愛アピール

クオモ知事は“華麗なる一族”の一員でもある。父親のマリオ氏もかつてニューヨーク知事を務めたことから、息子のクオモ知事は定例会見で、しばしばこんな言葉を口にした。
「自分の父親だったら、この危機に、どう政治的な決断をしていただろうか。それを考えながら仕事をしているんだ」

弟はCNNのキャスター、クリス・クオモ氏。第一波のさなかコロナに感染し、自宅で隔離中になんと、知事である兄の記者会見の途中にオンラインで参加。隔離生活について兄が質問し、弟が答えていた。クオモ知事は、「感染者の隔離徹底」を州民に伝えたかったのだと思うが、ジャーナリストであるクリス氏が、家族とは言え政治家の公式記者会見に参加してともにメッセージを発する場面は、日本ではちょっと想像しづらい。

さらに母親も会見に登場する。5月の母の日の前にはオンラインで登場した母親のマチルダさんに、「ママ愛しているよ」と呼びかけながら、親子の会話を披露。州民に「お母さんに会いたいと思うだろうが、今は我慢だ」と訴えた。

母・マチルダさんは会見にたびたび登場しただけでなく、“大切な高齢者を守るために自粛を呼びかけるルール”が、マチルダさんの名前を冠した「マチルダ・ロー」と命名されたりもした。

日本で政治家やリーダーがこれをやったら「公私混同では?」と受けとられるかもしれない。しかし、前述した「毎日クオモ会見を見ていた」という女性の友人は、「家族のことを会見で話すことで、彼がとても人間的に見える」と評価していた。彼女を含め、多くのニューヨーカーが仕事が減ったり、家族になかなか会えない中で、クオモ節は“人間らしさ”や“家庭を大切にする優しく強い男性”のイメージ形成につながり、それが人気上昇の一助となったのだ。

現在は、そんな好印象は消え去り、「セクハラ」のイメージが定着してしまったクオモ氏だが、辞任を表明した10日のスピーチでも、自身の娘たちへのメッセージで締めくくっている。

「私は決して女性たちを意図的に失礼な態度で接したりしていないと、娘たちにはわかってほしい。娘たちよ、パパは間違いを犯し、謝罪をし、そこから学んだ。これが人生だ」

クオモ知事はセクハラ被害を訴える女性たちに謝罪はしているものの、セクハラの意図はなかったと繰り返し主張している。辞任表明の場で、最後にもう一度家族を持ち出して訴えていたのだが、果たして再び「強く優しい父親像」を思い起こした市民はどれだけいただろうか。

トランプ氏との大ゲンカ「政治を持ち込むな」

2020年、クオモ人気を押し上げたもう一つの理由が、トランプ前大統領への批判だったように思う。民主党のクオモ氏は、トランプ氏を舌鋒を鋭く批判することで、民主党支持者が多いニューヨークでは共感を得られる。たとえば、こんなことがあった。

2020年4月、経済再開を急ぎたいトランプ大統領(当時)は、「経済再開をするかどうかの決定権は大統領である私にある」と発言。これをうけてクオモ知事は会見時間の多くを使って、拙速に経済再開すれば感染拡大が再び広がると猛反対した。「全ての権限がある、というのは王様が言うことだ!アメリカに王様はいらない、国民は王様を必要としていない」。大統領選挙イヤーだったこともあり、両者の舌戦は熾烈を極めた。

クオモ氏は折に触れ「コロナ対策は政治ではない。政治ゲームを持ち込むことはやめよう」と繰り返していた。実際にデータに基づくプレゼンをする場面もあったとは思うが、敵対するトランプ氏とのバトルは、政治的にはクオモ氏に有利に作用していたのではないかとも思う。

この「政治ゲームを持ち込むのはやめよう」は、クオモ氏がよく使う言葉の1つだったが、10日の辞任表明スピーチでも出てきた。セクハラ疑惑浮上について、「議論は政治的な動機によるもので不公平だ」と主張したのだ。日本の辞任・謝罪会見では想像しづらいところがあるが、この一言こそが、今回のスピーチで一番“本音”に近いもののように聞こえた。

女性らに対し謝罪しながらも、ハラスメントの意図を否定したクオモ知事。「私が十分に理解していなかった世代や文化の変化があった」との発言は、日本のハラスメント謝罪会見と変わらない釈明だ。

一方で、15ヵ月前にはヒーローの言葉だった「クオモ節」の数々、この謝罪・辞任スピーチの中でも多用するというのは、強気なのか、将来に復活の可能性もあると見込んでいるのか、もしくは自身が守りたかったプライドなのか…その真意は不明だ。

しかし、一部の女性は刑事告訴にも踏み切っているため、今後も引き続き厳しい目が向けられることになるだろう。

【執筆:FNNニューヨーク支局 中川眞理子】