LGBT法案は自民党内の意見がまとまらず国会への提出が見送られ、多くの当事者を失望させた。野党の賛同も得ていた法案がなぜ成立に至らなかったのか。法案実現のキーパーソンだった自民党稲田朋美議員に、LGBT法案の行方と一向に解消されないジェンダー格差、そして今秋の総裁選に向けた考えを聞いた。

稲田議員はLGBT法案を検討する党の特命委員会の委員長として奔走した
稲田議員はLGBT法案を検討する党の特命委員会の委員長として奔走した
この記事の画像(7枚)

LGBT法案の文言調整はありえる

――LGBT法案は今国会での成立が見送られました。当事者たちは当初こそ差別禁止法の成立を訴えていましたが、最終局面では「理解増進でもいいから法案が成立して欲しい」という声もありました。

稲田氏:
当事者の中には自民党案に差別解消が含まれていないことから不満・反対だという声もありましたが、やはり前に進むためには理念法であってもまず理解増進法を作ることが必要だと、多くの当事者が成立させようと働きかけしてくれました。ですから理解増進法の認知も広まったと思いますし、これまでLGBTに全く興味がなかった人も「そういう問題があるんだな」と認識したと思います。成立しなかったことは大変残念でしたが、前進だったと考えています。

――次の国会提出に向けて法案の修正はありますか?

稲田氏:
私はこの合意案が与野党合意の結果であることと自民党の政策審議会の了承を得ていることは重いと思っていますが、慎重派の中には「“不当な”差別は許されないと書いてくれれば賛成する」という人もいます。法的にいうと差別はすべからく不当なのですが、一般用語的には“不当な”とつけてもおかしくはないので、文言の調整はありえると思います。

次の国会までにこの法案に慎重だった方々を回りたいと思います。皆さん基本的に仲間ですから、話せば分かると思っています。

法案見送りは多くの当事者を失望させた
法案見送りは多くの当事者を失望させた

「LGBT問題に取り組んだら左翼だ」は違う

――私は稲田さんを保守政治家と思っていたので、LGBT法案実現に取り組んでいると聞いたとき実は違和感がありました。どのようなきっかけでこの問題に取り組むようになったのですか?

稲田氏:
息子の友人に当事者がいて、よく息子から話を聞いていたので、身近に感じていました。政調会長のときにアメリカで講演をした際、LGBTの問題を人権問題の1つとしてお話ししました。日本の国会議員が海外でLGBT問題について取り上げたのは初めてだったと聞いています。その後帰国したら、いろいろな当事者の人から連絡を頂きましたね。

――LGBT問題に熱心な議員は、左翼やリベラルと必ず言われますね。

稲田氏:
日本では「LGBTは伝統的家族を壊す」と、右か左かというイデオロギーの話になります。しかし私は、LGBT問題は基本的人権の問題だとずっと捉えてきたので、こうしたことに違和感を覚えていました。当事者も思想的には右から左まで様々なわけで、思想や歴史感は全く関係ないです。だから右か左かというのは物事の本質からずれているし、この問題に取り組んだら左翼だ、リベラルだというのは違うと思いますね。

超党派の「LGBTに関する課題を考える議員連盟」馳浩会長と
超党派の「LGBTに関する課題を考える議員連盟」馳浩会長と

「その時だけ女性」は法案と因果関係が無い

――トランスジェンダーについて自民党内から「“その時だけ女性”がトイレやお風呂に入ってくる」「トランスジェンダー女性がメダルをさらっていく」と反対する声もありました。

稲田氏:
「その時だけ女性」が女湯や女子トイレに入ってきたり、男性が女性の選手になってメダルを取るというのは、この法律とは何の因果関係もありません。合意案では「性自認」の定義に、単なる「認識」ではなくジェンダー・アイデンティティの要素を入れた元々の自民党の定義を取り入れています。

――「その時だけ女性」は法案とは別の問題だと。

稲田氏:
「その時だけ女性」が女湯に入ってくるようなケースが起きれば犯罪になることもあるでしょうし、ほかの女性の人権からみてどう判断するか、各競技で不公平が無いようにするにはルールをどうすればいいかという観点から考えるべきです。

このような問題を解決するためにも、理解増進法があったうえで政府が様々な調査、検討をすることを求められているのではないでしょうか。

「”その時だけ女性”の問題はLGBT法案と因果関係はない」
「”その時だけ女性”の問題はLGBT法案と因果関係はない」

――同性婚については賛成ですか?反対ですか?

稲田氏:

家族制度のあり方、婚姻のあり方、婚姻の本質ということに関わる問題なので、まず理解を深めて、この問題の重要性や当事者の置かれた状況などを皆が理解した上で、結論を出すべきだと私は思っています。

旧姓を法的に使える制度を提唱する

――今月23日の最高裁での「夫婦同姓規定は合憲」決定についてどう見られましたか?

