大阪を拠点にシンガーソングライターとして活動をしているトランスジェンダー女性がいる。悠以(ゆい)さんは高校卒業と同時にカミングアウトしてシンガーの道に進み、YouTubeでの演奏が東ちづるさんの目に留まって2020東京オリパラの文化プログラムへ出演を果たした。悠以さんは男性と女性の声を使い分ける“両声類”で歌う。トランスジェンダーとして生きてきた悠以さんにこれまでの道のりを聞いた。
性同一性障がいを知って自分を認められた
――悠以さんは自分の性別に違和感を覚えたのはいつ頃でしたか?
悠以さん:
幼い頃からずっと違和感があったのですが、当時は性同一性障害という言葉を知らなかったので、違和感だけがずっと繰り返されていたんです。ランドセルの色が黒だったり、男の子の体操服で着替えたりするのに何か違うなと。でも中学3年生の時に性同一性障がいという言葉を聞いて、調べてみると自分に当てはまるんですね。その時に「あ、私は性同一性障がいなんだ」と思いました。
それまで自分のことを気持ちが悪い、大嫌いだと思っていましたが、性同一性障がいという言葉を知って「変態じゃないんだ」「私みたいな人はいるんだ」と初めて自分自身を認められたんですね。

――カミングアウトしたのはいつでしたか?
悠以さん:
そのタイミングでまず母にカミングアウトしました。母はすぐ認めてくれて、「人として真っ当に生きてくれたらそれでいい」と言ってくれたので、力強い味方が家にできたと思いました。
ただ当時はLGBTに対する社会の感じがいまと違ったので、母からは「イジメられたら怖いから、辛いと思うけど高校3年間は男の子として通って」と言われました。本当に嫌だったんですけど、なんとか3年間は学ランを着て通いました。

「成人式は振袖で出ます」とカミングアウト
――学校で友達に気づかれたことはありました?
悠以さん:
中学の時はなかったです。というのも自分のことを性同一性障がいと把握をしていなかったので、イジメられるのが怖くて自分のことを僕と言ったり、「女々しいな」「なよなよしてんな」と言われないように気をつけながら生活していました。
性同一性障がいと診断されるのには精神科のある病院に通わないといけないのですが、高校3年生の時に女性として生きる決意があることを認めてもらうため、勇気を出して女性の格好をして通いました。でも私と分からないようにすごく濃い化粧をしました。髪型はちょっとロングくらいでしたね。

――カミングアウトしたのは高校生の時?
悠以さん:
母からは「誰にも言ってはいけない」と言われていたんですけれど、仲の良い女の子にはカミングアウトしていました。男の子や他の女の子には卒業式の日に「成人式は振袖で出ます」と言いました。もう最後だから逃げ切れると思って。
クラスメートは「そうだと思っていた」という人が半分ぐらいで、あとの半分は「もっと早く言ってくれたらよかったのに、気付かへんかった」という反応でした。クラスメートを信じ切れていたらよかったけど、やっぱり怖くて言えなかった。あの時ほど時間を巻き戻したいなと思ったことはないですね。

路上ライブが“両声類”が生まれるきっかけに
その後彼女はシンガーソングライターを目指し、路上ライブを大阪のミナミやキタなど人通りの多い場所や地元の尼崎、週末は大阪城公園などで行った。女性シンガーの曲をカバーしたり、オリジナル曲を歌ったりしたが、あまり足をとめてもらえなかったという。
そこで男女の声を使い分けてデュエット曲を歌ったところ、観客が数人から数十人になり、子どもたちも集まるようになった。
「トランスジェンダーだとわかり納得する人、応援してくれる人も多かったです。これが“両声類”が生まれたきっかけですね」(悠以さん)

東ちづるさんとのきっかけは、悠以さんが東さんの神戸の講演会に行き挨拶をしたことだった。CDを手渡ししたところ東さんからオファーが届いたという。東さんは語る。
「講演先でCDをもらって聴いてみると『面白い、凄い』と。検索してYouTubeの歌も聴いてやっぱり凄いねとオファーをさせて頂きました。そしてすぐに男と女、両方の声が入っている歌を作ってと無茶振りしました(笑)。悠以さんから『その発想はなかった』と言われて逆にびっくりしました」

「挑戦すれば自分らしさが広がるはず」
――いま悠以という名前で活動されていますが、本名は?
悠以さん:
もともと悠介でした。私が18歳の時に母が悠以とつけ直してくれたんですね。自分では悠介の介を取ればいいやと思っていたんですけど、母が「名前は絶対私がつける。名前は自分でつけたらあかん」と言ってくれて、姓名判断してもらうために神社まで行ったり、真剣に名前を考えてくれて。愛情を感じましたね。

――今後シンガーソングライターとしてどんな活動をやっていきたいですか?
悠以さん:
今回の舞台(東京オリパラの文化プログラム「MAZEKOZEアイランドツアー」など)を通じて私には可能性がまだまだいっぱいあるんだなって思いました。特にこれと決めずに与えられたチャンスがあれば、何でも飛びついてみたいです。いろんなことに挑戦していけば、自分らしさが広がると思うので頑張っていきたいと思います。

高校生のLGBTへの認識が変わっている
悠以さんは2017年頃から関西を中心に高校などで講演活動を行っている。最初の年は10件程度だったが、年々増えていきコロナ前は年間40件を超えていた。
――悠以さんはどんな講演をされていますか?
悠以さん:
私自身がLGBTやジェンダーについて専門的な知識があるわけではなくて、あくまでトランスジェンダーの当事者として感じてきたこと、家族や様々な人との関わりの中で自分らしく生きてきたことを伝えるだけなんですね。その中から皆さんが自分らしさを考えるきっかけにしてもらえればいいなと思ってお話をしています。

――生徒たちからはどんな反応がありますか?
悠以さん:
学校から生徒の感想文を送って頂いたりしますが、当初は「いままで周りにいませんでしたが、これからはいろんな人がいることを考えて生きていきたいなと思います」というのが多かったです。でも年を追うごとに「実は自分自身が」という生徒がいたり、「実は親が」「親戚が」「友達が」という生徒が少しずつ増えているのを感じます。高校生の中でLGBTに対しての認識が変わっているのかなと思います。講演の後に先生から「実は悩んでいる生徒がいて、悠以さんにどうしてもお話ししたいと言っているんですけど、少しだけ時間いいですか?」と言われることもあります。
「自分らしく生きていたら楽しく思える日がくる」
――生徒とはどんな話をするのですか。
悠以さん:
それぞれの事情があるので私は答えを出してあげることはできないけれども、「自分らしく生きていたら絶対に楽しく思える日が来る。私はいま本当に楽しいから」と伝えて、ちょっとでも勇気になってもらえたらなと思っています。そうするとやっぱり泣いちゃう子とかもいますし、『本当に頑張ります』と言ってくれる子がいたりしますね。

――ありがとうございました。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】