「人前で話すことが苦手」「周りの目が気になる」「集中したいのに気が散っちゃう」「自分がブレちゃう」そんな思いを抱いている人も多いはず。

こうした悩みを解決しようとすると「頑張りすぎて悩みがかえって深まる」と進化心理学者で明治大学情報コミュニケーション学部の石川幹人教授は言う。

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ネガティブな気持ちや悩みを生物学的な視点で吹き飛ばしてしまう『生物学的に、しょうがない!』(サンマーク出版)の著者である石川教授は、著書で “頑張ってもしょうがないこと”の代表的な51項目を紹介している。

なぜ、生物学的にしょうがないのか。「頑張ってもしょうがないこと」と「頑張ればどうにかなること」の見極めなどを教えてもらった。

オオカミに襲われるかもしれない?

まずは、著書の中で取り上げられた事例をピックアップし、生物学的にしょうがない理由を見ていく。

冒頭に挙げた悩みは生物学的に抗えないことであり、掘り下げていくと人間が生物として持っている遺伝子に刻まれたプログラムが原因だと石川教授は考えている。

進化心理学者、明治大学情報コミュニケーション学部の石川幹人教授
進化心理学者、明治大学情報コミュニケーション学部の石川幹人教授

人前で話をすること、授業や会議で名指しされると嫌な気持ちになる時がある。そんな人前で発言することが苦手な人は、「オオカミなどの捕食者がいるかもしれない」と身構えてしまうからだそう。

例えば、高校の教室はよく知る仲間の集まりであるため、身の危険を感じることは少ない。しかし、大学の不特定多数の人が集まる場所は、どこにオオカミが隠れているかわからず、警戒心が高まる。

実際にオオカミがいて攻撃されることはないが、知らない人が多くいる場所で発言して注目を浴びると、潜んでいるオオカミににらまれた感覚を持ってしまうのだ。

狩猟採集時代の人類は100人程度の小集団で協力的な関係を築き、メンバーは一蓮托生で、オオカミなどをいち早く見つけることで生き延びてきた。危険を察知する感覚が遺伝子に根付いているからこそ、私たちは“警戒心”が先行してしまう。「人前で話すことが苦手」なのもしょうがないことなのだ。

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一方、人前で話すことを得意とする人は見知らぬ人への警戒心が弱いか、人前で話すことに慣れた人。もし、克服したい場合は場数を踏んで、自信をつけ、慣れていくしかないという。

石川教授の考えでは「周りの目が気になってしまう」ことも、狩猟採集時代の環境から生まれたものだと言えるそう。

狩猟採集時代、協力関係を築く集団で食べ物などは公平な分配が行われていた。それでも採取した木の実を分配前にもらう掟破りもいたはず。掟破りを防止するため、仲間の目がその役割を果たしていた。

こうした環境から、周りの目を気にする意識が人に生まれた。もちろん、根っからの道徳的な人も「人から疑われたくない」との気持ちで人の目を気にしてしまうのだそう。

カギは狩猟採集時代

約300万年前から数万年前まで続いた狩猟採集時代。

人間の「生物学的にしょうがない」部分は、この時代に作り上げられたと考えられると石川教授は言う。

「人間の身体、心、脳などが狩猟採集時代に合わせて形成されました。狩猟採集時代に合わせて作られているため、今の時代では不和が生まれてしまっているんです」

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「気が散ってしまい集中できない」ことも理由を聞くと納得できる。気が散るとは、集中すべきものとは別のことに気持ちが奪われ、注意散漫になっていることだが、狩猟採集時代に身を守るすべでもあった。

狩りや木の実の採取に集中してしまうと、身近に潜む猛獣などに気付かずに餌食になってしまう恐れも。現代では否定的に思われがちな注意散漫。狩猟採集時代では“命を守る”という、大事なことに気付いたときに、思考を切り替えるための自然な仕組みだった。

現代社会で仕事や勉強に集中できずに気が散るのは、より大事なことに気付いてしまったがための現象。それでも仕事や勉強に集中したいときは、“より大事なことが仕事や勉強”と考えられるようになることが必要だという。

人間って矛盾していて複雑だ

「生物学的に、しょうがない」部分は、一貫性があるわけではなく、人間は複雑で矛盾しているということもわかる。

例えば、石川教授は著書で「後悔してしまう」ことも、「期間限定に目がない」ことも生物学的にしょうがないと述べている。

動物よりも過去の体験を多く覚えられる人間は、狩猟採集の失敗を後悔したからこそ、その後の行動の成功率が上がった。後悔したときの“嫌な感じ”は、より過去の体験を覚えていられるからだという。

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期間限定のスイーツや特典に飛びついてしまう行動の根本は、過酷な自然環境で生活していた狩猟採集時代、いつ死んでしまうかわからない未来よりも今が大事だったから。

