裏切られた“シナリオ” バイデン大統領のサプライズ

その15分は悩める首相にとって心温まる時間になったのかもしれない。

8月10日午前8時30分、菅首相は日課としている公邸内での散歩を普段よりも短く切り上げ、米バイデン大統領との電話会談に臨んだ。

日本政府側は会談の冒頭で、東京五輪の成功に対してバイデン大統領から祝意が伝達されるシナリオを想定していた。ところが、このシナリオは大統領が用意したサプライズで裏切られることになる。

電話首脳会談に現れたのは…

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「ご機嫌いかがですか、首相?」電話口に現れたのはジル・バイデン大統領夫人だった。

これには菅首相を始め電話会談に同席した官邸・外務省の幹部らは驚きを隠せなかった。
電話とは言え首脳会談に夫人が同席するのは極めてまれなことだったからだ。

電話首脳会談に同席したジル夫人は東京五輪の開会式に出席するため7月22日に来日。その際、日本政府も大統領並みの厚遇で迎え、東京・赤坂の迎賓館では菅首相夫妻と夕食をともにし、23日には開会式に先立って迎賓館で真理子夫人と懇談。皇居では天皇陛下への面会を行っていた。

訪日中のこうした出来事を踏まえてジル夫人は、日本側のおもてなしに感謝の意を表し、「首相夫妻との生涯続く友情が育まれた」と電話首脳会談に際して菅首相に伝えたのである。

サプライズ実現の裏側は

政府関係者によると、このサプライズ電話会談が実現した背景には、ジル夫人が大統領に対して菅首相への感謝の意を電話で伝えたいと提案したこともあるという。妻からの提案に夫のバイデン大統領も共感、「生涯の友人関係」とのメッセージを菅首相に伝えると共に、自身に代わって訪日した妻に対するおもてなしに、感謝と御礼を伝えたのだった。

官邸幹部は「日米のトップリーダーが夫婦で親密な関係を構築できた意義は大きい」と語る。

実は電話会談の前にもこれを象徴する出来事があった。今月8日、バイデン大統領は東京五輪閉幕を受けて米選手団に電話で祝意を贈る際、「「生涯の友人」として紹介する一幕があった。

THE PRESIDENT:  And, by the way, the Japanese Prime Minister is a very smart guy.  He’s a friend.  I know him.  But he asked Jill to come and represent the country —

THE PRESIDENT:  — not me.  So, you know, he really knows what he’s doing.  He knows how to get things done.

(バイデン大統領:「日本の総理はとても頭の良い人だ。彼は私の友人だ。ジルに国を代表して日本に来てくれと彼が言ってくれたんだ、私じゃなくてね。彼はどうすれば物事がうまく行くかを分かっている」)

これについて政府関係者は「米選手団に開催国の首相を紹介するのは異例のこと。首脳による電話会談を踏まえても首脳同士だけではなく夫妻も含めた家族ぐるみの信頼関係を構築できている」と評価する。

政府関係者「菅首相らしいが、もったいない」

一方の菅首相は周囲の評価は気にもとめず「電話会談にはジル夫人もご同席されご夫妻とお話をしました。お二方から『東京大会については素晴らしい成功を収めた。日本政府また国民に祝意を表したい』そうした内容のお話を頂戴した」と、淡々と電話会談の成果をぶら下がり会見で発表した。

政府関係者は「あれだけ会談の雰囲気が良かったのにそれを周囲に見せないのが菅首相らしいと言えばらしいが、もったいない」と振り返る。

報道各社の世論調査では支持率が低迷し、緊急事態宣言を発令しても新型コロナの感染拡大は収まらず、苦悩の日々が続く菅首相。周辺からは最近「疲れているようだ」との声も聞こえてくる。そんな菅首相は、来月末に任期満了に伴う総裁選、そして解散総選挙に臨むこととなる。米大統領夫妻も「生涯の友」である菅首相の今後を大いに気にかけていることだろう。

(フジテレビ政治部 千田淳一)

千田淳一
千田淳一

FNNワシントン支局長。
1974年岩手県生まれ。福島テレビ・報道番組キャスター、県政キャップ、編集長を務めた。東日本大震災の発災後には、福島第一原発事故の現地取材・報道を指揮する。
フジテレビ入社後には熊本地震を現地取材したほか、報道局政治部への配属以降は、菅官房長官担当を始め、首相官邸、自民党担当、野党キャップなどを担当する。
記者歴は25年。2022年からワシントン支局長。現在は2024年米国大統領選挙に向けた取材や、中国の影響力が強まる国際社会情勢の分析や、安全保障政策などをフィールドワークにしている。