熱戦が繰り広げられている東京オリンピック。8月24日からはパラリンピックも開幕する。新型コロナウイルス対策による「前例のない」対応の連続だが、それによって、夢の舞台を諦めざるを得なかった、一人の女性パラリンピック・アスリートがいる。

パラ競泳のアメリカ代表で、視覚・聴覚に障害があるベッカ・メイヤーズ選手だ。

感染対策のため、来日するスタッフの人数を制限するという方針により、彼女にとっては「必要不可欠」な介助者の帯同が認められず、出場辞退を決断せざるを得なかった。選手本人への単独インタビューを通して、「コロナ禍のパラリンピックだからこそ必要」なサポートとは何なのか、考えてみたい。

3つの金メダルを獲得した強豪水泳選手の辞退

メイヤーズ選手:
こんにちは、日本のみなさんは東京オリンピック・パラリンピックを開催できることを誇りに思っていると思います!私は参加できずショックですがテレビで応援しています!


競泳のアメリカ代表だった、ベッカ・メイヤーズさん(26)は、インタビューの第一声で、こう明るく答えた。出場辞退でショックを受けているはずなのに、「日本のみなさんは開催を誇りに」とエールを送ったのだ。

インタビューを行ったのはオリンピック開会式前日の7月22日で、「辞任ドミノ」「醜聞続き」など、日本が祝福ムード一色ではないとの雰囲気を感じていた筆者は、彼女の言葉にはっとさせられる。「誇り」という言葉に東京パラリンピックへの出場を熱望するメイヤーズ選手の思いが込められていると感じたからだ。3年前の夏には、本人のインスタグラムにこんな動画メッセージを公開している。

メイヤーズ選手:
みなさんこんにちは!もう東京まであと2年(※延期決定の前)だなんて信じられません。東京はワクワクする街だから、日本文化を経験するのを楽しみにしています。東京、待っててね!(インスタグラムより)

東京パラリンピックへの意気込みを語るメイヤーズ選手(インスタグラムより)
東京パラリンピックへの意気込みを語るメイヤーズ選手(インスタグラムより)
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メイヤーズ選手はロンドン、リオのパラリンピック2大会に出場し、3つの金メダルを獲得した強豪選手だ。東京への切符をかけた代表選考会では400m自由形で1位。今大会でもメダルが期待されていたが、突然、出場辞退を発表した。その理由は・・・

メイヤーズ選手:
私は聴覚と視覚に障害があるので、外国に遠征に行くときはPCA(=Personal Care Assistant/個人介助アシスタント)が必要不可欠です。でも、米パラリンピック委員会は、私のPCAである母の同行を認めませんでした。私は自分の安全を守れるか不安に感じ、出場を辞退しました。

メイヤーズ選手と母親(インスタグラムより)
メイヤーズ選手と母親(インスタグラムより)

「PCAなしではもう遠征ができない」

パラリンピック選手にとってのPCAとは、どういう存在なのだろうか。

視覚・聴覚ともに障害のあるメイヤーズ選手によると、「たとえば、食堂に連れて行ってもらったり、バスターミナルや空港など目的の場所に行くときにサポートしてくれたり」。移動の安全を確保するために、欠かせない存在となっている。メイヤーズ選手の場合、母親がその役割を担ってきた。

ロンドン、リオ大会ではPCAの同行を必要としてこなかったが、年々、視力の悪化が進行し、リオ大会で「PCAなしではもう遠征ができない」と認識。翌2017年から米パラリンピック委員会はメイヤーズ選手のPCA帯同を認めてきたという。しかし、東京大会に向けては、「感染対策により、同行するスタッフの人数に制限をする」と説明され、PCAである母親の帯同は認められないと通告された。

コロナ禍だからこそ必要不可欠

しかし、メイヤーズ選手は、コロナ禍だからこそPCAの存在はより大きくなるはずだった、と話す。

メイヤーズ選手:
今回はマスク着用とソーシャルディスタンスが求められる大会です。私は聴覚に障害があるので、相手の言っていることを理解するのに“読唇”に頼っています。でもマスクをしていると口の動きが見えなくて、コミュニケーションの方法を失ってしまうから、PCAが隣にいることが必要。さらに、自分自身もマスクをすることによって、視界がより狭くなってしまうので、完全に孤独になってしまいます。だから選手村を歩くにも、PCAの腕をつかんでいないといけません。

FNNのインタビューを受けるメイヤーズ選手
FNNのインタビューを受けるメイヤーズ選手

マスク着用の環境だからこそ、もともと障害がある視覚・聴覚にさらに影響が出る。PCAなしでは「安全上の懸念」を感じざるを得ない。米パラリンピック委員会は、メイヤーズ選手ら34人の水泳選手に、PCAを「1人」つけることを決めたというが・・・

メイヤーズ選手:
34人の選手に対して1人のPCAなんて全く足りません。このうち私のほかに視覚障害がある選手8人がいて、何人かは、1対1のサポートが必要です。PCAはパラリンピック“成功の鍵”だと思います。

メイヤーズ選手のインスタグラムより
メイヤーズ選手のインスタグラムより

一連の対応はどのようにして決められたのか。FNNは米オリンピック・パラリンピック委員会にコメントを求めたが、返答がなかった。

しかし、同委員会はワシントン・ポスト紙の取材に対し「(東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は)日本政府の指示により、全体的な運営に関連する役割を担う不可欠なスタッフ以外のいかなる人員も入国を許可していません」とコメントを寄せている。

日米どちらの委員会が今回の決断をしたのかは定かではないが、結果的に、パラリンピック選手“個人”へのPCAは「必要不可欠」とは判断されなかったということになる。

声を上げるのは未来の選手のため

メイヤーズ選手は出場辞退を発表したSNSの声明で、強い言葉でこう綴っている。

「2021年にもなって、まだ私は障がい者の権利について戦っているの?声を上げているのは未来のパラリンピック選手が、私が感じた苦しみを味わってほしくないから。もう十分です」

(取材:ディエゴ・ベラスコ/執筆:中川真理子)

中川 眞理子
中川 眞理子

“ニュースの主人公”については、温度感を持ってお伝えできればと思います。
社会部警視庁クラブキャップ。
2023年春まで、FNNニューヨーク支局特派員として、米・大統領選、コロナ禍で分断する米国社会、人種問題などを取材。ウクライナ戦争なども現地リポート。
「プライムニュース・イブニング元フィールドキャスター」として全国の災害現場、米朝首脳会談など取材。警視庁、警察庁担当、拉致問題担当、厚労省担当を歴任。