東日本大震災で有用性が再認識された「お薬手帳」。

病院や薬局で提出し、処方された薬や購入した薬を記録するもので、1993年、別々の病院から抗ウイルス剤と抗がん剤を処方されて併用した15人が死亡したことをきっかけに、活用しようという機運が高まった。

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若い世代にとっては馴染みのないものかもしれないが、具体的にどのような状況で役立つのだろうか。宮城県石巻市で被災した経験を持ち、現在は災害時の医薬品供給体制や医療救護体制の研究を行っている薬剤師の丹野佳郎さんに、災害時のお薬手帳の役割について聞いた。

災害時に「カルテ」代わりになるお薬手帳

「なぜ、災害時にお薬手帳が役立つかというと、災害用診療録(カルテ)の補助になるからです。例えば、高血圧の薬を処方されている記録があれば、医師や薬剤師は高血圧を患っている方だという判断ができます。だから、災害時に必要なのです」

住んでいる地域で災害が起こった場合、かかりつけの病院や薬局が地震で倒壊したり、津波で流されたりする可能性がある。また、医療支援のために別の地域の医師や薬剤師が駆けつけることもあるだろう。その場にカルテや薬剤情報提供文書(薬の説明書)などがないことも想定される。1人ずつ病状や必要な薬について問診するとなると、時間がかかってしまうのだ。

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「たとえ、慢性疾患を抱えていて薬を必要とする方が『高血圧の赤い薬を飲んでいる』との情報を持っていたとしても、それだけでは医師も薬剤師も病状や処方薬を断定できない場合があります。もし、お薬手帳を持っていれば、処方の内容は一目瞭然なので、すぐに治療や投薬に移ることができるのです」

慢性疾患や持病を抱えている人にとっては、お薬手帳が災害時のライフラインになるといえるのだ。

「災害救助法が適用されると、被災者の診療代や薬代などの医療費は公費でまかなわれるので、健康保険証が手元になかったとしても高額請求されることはありません。災害時は健康保険証ではなくお薬手帳を持って、避難してほしいと思います」

処方薬の記録があるだけでスムーズな診療を可能に

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東日本大震災においても、お薬手帳によってスムーズな診療や投薬が行われた事例が多く見られたという。

「日本には、発災から概ね48時間以内に被災地にかけつけ、医療支援を行うDMAT(災害派遣医療チーム)があります。阪神・淡路大震災を機に誕生した組織なのですが、東日本大震災ではDMATだけでは対応しきれないことがわかりました。災害時には発災直後にケガをした人の診療だけでなく、慢性疾患の患者さんへの対応もしなければならなかったからです」

DMATは緊急時に対応できる医療器具や薬は備えていたものの、慢性疾患の薬は用意していなかったとのことだ。

「避難所に糖尿病や心臓病の方がいるのに薬がないという状況が発生したため、災害医療病院や被害の少ない薬局が薬の提供を始め、支援のために駆けつけてくれた医師や薬剤師が慢性疾患の対応に動き出したのです。そして、この時にお薬手帳の重要性が認識されました」

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後に日本薬剤師会が行った「東日本大震災におけるお薬手帳の活用事例」という調査では、東日本大震災の被災地で支援に当たった薬剤師から「お薬手帳の記載情報が処方や使用医薬品の選択、代替薬の提案に非常に役立った」「仮設診療所で投薬を受けていた患者さんは、お薬手帳に記録が残っているので、次の医療機関に対しての引き継ぎにもなった」という声があったという。

「救護所の医師が患者さんに『お薬手帳持って薬剤師のところに行って』と告げ、薬剤師に判断を仰いだケースもありました。原則としては医師が処方を出すものですが、非常時は医師も救護所にある薬の在庫を把握しきれないため、薬のプロである薬剤師に委ねた事例です。お薬手帳があれば、このような迅速な対応も可能になるのです。

お薬手帳の有無で、避難所で対応できるかどうかも判断できます。病状や服用している薬の種類によっては、被害の少ない土地の病院に搬送する必要も出てくるからです。お薬手帳が医療機関との連絡ツールにもなるので、持っていることが災害時に自分の命を守ることにつながります。避難所までたどり着いたのに、薬がなくて亡くなるようなことがあったら、ご家族はもちろん、医師も薬剤師も悔しいですから」

お薬手帳活用のポイントは「携帯」と「情報の更新」

慢性疾患や持病があり、日常的に服用している薬があれば、お薬手帳の携帯は必須といえそうだ。

「お薬手帳を見た医師や薬剤師が現在の状態を把握できるよう、病院や薬局に行ったら必ずお薬手帳に記録してもらい、最新の情報に更新しておくことが大切です。近年はジェネリック医薬品が増え、薬の名前や種類も複雑化してきているので、暗記するのは困難でしょう。記録があれば安心ですよね」

ちなみに最近は、スマートフォンで利用できる電子版お薬手帳も出てきているが、注意点があるという。

「電子版のお薬手帳は、日本薬剤師会が提供しているものと民間の薬局が提供しているものがあります。薬の情報は究極の個人情報です。日本薬剤師会のものは、さまざまな医療機関で利用できますし、情報保護の面でも安心できます。ただ、電子版はスマホの電源が切れてしまうと、見られなくなるというリスクがあります」

東日本大震災では、停電や基地局の倒壊により、スマートフォンが使えなくなる事態が発生したという。そうなれば、当然電子版のお薬手帳は開けなくなる。そのリスクも踏まえて、利用したいところだ。

「お薬手帳の有用性は、災害時に限ったことではありません。例えば、交通事故に遭った時、携帯しているお薬手帳に血液をサラサラにする薬の記録があれば出血量が増えやすいことが予想でき、救急隊員や医師の慎重な対応につながります。これから予定されている新型コロナウイルスのワクチン接種の際も、持病や飲んでいる薬の情報を迅速かつ正確に医師に伝えられるツールになります」

いざという時に頼りになるお薬手帳。携帯することと情報の更新は、忘れずに行うようにしよう。

丹野佳郎
薬剤師。一般社団法人石巻薬剤師会災害対策委員、一般社団法人宮城県薬剤師会相談役。東日本大震災での被災者としての経験と薬剤師としての経験を生かし、現在は災害医療の研究を行っている。

取材・文=有竹亮介(verb)

プライムオンライン編集部
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