新たな段階に入った尖閣情勢

中国海警法施行後一カ月がたち様々な議論が行われる中、新たに「領域警備法」を制定しようとする動きがある。「領域警備法」の議論は前から行われてきたが、その対象は「北朝鮮の不審船」や「漁民に扮した中国民兵」など軍か民かが良くわからない船舶だった。例えば、漁業法違反で海保が対処してきた外国漁船が、尖閣に上陸したとたん海上民兵となり、海保や警察では手に負えないから自衛隊に交代するというシナリオだ。したがってこの対処する組織の交代をいかにシームレスに行うかが焦点だった。

尖閣諸島
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しかし今や相手は、偽装漁船のようなあいまいな存在ではなく、中国共産党中央軍事委員会隷下の海警局の中国公船だ。今回の「領域警備法」は、第二海軍として強制退去のために武器も使ってくる中国公船は、今や海保巡視船だけでは対応できないから、尖閣周辺に警戒区域を指定し、海上警備行動(以下「海警行動」)が下令された海自護衛艦を配備し、いつでも速やかに交代できることを目的とすると報じられている。

自衛隊に命ずべきは「防衛出動」

しかし、もしそうであるならは、筆者には異論がある。それは「日本が先に軍事力を使った」と中国に口実を与えるからではない。海保が対処している場面に、「海警行動」という警察権を与えて自衛隊を出動させることに違和感があるからだ。なぜなら、もし中国公船が海保巡視船を破壊したり、中国公船を使って尖閣諸島に軍人を上陸させたならば、それはすでに自衛隊に「防衛出動」を下令すべき事態であり、「海警行動」ではないからだ。

中国公船が度々日本の領海に侵入(2021年2月)

そもそも中国公船が単に武器を使ったくらいでひるむような海上保安官はいない。海上保安庁長官も、「警察官職務執行法の要件に該当する場合、武器使用は排除されない」と答弁したように、海保は正当防衛で十分必要な対応ができると述べている。それなのに、海警行動の海自護衛艦に交代させるというのは失礼極まりない。

尖閣諸島警備の為配備されている海上保安庁の巡視船

尖閣で海保が手に負えない事態とは、領海内で中国公船に攻撃され、破壊・沈没し中国公船を領海から退去させられない状態をいう。これは「武力攻撃事態対処法」第2条の1「わが国に対する外部からの武力攻撃」に他ならず、海自護衛艦を出動させる目的は、主権を犯した中国公船の排除になるのだ。

平成15年に成立している「武力攻撃事態対処法」

おそらく読者の多くが、この「武力攻撃事態対処法」の存在を知らないのではないだろうか。小泉政権当時、野党民主党も全て賛成し、成立した有事法制だ。現行憲法下でも有事に対処できるようにした法律だが、当時は全く政局にならずマスコミも大きく扱わなかった。因みに平成27年に成立した平和安全法制により、同法律に「存立危機事態」が追加された。その時は、「日本を戦争できる国にするな」とラップ調のデモが盛り上がったが、皮肉を込めて言うならば、それは平成15年にすべきだった。

「武力攻撃事態対処法」が成立して以来、緊急事態に対し日本政府が最初に行うことは「事態認定行為」となった。まず「今起きた事案は、いったい何事態に該当するのか?」を検討する。そして「武力攻撃事態」と総理が認定し、防衛省・自衛隊に「防衛出動」を下令、国連憲章第51条に基づき安保理に自衛権を行使する旨「報告」すれば、日本は武力行使できるようになるのだ。①武力攻撃事態の認定 ②防衛出動の下令 ③自衛権行使の国連安保理への報告。これを「武力行使の三点セット」と自衛隊では呼んでいた。

海警法は中国公船の活動マニュアル

海警法において「管轄海域」という、領海以外にも主権が及ぶかのような条文は明らかな国際法違反だ。しかし外国の軍艦や政府公船を、沿岸国が領海から強制退去させることは国際法違反ではない。実際にアメリカ海軍は「武力行使を含め確固たる措置をとる」とし、スウェーデンは領海侵入した外国潜水艦に爆雷を使用した。だから日本政府も「法律そのものは国際法違反ではないが、活動は国際法を逸脱している」と説明を替えた。つまり問題は、日本領海での中国公船による傍若無人な活動であり、他国なら「無害でない通航」として強制退去させている事態が毎月おきていることだ。

海警法は、ベトナムなどの政府公船や漁船に体当たりで破壊してきた活動に根拠を与え、明文化したものともいえる。であるならば、国家安全保障局でこれを読み解き、ケーススタディすればよい。「敵の可能行動を列挙し、我の行動方針を見積もる」これは作戦計画策定時に行うことだ。当然すでに検討は開始されていると期待しているが、海上保安庁の強化に加え、「武力攻撃事態対処」の具体的運用も視野に入れてもらいたい。これは総理が官僚たちに指示をすれば可能だ。いま日本に求められていることは、いざという時の「政治の決断」に他ならないのだ。

【執筆:金沢工業大学虎ノ門大学院教授・元海将伊藤俊幸】