鉄格子の中での取調べも…都合悪い取材には容赦なし

私は4年半、北京支局で特派員生活を送った。この間、中国の急速な発展と変化ぶりを肌で感じた一方で、各所に張り巡らされた厳しい警備に象徴されるように、常に取材の難しさに直面し、苦戦を強いられることの連続だった。

北京のメインストリート、長安街。この近くには天安門や人民大会堂、そして習近平国家主席の執務室など中国共産党や政府の重要機関、要人の住居が置かれている中南海もある。中国政治の中枢に近いこともあって、この辺りは普段から厳重な警備が敷かれていて、監視カメラも至る所についている。

かつては自由に出入り出来た天安門広場も、2013年前頃から入り口に検査場が設けられるようになった。外国人はパスポートをチェックされ、観光客は入れるが、記者ビザを持っている我々は事実上入場を許されず、特別に取材機会が設定された時にしか入れない。

天安門広場前では一人ひとり身分証をチェック 外国人記者とわかると入れてもらえない
天安門広場前では一人ひとり身分証をチェック 外国人記者とわかると入れてもらえない
この記事の画像(19枚)

一方で、天安門前の車道を通り過ぎることはできる。テレビのニュースに車で移動しながら撮影した天安門の映像がよく出てくるのはこのためだ。

外国メディアの記者には記者証が与えられ、建前上は自由な取材が認められることになっているが、実際現場では当局などから妨害を受けることがしょっちゅうある。

当局批判につながりそうな取材はあらゆる形で妨害を受ける
当局批判につながりそうな取材はあらゆる形で妨害を受ける

特に政権に批判的な活動家への取材など、当局にとって都合の悪い内容である場合はあらゆる形で妨害を受けると言っても過言ではない。当局者が強引に取材相手との間に割って入って来るなどは、最もわかりやすいやり方だ。

人権派弁護士に判決が下された際は、裁判所の前に警察官らに混じって、正体不明の自称メディアが現れ、わざと外国メディアのカメラの前に立って撮影の邪魔をするといったような手の込んだ妨害もあった。

正体不明の自称“メディア”が我々を逆取材する体で撮影を妨害
正体不明の自称“メディア”が我々を逆取材する体で撮影を妨害

取材中警察に事実上の拘束状態に置かれたことも何度もある。

1人で、ある地方の高速鉄道の駅を取材していた際は、列車を降りるなり警察官に囲まれ、警察署で8時間にわたり軟禁され、通訳もなく鉄格子の中の取調室で尋問を受けたこともあった。もちろん一切違法行為はしていないのだが、そんなことはおかまいなしに取調べは録音録画され、供述調書を取られた。我々が取材しようとしていた対象者がその地を離れるまで、留め置くという狙いだったようだ。

警察署内のこのような取調室で供述調書を取られたことも
警察署内のこのような取調室で供述調書を取られたことも

萎縮する社会…外国メディアを過度に恐れる理由とは

中国での取材には常にこうした当局とのせめぎ合いが生じる。例えば湖北省武漢市で、新型コロナウイルスの感染拡大が起きた当初もそうだった。実際に何があったのかなどを取材しようとしても非常に難しいのが実情だ。

感染拡大の発端となった海鮮市場はフェンスで囲まれ、外からは見えないようにされ、政府の当初の対応に不満を持つ人たちも、圧力を受け今やほとんどが口をつぐんでしまっている。

最初に感染が広がった武漢の海鮮市場の周囲には青い壁が建てられ、中が見えないようになっている
最初に感染が広がった武漢の海鮮市場の周囲には青い壁が建てられ、中が見えないようになっている

新型コロナウイルスの流行当初、武漢在住日本人のチャーター便での避難に尽力してくれた中国人ですら「当局の許可がないと取材には応じられない」と取材には慎重姿勢だった。

中国でもプライベートな場で政府への不満を口にする人はいる。ただ、公の場で不用意な発言をすれば取り締まりの対象になる恐れがあるため、慎重にならざるを得ない。取材そのものというよりは報道後の影響を恐れているのだ。

実際に、当局者の中には「外国メディアに変なことを書かれて後で問題になるのが怖い」と語る人もいた。特に中国にとって「敏感なテーマ」については、公権力を使ってでも外国メディアの取材を妨害することがあるのは、後から責任を問われるのが嫌だという理由もあるのだ。

こうした言論面でのプレッシャーは、2013年に習近平国家主席が政権に着いてから特に強まったと言われている。

一気に加速した香港の"中国化"

4年半の任期中、香港では、まさにこのような変化を目の当たりにした。
2017年7月、香港の中国復帰20周年取材の際には、民主派の大規模デモが行われていた。国家安全維持法が施行された今では考えられないが、当時は堂々と香港独立を掲げるグループすらいた。

2017年の民主派デモでは香港独立を掲げるグループもいた
2017年の民主派デモでは香港独立を掲げるグループもいた

この時、民主の女神とも呼ばれる周庭さんを取材したが、「香港人として自分の街の未来は自分たちで決めたい」と語っていた。この時は彼女もまさか、このわずか3年後に国家安全維持法が施行され、自分が逮捕・収監されることになるとは夢にも思っていなかったと思う。

