愛媛・伊方町の三崎地区に伝わる素潜り漁。携わるのは「海士(あまし)」の男たち。体ひとつで漁に挑む。
そしてこの春、異色の転身をした新人海士が誕生。そのデビューに密着した。

公務員から海士に転身

佐田岬半島の先端、伊方町の三崎地区。

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漁業が盛んなこの地区で、古くから続く独特の漁「素潜り漁」。
漁をする男たちは「海士」と呼ばれる。酸素ボンベなどは使わず、頼りは肺にためた空気だけ。体ひとつで海に潜り、獲物を狙う。

危険をともなう自然相手の過酷な仕事。
この三崎の伝統漁に魅了され、この春、海士となった男性がいる。
新人海士の尾﨑健史さん(29)。

尾﨑健史さん:
自分自身が潜りに憧れがあった。北に瀬戸内海、南に宇和海。魅力的な漁場が近くにある。自信をもって魚を提供できる物がある

伊予市出身の29歳で、実は3月までは佐賀県の職員。公務員から全く畑違いの海士に転身した。

尾﨑健史さん:
度付きのレンズが入ったやつなんですよね。どうしても事務仕事が多かったんで、パソコンずっと見てたら視力悪くなっちゃって

三崎漁協・阿部吉馬組合長:
大学を出て県庁という安定した職にいって、生活の保障のない裸一貫で生活するのはちょっと無理があるんじゃないかっていうのは正直な気持ちでした

三崎で新生活を始めた尾﨑さんの自宅。

尾﨑健史さん:
部屋がいっぱいあるんですけど、実際使っているのはこの2部屋。結構汚いんですけど、キッチンと調理器具とようやく自分で自炊したり…生活基盤が整ってきたかな

大学では海洋研究会に所属し素潜りを楽しむなどしていて、海の仕事に興味があった尾﨑さん。

公務員時代に経験した離島での暮らしが、海士を目指すきっかけになった。

尾﨑健史さん:
漁業者さんと身近に接していく中で、現場が自分に合っているんじゃないか、漁業者として現場から地域の人たちと一緒に何かを築き上げていきたい

三崎漁協・阿部吉馬組合長:
彼がいろんな漁場を見て歩いて、そして自分に合ってるのはあくまでも三崎なんだと、そこまでの熱意があるんだったらやれるのかな

国の支援事業を活用…

親方・梶原正行さん:
これ品物を入れる袋よの、上へ上がった時に

尾﨑健史さん:
ヒジキ入れ?

親方・梶原正行さん:
いや、ヒジキじゃねえ、アワビとサザエ

尾﨑さんを指導するのは「親方」、海士歴40年の梶原正行さん(61)。

親方・梶原正行さん:
(海士は)決まった給料を貰うわけではないし、自分が努力したら努力した分だけ見返りがある時もある。そこらが一番の魅力じゃねえかと思うけどな

尾﨑さんの海士への転身は国の支援事業を活用している。独立するまで最長3年間にわたり、受け入れ先の梶原さんに国から助成金が支給され、尾﨑さんの給与はそこからまかなわれる。

40年ほど前は約100人いた三崎の海士も、現在は半分以下の37人。年齢も50歳以上が8割を占めていて、後継者の育成が課題。

親方・梶原正行さん:
尾﨑君みたいに外から来てもらった子は、何とかものにしてやりたいって言ったら言い方悪いけど、組合員として成り立つようにしてあげたい

海士としての初仕事…7年ぶりの素潜りに苦戦

ーー緊張してますか?

尾﨑健史さん:
きのうはあまり緊張で、ぐっすりは眠れなかったです

4月15日、三崎の海士にとって待ちに待った日。三崎漁協では、この日からサザエとアワビの素潜り漁が解禁される。
海士は水深10メートルほどまで一気に潜り、岩の隙間をライトで照らしながら、狙う獲物を慎重に探す。

尾﨑さん、本格的な素潜りをするのは実は7年ぶり。

尾﨑健史さん:
今まで着ていたやつとは違いますね、密着度というか浮力もかなり大きくなるのかな

親方・梶原正行さん:
(浮きに)体を預けて

尾﨑健史さん:
潜るときは乗ったまま…

親方・梶原正行さん:
練習せなマシにならんぞ。ケガのないように

尾﨑健史さん:
わかりました

海士の潜り方は手取り足取り教わるものではなく、先輩たちの技を見て学び、自分で考え身に付けていくものだという。

尾﨑さん、いよいよ海士としての初仕事。
潮の流れが早くなり、潜るのに苦戦する。

漁開始から約20分。

尾﨑健史さん:
ちょっと…酔いました。駄目だ。浮きにつかまってると波をダイレクトに、浮きが軽いから結構揺れるんで、それで酔っちゃいましたね。マスクが慣れないっすね、全面っていうのが。閉所恐怖症じゃないけど。不安感というか、耳栓もしてて音もあまり聞こえなくて

午前中の収穫はゼロ。
午後3時半、初めての漁を終えた尾﨑さんが水揚げのため港に戻ってきた。
親方の梶原さんが捕ったサザエは25kg。一方、尾﨑さんは1.3kg。販売手数料を引いた682円がこの日の収入。

尾﨑健史さん:
捕ってうれしいっていう気持ちもあるんですけど、喜びよりも悔しさがはるかに大きい

その後、尾﨑さんはデビューから1週間足らずで、1日15kg前後を捕れるようになった。日々、成長を重ねている。

尾﨑健史さん:
自分自身、人生で後悔をしたくない。今までの経験や知識を交えながら、海の魅力や魚の魅力を伝えていける海士になりたい

公務員から海の男へ、尾﨑さんの挑戦は始まったばかり。

(テレビ愛媛)

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