与党が今国会での成立を目指す「LGBT理解増進法案」の与野党協議が山場を迎えている。焦点となるのは性的マイノリティに関する差別の禁止を法案にどう明記するかだ。
自民党は「理解が進んでいない中、差別禁止が先行すれば当事者がより孤立する」と理解の増進を目指すが、野党や当事者は「理解増進だけでは差別をなくせない」とこの法案に反対している。
法案に野党とLGBT当事者が反対
国会内で10日、LGBTに関する課題を考える超党派議連の会合が行われた。
会合では自民党が新たに「差別は許されないものである」との表現を加えた修正案を提示したが、立憲民主党は性的指向や性自認を理由とした差別や不利益な扱いを禁止する規定を盛り込むよう求めた。

一方当事者を中心とした法案に反対する有志の会は10日、緊急要望書を議員連盟に提出した。要望書では「性的指向や性自認に関する差別的取り扱いをしてはならない」という規定を盛り込むことや、同性婚の法制化や地方自治体のパートナーシップ制度の導入を阻害しないよう明記することなどを求めている。
差別だとすぐにはショックで気づかない
都内で5月6日に行われた有志による会見では、LGBTQの家族を支援する一般社団法人「こどまっぷ」の長村さと子代表理事がこう語った。
「差別的取り扱いをしてはいけないという決まりを作らなければ、差別をなくすことはできません。何をしてはいけないのか、明確にルールを作ることが理解を広げる前提として必要です」
長村さんは自身の経験をもとに差別禁止規定の必要性を訴えた。
「私自身20代のときに勤めていた飲食店でレズビアンであることを職場全員に知られ、レズビアンであることを常に酒の席でネタにされて気持ちが悪いなどと言われ、自分一人だけ昇級できないという差別的な扱いも受けました。差別を受けたときはショックで傷ついて、すぐに差別的な扱いをされたことに気づかないことがあります。そして気づいたとしても明確なルールがないので、それが人権侵害だと私自身もわかりませんでした」
世の中の動きを後退させる懸念も
有志の1人で当事者でもある一般社団法人fairの代表理事の松岡宗嗣さんも、法案にこう反対する。
「自民党は差別禁止ではなく理解の増進にとどめようとしています。理解増進は聞こえがいいですが、実際には性的マイノリティに対する差別から当事者が守られないだけでなく、広がっている世の中の動きを後退させてしまう危険性もあります」

そして松岡さんがこの法案に反対する理由は3つだ。
「1つ目は差別を放置してしまう懸念です。障害者差別解消法や男女雇用機会均等法で示されているように、差別的取り扱いをしてはならないという規定がなければ、差別で被害を受けても守られません。2つ目は同性婚やパートナーシップ制度の導入を阻害する懸念です。今後同性婚の法制化やパートナーシップ制度の導入に対して、『社会の理解が足りない、理解をすることが先』など、言い訳として法律が使われてしまう可能性があります」
トランスジェンダーを救う法律を
松岡さんが3つめの理由とするのは、トランスジェンダーへのバッシング助長への懸念だ。
有志でトランスジェンダーの時枝穂さんは、こう懸念を訴える。
「私は職場に『トランスジェンダー女性なので女性として扱ってほしい』と伝えると、会社側から『余計な問題を起こさないで欲しい』と言われました。職場で安心して働くことができず、鬱になり休職や退職に追い込まれるケースは少なくありません。1人でも多くのトランスジェンダーを救う法律であってほしいです」

パートナーシップ制度導入を支援する明治大学の鈴木賢教授は、法案について「目的が適切ではない」と語る。
「『性的指向および性自認の多様性に寛容な社会の実現を目的』だとしていますが、寛容とは広い心で受け入れるということ。私達には過失もなければ落ち度もありません。平等な権利を求めているだけです」
「この法律では新たにやることはない」
国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の日本代表で弁護士の土井香苗さんは、企業の人事部から「もしこの法律が通ったら、何かしなければいけないことがありますか?」と聞かれることがあるという。
「この法律では新たにやることが無いのです。『LGBTって何?』という時代であれば、ある程度方向性を示すことがあったのかもしれませんが、今は多くのメディアで毎日のように報道されているので、何も知らないという状況からすでに脱しているのです」

自民党の修正案について松岡さんはこう語る。
「自民党の修正案は確かに当初案よりは前進したと思いますが、これでも差別的取扱いを受けた被害者が保護されるとは言いづらいと思います。やはり性的指向や性自認に関する差別的取扱いをしてはならないという規定を法律に明記してほしいと思っています」
LGBTの法整備で日本は後進国
有志の会によると、現在世界では80か国以上で雇用領域での性的指向による差別を禁止しており、G7でこうした差別を禁止する法律がないのは日本だけだという。またOECD諸国の中でもLGBTに関する法整備状況で日本は35か国中34位になっている。
2019年に行われた全国意識調査では、性的マイノリティに対するいじめや差別を禁止する法律・条例の制定に対し87.7%の人が賛成している(※)。
(※)2020『性的マイノリティについての意識:2019年(第2回)全国調査報告会配布資料』より

憲法14条で定められているすべて国民は法の下に平等であって差別されないこと。国民の声を聞いて、いまこそ自民党は差別根絶に向けた決断をする時がきたのではないか。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】