全国各地で記録的に早い梅雨入りを迎え、コロナ禍の疲れを癒やすアイスショーが一段落した頃、ある未公開映像が見つかった。

3月に行われた「世界フィギュアスケート選手権」の映像に残されていたのは、緊張から解き放たれた時にふと出た、エースたちの素顔。

異例だらけの中継が、最後の最後に産み落とした、偽りのない本音が映った映像だった。

異例の縮小体制でのフィギュア中継

会場となったスウェーデンではマスク着用者が少ない
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今なお、未知のウイルスに翻弄され我慢の日々が続いているスポーツ界。

3月にスウェーデンで行われた世界フィギュアスケート選手権もまた、選手や大会関係者にとって前例のない、特別な大会となった。

この大会へ日本から派遣された中継スタッフはたったの4名。

3年前にイタリアで開催された同大会には出演者5名、制作14名、技術13名の、計32名が派遣されていたことから考えても、コロナ禍ではテレビ制作の在り方も変わらなくてはならない状況だ。

入国してまず驚いたのは、街行く人々がマスクをしていなかったことだ。当時のスウェーデンは連日4500人近い感染者が出ている感染拡大のまっただ中。

現地コーディネーターとヨーロッパから応援に駆けつけたスタッフ6名と合流した我々は、奇異な目で見られながらも日本式にマスクをつけ、日々の健康管理と体温検査を徹底した。

バブル方式で生まれた異例の体制

会場となったエリクソン・グローブ・アリーナ

一切の外部との接触を遮断する「バブル方式」で開催されたこの大会。

会場となったエリクソン・グローブ・アリーナにはホテルが隣接しており、選手・関係者は大会期間中、会場とホテルの行き来しか許されない。

一方、国外からやってきた中継スタッフはバブル外に分類されるため、会場内での行動可能範囲はリンクからかなり離れた観客席のみ。

普段なら選手との対面で行う直前取材や、リンクサイドでの撮影が一切出来ない中、“バブル内で頑張る選手達の姿、そしてインタビューをどうやって撮影するか”が最重要課題となった。

会場外(バブル外)に設置されたフジテレビブース、6人までの入室制限

「選手達の生の声を日本へ届けたい」

そんな思いから辿り着いた答えは、テレビ界で唯一バブルエリアに入ることが許されていた現地スウェーデンのテレビ局(全世界への競技映像配信を担当するため、厳格な検査とルール順守を条件にバブルエリアへ入ることが許されていた)に撮影の協力を依頼。

その外国人カメラマンに、バブル外から遠隔で指示を送るという“異例”の中継体制だった。

会場外のプレハブ小屋からカメラマンに指示を送った

臨機応変な状況判断が必要となるスポーツ中継において、言語や文化の違いから生じるタイムラグが命取りになることは明らかだったが、選手達の安全には変えられない。

相手が選手ではなく、カメラマンであろうとも一切の接触が出来ないため、事前の打ち合わせはビデオ通話のみだ。

世界フィギュアに出場した日本人選手は、男子が鍵山優真、羽生結弦、宇野昌磨。女子が坂本花織、紀平梨花、宮原知子。ペアに三浦璃来・木原龍一組、アイスダンスに小松原美里・小松原尊組と総勢10選手。

手作りの資料で日本代表全選手の顔と名前を覚えてもらうことから、コミュニケーションは始まった。

コロナ禍で生まれた心温まる物語

鍵山優真は初出場で銀 羽生結弦は銅

広く報道されているように、この大会で日本人選手達は全種目で五輪代表枠を獲得する素晴らしい活躍を見せた。

そして、異例の環境下だからこそ生まれたいくつかのシーンは、まもなく勝負の北京五輪シーズンが始まる今でも、ファンの心に鮮明に残っているであろう。

生中継を通じて伝えきれなかった、心温まる物語をいくつか紹介したい。

小松原美里・小松原尊組

メインリンクで練習を行っていたのはアイスダンス小松原美里・小松原尊組。

練習を終えジャッジへの挨拶を済ませると、遠く離れたバブル外から取材を続ける我々のほうにも深々とお辞儀をした。2人は無人のインタビューカメラの前に立っても、常に大会関係者や周りのスタッフ、テレビの向こうのファンに感謝の言葉を忘れない。

