6月、中国と北朝鮮の境界を取材した。

複数の街を訪れたが、一番印象に残っているのが中国に出稼ぎに来ている北朝鮮の若い女性たちである。北朝鮮労働者の受け入れは国連安保理の制裁決議で禁じられたが、制裁を逃れ今も中国に残っている労働者は少なくない。新型コロナウイルスで中朝境界が封鎖され、戻るに戻れなくなったケースも多いようだ。彼女らの本音と生活の一部をご紹介したい。

物怖じしない北朝鮮女性

場所は中国北東部にある延辺朝鮮族自治州・延吉にある中国式焼き鳥のレストラン。店内に10人ほどいた従業員はほぼ北朝鮮の女性だ。確かに顔立ちは中国人らしくない。いずれも20代とみられる。

清潔感あふれる店内 北朝鮮の女性店員に案内された
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その中の一人は私が日本人だとわかっても物怖じせず、積極的に話しかけてきたため、こちらもいろいろ聞いてみた。

やりとりは中国語である。

24歳だという彼女に知っている日本語を聞くと「とつげきー!」と答えた。幼少期、子供同士で遊ぶ際によく使ったそうだ。軍人用語で戦争を想起させる言葉であることも知っていて、もっと良い意味の日本語を教わりたいと頼まれた。

こちらからは「ありがとう」を教えた。

非常に快活で、明るい印象を受けた

笑う様子は本当に自然で、こちらも思わず笑みがこぼれる。非常にフレンドリーでもあった。営業トークではあることはわかっていても「お兄さんと呼ばせて下さい」と言われたのには驚いた。

中国語をどうやって勉強したのかを聞くと、中国に来てゼロから始めたそうだ。仕事が終わってから独学で勉強したという。当時は睡眠3時間で寝る間を惜しんでの中国語習得だった。

サービスなども手際よく、常に笑顔を絶やさなかった

家族のことを聞くと、コロナ禍で2年近く北朝鮮には戻れず、両親と弟が恋しいという。両親の誕生日に思い出すときもあれば、レストランに家族連れが来ると羨ましく思うそうだ。家族と連絡も取れず、寂しい思いをしながらも懸命に働く彼女には、真面目という表現がぴったりだった。

最後に同僚たちと北朝鮮の歌を披露してくれた。

ふるさとや家族、友人を想う歌声に、母親の世代に当たる助手の女性が感動し、彼女らと固い抱擁を交わすと、同行していた日本人カメラマンが感極まっていた。

日本嫌いを露骨に出す女性も

北朝鮮と橋で繋がる遼寧省・丹東 ここでも多くの北朝鮮の人たちが働いている

もちろん、北朝鮮からの出稼ぎ労働者が全てフレンドリーというわけではない。遼寧省の丹東で訪れたレストランでは「私は日本人が嫌いなので話をしたくない」と冷たいまなざしを向けられた。私が中国語をわからないだろうと思ったのか、かなり直接的な表現で言われたことが印象深い。

私が日本人だとわかってからは料理などを持って近くに来ることすらなかった。

コロナ禍の北朝鮮は・・・

北朝鮮は中国で最初に感染が広がった2020年1月下旬から、中国との往来を全て遮断し、現在も厳しい防疫対策を続けている。

北朝鮮との連絡手段については「全く連絡できない」という人もいれば、口を濁す人もいた。北朝鮮から海外に出られるのは、思想性が堅固とされる“選ばれた”人達に限られる。

スマートフォンなどを使い、連絡を取っている人もいるのだろうが、一般市民レベルでは海外との連絡が厳しく規制されているため、慎重にならざるを得ないのだろう。

中国との境界付近で不測の事態発生か

6月末、北朝鮮の金正恩総書記は、新型コロナウイルスの防疫対策で「重大事件が発生した」として、幹部らの職務怠慢と無責任を厳しく叱責した。

厳しい表情で幹部を叱責する金正恩総書記

重大事件の詳細は明らかにされていないが、中国との境界付近で不測の事態が生じた可能性もある。表向き、新型コロナウイルスの感染者はいないという北朝鮮に対し、中国では徹底した管理によりほとんどの地域で感染者ゼロが続く。にもかかわらず、中朝間で人、モノの交流がなぜ再開されないのか。

その実情はベールに包まれたままである。

【執筆:FNN北京支局長 山崎文博】