稲田氏:
私は夫婦同氏制度を維持したうえで、届出で婚姻前の氏を使用することができるという「婚前氏続称制度」を提唱しています。通称ではなくて旧姓を法的に使える制度ですね。

例えばいま離婚すると民法上は元の氏に戻ります(復氏)が、離婚しても婚姻中の氏を使いたい人は3ヶ月以内に届出すれば通称として使い続けることができます。これは1976年の民法改正でできた制度です。ただ、通称を使うのは限界がありますね。

――通称使用を法制化しようという声もありますね。

稲田氏:
常にカッコ()の中に婚前氏を通称として書くというのですが、そうすると婚姻時に全部手続きをしなければなりませんし、不便ですよね。また通称は通称に過ぎないし、通称をこれ以上拡大すると民法上の氏との関係もわからなくなります。外国人の通称(通名)にも市民権を与えることにつながります。

「他人から見ると“変節した”と思われるのです(笑)」と稲田議員
「他人から見ると“変節した”と思われるのです(笑)」と稲田議員

“候補者”クオータ制を時限的に入れるべき

――ジェンダーギャップについてお伺いします。クオータ制についてはどういう考えですか?

稲田氏:
私は時限的に30%になるまで、“候補者”クオータ制を入れるべきだと思います。例えば私が初当選した2005年の衆議院選挙は自民党に26名女性候補者がいて、26名当選しました。しかし前回の2017年では女性候補者は27名ですけど、現在女性の衆議院議員は5名減って21名です。つまりいま16年も経っているのに、女性衆議院議員はまったく増えていないどころか減っているというのが現実です。

――今年3月に世界経済フォーラムが発表したジェンダーギャップ指数で、日本は世界156か国の120位(前年121位)でしたね。

稲田氏:
日本の国会議員に占める女性割合はG7で最低です。しかしいま39.7%でトップのフランスは2000年にはわずか10%程度でした。フランスはクオータ制を導入して、それが憲法違反になったら憲法を変えてでもクオータ制を取り入れてきました。もし日本が本気でジェンダーギャップを是正する気があるなら、時限的に“候補者”クオータ制を入れなければならないと思いますし、そうでなければ少なくとも数値目標を入れるべきです。

他人から見ると「変節した」と思われる

――稲田さんはシングルマザーや貧困家庭の支援にも取り組んでいますね。

稲田氏:
党内に女性議員が少ないことで、自民党はこういう問題にあまり取り組んでこなかったと思いますが、今回「こども宅食」の推進議員連盟を立ち上げました。

しかしせっかく第一次、第二次の補正予算で合計60億円以上が計上されたのに、これまで使われているのは約5億円なんですね。なかなか進まない理由は市町村の行政の縦割り問題や、コロナ対応で忙殺されているからだと。例えばひとり親家庭に対する自治体単位での取り組みがもっと競争的であるといいなと思っています。こうしたひとり親の問題に取り組むとまたリベラルだと決めつけられますが、まったく実態を見ていないと思います。

――こうやってお話を伺うと、自民党内で稲田さんと同じ立ち位置の議員はあまりいないのではないですか。

稲田氏:
私も自分で思いますが、まず安全保障や歴史観、憲法改正はすごく右ですよね。ところが女性やLGBT問題については人権重視、人権派です。財政については財政再建派ですね。

自分では統一が取れていて説明がつくのですが、他人から見ると「分裂している」「変節した」と思われるのです(笑)。

「私は安全保障や歴史観、憲法改正は右。女性やLGBT問題は人権派」
「私は安全保障や歴史観、憲法改正は右。女性やLGBT問題は人権派」

若手と女性の登用が自民党を変える

――南京事件や従軍慰安婦、A級戦犯や靖国参拝に対する立場は変わっていませんよね。

稲田氏:
ぶれていないです。日本では人権といったら左となりますが、おかしいですよね。保守派は中国に向かってウイグルは人権侵害だと言っているのに。もちろん私もウイグルは人権侵害であり、国会で非難決議すべきだと思います。そのうえで、人権外交という限りは国外も国内も基本的人権に敏感であるべきです。

日本は表現の自由も言論の自由も、基本的人権も法の支配も尊重している国です。それをアピールしなければいけない時、厳しい安全保障環境で日本が仲間作りをしている時に、LGBT理解増進法を作れないのはおかしいと思います。

――最後に今後総裁選に出馬される意向はありますか?

稲田氏:
推薦人を20人集めるというのはそんな簡単なことではありません。私の旗は「強くて優しい国、伝統と創造」です。私は女性だけでなく若手の登用も訴えています。自民党では何期生になったら大臣、そこまでは下積みしてわきまえてと。しかしこれからそんなことを言っていると日本は世界の競争に取り残されます。

若手でも能力のある人は1期生でも2期生でも大臣になればいいんです。若手と女性の登用は自民党を変えていくんじゃないかと思います。

――ありがとうございました。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。