「どうかお体を大切に」

大変な環境に身を置いているにも関わらず取材陣を気遣うその言葉に、2人の人柄が伝わってきた。

紀平梨花

無人カメラでのインタビューでもう一人印象に残ったのが、全日本女王・紀平梨花選手だ。

異例続きの今シーズン、挫けそうになった彼女を支えてくれたのは、SNSへ届くファンからの応援メッセージだったという。

「私もみんなの力になりたい。画面越しでも演技から希望を感じて貰えたら」と力強く口にする姿は、映像を届ける立場として身の引き締まる思いだった。

三浦璃来・木原龍一組

ペアの三浦璃来・木原龍一組は驚きの成長を見せた。

練習拠点のカナダがロックダウンに入り、互いに触れることすら許されなかった2人は、この大会が今シーズン初の公式戦。

「1年分のサプライズを届けたい」と意気込んで臨んだ演技に、胸を打たれた日本のファンも多いのではないか。

自己ベストを更新し五輪代表枠も獲得した2人だが、フリー後のインタビューでは悔しさをあらわにした。「もっと上手くなりたい」と見つめ合った2人の視線の先にはどんな未来が見えていたのだろうか。

外国人カメラマンと初対面を果たしたのは大会終了後

一方、そんな選手達の思いをなんとか日本に届けようと、中継スタッフも悪戦苦闘した。

特に羽生・宇野・鍵山の日本選手3人と、優勝候補のネイサン・チェンを含む6選手が、リンクのいたるところで同時にジャンプの最終調整を行う男子フリー最後の6分間練習を、バブル内の外国人カメラを含むわずか2台で追いかけたのは、手に汗握る瞬間だった。

そんな困難も切り抜けられたのも、連日の中継を通して選手達の行動パターンやコーチまで完璧に把握し、より安全なポジションで日本選手を撮影出来るよう、大会関係者とひそかにかけあうことまでしてくれていた現地の外国人カメラマンの存在があってこそ。

彼無くして日本選手の活躍を届けることは出来なかっただろう。

映っていた素顔の羽生結弦・宇野昌磨

全日程を終えた日本選手団と我々を待っていたのは、日本の空港での厳重な水際対策だった。

PCR検査や、位置情報確認アプリなどのインストールを済ませるとバスに乗り込み、空港近くのホテルから始まる隔離生活がスタートした。

自宅を合わせて計2週間の隔離を終えた我々は、膨大な量の映像の整理へと入る。その時発見したものこそ、大会中には気付くことがなかった羽生選手と宇野選手の姿だった。

大会期間中、我々は外国人カメラマンにあるルールを伝えていた。それは「あなたのカメラの映像は全て日本へ送られる」ということ。

男子フリーの激闘の末、4日間に渡る中継を終えた大会最終日。

3連覇を成し遂げたネイサン・チェン選手がすがすがしい笑顔で、世界各国のオンラインインタビューに答えていたころ、その瞬間は訪れた。 

我々が事前に頼んだ内容を全て撮り終え、休憩に入っていた外国人カメラマンは何かの存在に気づいて、床に置いていたカメラをそっと向けた。

そこには椅子に腰掛けて会話する、2人の選手が映っていた。惜しくも優勝とはならなかったが、日本を引っ張ってきた2人のエースの姿だ。

羽生:
悔しいね。ヤバいよ…。

宇野:
いやー。

羽生:
頑張ろ。頑張ったんだけどな。
今シーズン初めてこんなにフリー酷かった。練習でこんなミスったことない。あれーみたいな。

宇野:
僕は公式練習からずっとボロボロだったから。ボロッボロだったから。悔しがる権利もないかも知れない。

カメラからは距離があり、マスク姿の2人がどんな表情をしていたかは分からない。
しかしそのマイクは、特別なシーズンを駆け抜けた2人の本音を確かに拾っていた。

翌日、スウェーデンを離れる前に行われた最後のオンラインインタビューで、エース達は自分の敗戦を凛々しく、前を向いて分析し続けていた。あの時こぼしていた悔しすぎる本音は胸の奥にしまって…。

梅雨が明ければ、北京五輪のシーズンがやってくる。
晴れ舞台で悔しさの物語はどんな結末を迎えるのか。今度も「本音」を取材したい。
 

(ディレクター・岡耕平)