2017年当時も周庭さんは流暢な日本語で取材に応じていた
2017年当時も周庭さんは流暢な日本語で取材に応じていた

2019年に中国を批判する大規模デモが続いた時も、取材で何度も香港を訪れた。中国政府は「中国の発展を抑え込むため外部勢力が扇動している」などとアメリカ陰謀論を唱えている。確かにアメリカは世界中の民主化運動の支援はしているが、デモの現場にいたのは中国の影響力強化に反対する人たちばかりで、外国組織が扇動しているような姿は全く見かけなかった。「声なき香港人の大多数は中国を支持しているはずだ」と考えている中国共産党とは、そもそも認識のギャップが大きいのがわかる。

一方で、一部の若者らによる公共施設の破壊行為などによって、デモ隊を快く思わない香港の人たちもおり、社会の分断が進んでしまった。そして、国家安全維持法の施行から1年も経たないうちに民主派は次々と逮捕され、香港社会は萎縮するようになり、「一国二制度」の形骸化が一気に加速したのだった。

一部デモ隊の破壊行為などによって、香港社会の分断が進んでしまった
一部デモ隊の破壊行為などによって、香港社会の分断が進んでしまった

モスクには「愛党 愛国」…複雑な新疆ウイグル自治区の社会構造

また、新疆ウイグル自治区にも何度か訪れる機会があった。10数年前に訪れた時よりも街は発展していたが、市内には無数の監視カメラが設置され、数百メートルごとに警察施設が設けられていた。また、都市間の移動では顔認証システム付きの検問があるなど、監視の徹底ぶりを感じた。自治区内のある都市では重武装した武装警察の長い車列が街中の道路を走っており、非常に威圧的だった。

街の中を武装警察の長い車列が走っていた
街の中を武装警察の長い車列が走っていた

我々は「職業技能教育訓練センター」、いわゆる再教育施設とされる建物の撮影に成功した。かなり広大な敷地にもかかわらず、地図にも載っておらず、高い塀に囲まれた巨大な刑務所のような施設だった。

“再教育施設”とみられる建物は地図にも載っていない場所にあった
“再教育施設”とみられる建物は地図にも載っていない場所にあった

中国政府は新疆の問題はテロ対策であり、民族問題ではないと主張している。確かに以前はしばしば起きていた爆弾テロなど、ここ数年は耳にしなくなった。これは監視の強化や、当局がテロリスト予備軍と判断した人たちをこうした再教育施設に送り込むなど、強権的な措置を講じた結果とも言える。

一方で、ウイグル族の中には流暢な中国語を話し、職場やコミュニティで漢民族と共存している人もたくさんいる。更には、取り締まりや監視する側である警察官や、党の幹部になっているウイグル族も多い。つまり、必ずしも漢民族イコール支配者、ウイグル族イコール支配される側、という単純な構図ではないことがこの問題の難しさなのだ。

しかし、発展と共に社会全体が徐々に漢族化していることは間違いなく、宗教の自由も共産党のコントロール下でしか保証されていないなど、ウイグル族の民族的な自立性は失われつつあるのが現状だ。

モスクには「愛党 愛国」の文字
モスクには「愛党 愛国」の文字

こうした中国にとっての「敏感な問題」の取材を通じて感じるのは、国際社会で高まる中国に対する警戒感は、中国自身が招いているという面もあるということだ。都合の悪い情報は表に出さない体質があり透明性が低いため、外から見ると情報隠蔽や、何か別の企みがあるように見えてしまうのだと思う。

日本のはるか先を行く分野も…

政治的な問題の一方で、中国の優れた面、先進的な面を伝えようとしても、日本ではなかなか率直に受け止めてもらえないというもどかしさも感じた。

例えば2016年に赴任したばかりの時、中国ではすでにQRコード決済がかなり普及しており、そのことをリポートした。

2016年には既に小店舗でもQRコード決済が主流になっていた
2016年には既に小店舗でもQRコード決済が主流になっていた

しかし、当時日本ではQRコードによる決済は認知すらされていないに近い状況で、「安全性に問題はないのか」「個人情報を抜き取る目的なのではないか」といったどちらかというとネガティブな反響が多く寄せられた。

日本では決済手段が多様化しているため一概には比べられないが、日本でQRコード決済が普及し始めたのは中国よりもかなり後になってからだった。

今、中国では、急激なスピードで新たな技術や社会的なシステムが登場している。日本では、中国での成功モデルを過度に警戒し、結果的に後れを取ってしまうようなケースが徐々に出てきているように思う。

強権コロナ対策にも協力的な市民

新型コロナウイルス対策にしても、最近の中国では、感染者が出ると、即地域を封鎖し、周辺の住民や濃厚接触者などに大規模PCR検査を行う。強権的なやり方には当然反発する住民もいるが、こうした手法によって抑え込み成功の実績を積み重ねており、多くの住民はむしろ協力的だ。