人間は動物と異なり将来を考えられるが、現在と将来を比較するのは上手ではないという。例えば、高校生が部活に打ち込むか、受験勉強をするかの悩みや、期間限定の商品を買うか買わないかの迷いも同じ現象だそう。

この悩みに解決策はなく、適度に今を楽しみ、将来への備えをしておくのがベストだと石川教授は言う。

後悔は成功率を上げる未来のため、期間限定が気になるのは今が大事だから。相反する感情を持つ人間は、矛盾していて複雑であるため、「自分が揺らいじゃう」のもしょうがないことだと石川教授は考えている。

「私たちは自覚している自分を、自分だと思いがちです。それが全てだと思ってしまう。自覚している部分だけでなく、自分の中で発動する心の動きすべてが自分だと思うこと。そして、矛盾した心の動きがあると意識すべきなのです。人はさまざまな刺激によって心が作動するので、矛盾しているのが当たり前です」

自分の行動に一貫性を求めてしまうことも、狩猟採集時代に集団で生活する上で心掛けなければならないことだったからだ。

石川教授は「例えば、狩猟ではやり投げが得意な人に任せる分業制で責任を持たせる仕組みがありました。その人が責任を持ち、与えられたことを追求してくれないと狩りが難しくなるなど、集団が困るようになります。役割を与えられた人も集団に認めてもらおうと、一貫性を貫いたため、自分の揺らぎを感じると不安になるようになったんです」と解説。

狩猟採集時代は集団で生きてきたため、簡単に一貫性が確立できた。現代社会は所属する集団も増え、社会は複雑化し、一貫性を貫くことは難しい。

「今は集団によって顔を使い分けている人もいます。両方を見た人から“お前らしくない”と言われてしまうこともありますが、それでいいんです」と石川教授。

現代社会において、与えられた仕事で責任を果たすことは大切だが、狩猟採集時代の名残である一貫性をもはや持たない現代的な「揺らぐ自分」は当たり前なのだという。

「努力」の方向性を間違えないこと

最後に、「頑張ってもしょうがないこと」と「頑張ればなんとかなりそう」をどう見極めればいいのかを教えてもらった。

そのポイントは「少しの挑戦」と「少しずつの継続」だと石川教授は言う。

「少しだけ挑戦して興味を持ったり、上手くいかなくても頑張りたいという気持ちになれば、もう少しだけやってみる。逆に上手くいかなかったら諦める。ある程度挑戦しないと見極められないのです。

加えて、継続も大切です。例えば、小さい頃に音楽を習って、すぐに才能が発揮される子と、大人になって才能が発揮される人もいるのです。小さい頃に諦めてしまうのももったいないこともあり、“頑張ればなんとかなりそう”の見極めは難しい」

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他人にできて、自分にできないことや、その逆があるのは当たり前。自分ができそうなこと、苦手なことを見つけて、できそうなことを努力していくことが大切なのだそう。

「努力の過程で、ストレスなどを感じてきたら諦めざるを得ません。挑戦しても伸びなかったり、自分に利点がなかったり、芽が出なそうになかったら違うことをやってみるのもいいと思います」

「努力すればできるかもしれない」と、ただがむしゃら突っ走るのではなく、長所を意識して的確に努力を続ける。著書では51項目の代表的な“できなくてもしょうがない”事象を取り上げているが、その中でも得意とするものがあれば、その人にとっての長所であり、個性なのだと石川教授は主張する。

そして「弱みや欠点、不得意なところも、強みになることもある」と石川教授。

「不得意なところをカバーしてみたり、代わりとなる得意なことを探してください。そこが大事です。もし、自分の欠点が生活する上で難しいものだったら、カバーの方法を考えたり、誰かに助けてもらったり、欠点を補うこともできます。『自分は人と違うことができる』『こっちの方が得意』と考えることが重要。みんな多様な個性を持っているので、隠れたところに得意なものがあると思います」

もし今、何か悩みを抱えていたり、モヤモヤした気持ちだったり、自分が嫌になっていたら、「生物学的にしょうがない!」と一度、ポジティブに諦めてみよう。そして、気持ちを切り替えて、「あ、でもこれは得意かも」と探してみることも大切なのかもしれない。

『生物学的に、しょうがない!』(サンマーク出版)
『生物学的に、しょうがない!』(サンマーク出版)

石川幹人
進化心理学者。明治大学情報コミュニケーション学部教授、博士(工学)。東京工業大学理学部応用物理学科(生物物理学)卒。松下通信工業株式会社(現パナソニックモバイルコミュニケーションズ)で映像情報システムの設計開発を手掛け、新世代コンピューター技術開発機構で人工知能研究に従事。専門は認知科学、遺伝子情報処理。主な著書に『職場のざんねんな人図鑑~やっかいなあの人の行動には、理由があった!』(技術評論社)『その悩み「9割が勘違い」科学的に不安は消せる』(KADOKAWA)ほか多数。

プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。