感染者が出ると地域の住民に大規模PCR検査が行われる
感染者が出ると地域の住民に大規模PCR検査が行われる

日本で同じことをするのは困難だが、例えば中国のネット通販サイトでは80元、日本円で1300円程度でPCR検査の受けられるクリニックの予約受付が並ぶなど、検査を受けやすい仕組みが作られていたり、入国者の隔離の徹底ぶりや、接触を避ける体制作りなど、参考にできることはあるように思われる。

通販サイトには80元(約1300円)でPCR検査が受けられるクリニックの予約受付が並ぶ
通販サイトには80元(約1300円)でPCR検査が受けられるクリニックの予約受付が並ぶ

この4年半のうち大きな変化の一つが空気だ。まだスモッグが出る日もあるが、北京ではここ数年を比べただけでも大幅に改善した。大気汚染対策のみならず、一度政策決定すると変化のスピードが速いのが中国の特徴だ。このスピード感が急速発展の武器になっているわけだが、外交関係においても急に態度を変えることがあるのが中国の特徴と言えると思う。

4年前に比べ、青空が見える日はかなり増えた
4年前に比べ、青空が見える日はかなり増えた

“過激反日デモ”は遠い過去?…わかりにくい対日観

2012年、北京の日本大使館前では尖閣諸島の国有化に反対する大規模な反日デモが続いたが、その後はそのような抗議活動は一切おきていない。道を挟んですぐ近くの通りに並ぶ日本料理店も当時は攻撃の対象になったが、今は何事もなかったかのように中国人のお客さんで賑わっている。

コロナ前は大勢の中国人観光客が日本を訪れていたことからもわかるように、多くの中国人は当時の記憶はほぼ忘れ去っていて、現在の日本に対しては良いイメージを持っていると感じる。

これには中国政府の対応の変化も大きく影響していると考えられる。

2016年9月、浙江省杭州で行われたG20首脳会議の際、当時の安倍首相と習近平国家主席の握手は注目の的になった。両首脳が握手を交わし、ぎこちない笑顔を浮かべると、プレスセンター内の世界中のメディアからどよめきが起きた。

日中首脳の握手にプレスセンター内でどよめきが起きた
日中首脳の握手にプレスセンター内でどよめきが起きた

それまで日中両首脳は笑顔で握手すら交わせないような険悪な関係だったからだ。アメリカとの対立関係が続く中、中国は今、日本との関係を強化し、日米関係にくさびを打ち込みたいと考えている。にも関わらず、尖閣諸島周辺には連日のように海警の船がやってきたり、「戦狼外交」と呼ばれる高圧姿勢で日本を「アメリカの属国」呼ばわりするなど、その態度はわかりづらいのも事実だ。

ある当局者は「領土問題では譲歩出来ない。しかし、日本側の公船が12海里の領海に入らなければ我々も入らない。これは我々の善意だ」などと語っていた。

中国としては、今解決できない問題は横に置き、協力できるところは進めたい、しかし領土問題では譲らないという姿勢だ。こうした「わかりにくい対応」が日本の警戒感を生む要因になっているのだが、その点が中国ではあまり理解されていないようだ。

また、日米首脳が共同声明で台湾問題に踏み込んだことで、中国は対日姿勢を更に硬化させる可能性もある。中国にとって台湾は武力統一も辞さないほどの一丁目一番地の課題であり、その敏感さは尖閣問題をはるかに超えるものだからだ。

政治的な問題に焦点が当てられがちだが、最近中国では、日本関連のイベントは概ね盛況で、日本の繁華街を再現した街並みは多くの若者で賑わうなど、全般的には親日的な雰囲気であると言える。

広東省に登場した日本の繁華街を再現した街並みは若者らの人気撮影スポットに
広東省に登場した日本の繁華街を再現した街並みは若者らの人気撮影スポットに

中国に進出している日本企業も依然多く、コロナ禍で停滞はしているものの、日中間の経済的、人的交流は脈々と続いている。政治的には不可解なことも多く、日本ではイメージの良くない中国だが、いざ生活してみると、親切な人が多く、便利で「暮らしやすい」というのが現地在住日本人の標準的な感想でもある。

日中はお互いの利害が複雑に絡み合う関係でもあり、時に対立することもある。対立点には毅然とした対応を取りつつも、強大化する中国と今後どのように向き合うか、常に問われることになりそうだ。中国には実に多様な面があり、4年半の現地取材を通じてもなお、理解が難しい国というのが任期を終えた今、正直な実感だ。

【執筆:FNN前北京支局長 高橋宏朋】

高橋宏朋
高橋宏朋

フジテレビ政治部デスク。大学卒業後、山一証券に入社。米国債ディーラーになるも入社1年目で経営破綻。フジテレビ入社後は、社会部記者、政治部記者、ニュースJAPANプログラムディレクター、FNN北京支局長などを経て現職。